バンコクのスタートアップ・シーンは今—スタートアップ・イベントよりもインキュベーションが重視されるべき理由

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Chong Nonsi 駅から、高層ビル群を望む。

先週はあるカンファレンスに参加するためプーケットに出張したのだが、せっかくの機会だったので、週末にバンコクに立ち寄って、何人かの人物に会ってみた。週末にもかかわらず、皆、惜しみなく時間を割いてくれ、タイのスタートアップ・シーンについて興味深いインサイトを共有してくれた。

いずれの人物も、タイのスタートアップの現状が日本のスタートアップ・コミュニティに共有されることを望んでいたので、この機会に筆者の旅の記録を兼ねて、彼らから見聞したことを書き留めておきたい。

Oranuch Lerdsuwankij (Mimee) from ThumbsUp

mimeeタイ人の名前はとにかく長く、私は正確に覚えることができない。幸いなことに、皆は彼女のことを Mimee と呼んでいる。Mimee はタイ初(そしておそらく唯一)のニュースメディア「ThumbsUp」の共同創業者だ。SDJapan にとってはパートナーメディアでもあり、恒常的に日本とタイの記事を交換している。

2011年(タイ太陽暦2554年)に5人のチームでスタート、現在は7人のチームでタイ語と英語のサイトを運営している。チームの全員は本業を掛け持ちしており、Mimee 自身は、一般企業でコンサルタントをしつつ、ThumbsUp を切り盛りし、スタートアップ・イベントをオーガナイズし、さらに、タイの衛星ニュースチャンネル「SpringNewsTV」で、「Thailand Can Do」というIT番組のプレゼンターを務めるという、多忙な日々を送っている。

タイには AISDTACTRUE という3つのテレコムキャリアが存在するが、全社共スタートアップ向けの表彰プログラムを持っている。問題は、この3つのキャリアが行っているプログラムに大きな差異が無く、どのイベントに行っても、同じ顔ぶれのスタートアップが上位を独占してしまうらしい。コミュニティを大きくして、もっと多くのスタートアップが出て来るようにせねば…というのが彼女の思いだ。現在は、タイのスタートアップを海外に進出させることに注力しており、4月4日~5日にシンガポールで開催される Startup Asia Singapore でも、タイのスタートアップについて講演するとのことだ。

Vincent Sethiwan & Permsiri Tiyavutiroj from LAUNCHPAD

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東京ベースでアニメーションのクラウドソーシング・サービス「Anipipo」がまもなくローンチするが、同社の役員を務めるVincent SethiwanPermsiri Tiyavutiroj (Sam) はタイを中心に活動しており、2012年11月に「LAUNCHPAD」というコワーキング・スペースを開設した。

LAUNCHBAD は、バンコク中心部 Silom から駅で2駅、Chong Nonsi から歩いて10分ほどの新興商業地域にあった。コワーキング・スペースは小さな建物を一棟借りしていたり、ビルの低層階に入居していたりすることが多いが、LAUNCHPAD は Sethiwan Tower(泰華大廈)という大きなビルの1Fに居を構える。「1Fなんて、コンビニとかレストランとかが占有しそうなもので、よくコワーキング・スペースが入居できたね」と聞いたら、「いや、ファミリーの持っている不動産なので…」という答が返ってきた。そう、Sethiwan Tower というビルの名前からもわかる通り、Vincent Sethiwan のファミリーの建物なのである。(ビルに中文名がついているところから察するに、おそらく、Sethiwan ファミリーは華僑なのだろう。)

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Permsiri Tiyavutiroj(左)と Vincent Sethiwan(右)

Vincent は以前、ピッツバーグのアクセラレータ Alpha Lab に参加していて、タイに帰国後、日系のコンサルティング会社に務めている際に Sam と知り合った。二人は自分たちのスタートアップ経験をもとに、インキュベーション・プログラムを3月中頃からスタートする予定だ。彼らの口からも、Mimee が言っていたのと同じような話を聞くことができた。

「キャリア3社がスタートアップ・プログラムを開設しているものの、結局、どのプログラムを覗いてみても、来ているスタートアップの顔ぶれは同じだ。 タイのスタートアップ・シーンに今必要なのは、ピッチ・コンテストではない。タイのスタートアップは、まだスタートアップのやり方を知らない。

そこでインキュベーションをしてみることにした。ハンズオン形式でやるので、手始めに募集するのは3社程度。3~4ヶ月かけてインキュベーションするので、結果を披露できるのは7月くらい。どういう結果が出せるかわからないが、期待していてほしい。

東京とバンコクの間には2時間の時差があるが、平日の仕事上がりの夜などにでも、SDJapan のイベントとLAUNCHPAD を Skype 等で結んで、ネットワーキングやピッチ交換ができたらいいね。」

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Amarit Charoenphan from HUBBA

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コワーキング・スペースの HUBBA は、バンコクの東部、日本人や欧米人も多く住む高級住宅街 Thong Lo に存在する。HUBBA の共同創業者でディレクターを務める Amarit Charoenphan 氏は、「都心のオフィスでもコワーキング・スペースはできたが、過ごしやすい環境の中で、気軽にコワーキングが楽しめるように」と考え、庭もある一軒家を改造して HUBBA が構築された。イベント運営、メンバーシップ等で経営が成り立っている。SDJapan のパートナーである e27 とは、イベント Echelon のタイ・ローカライズ版「Echelon Ignite」を共同開催している。

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Amarit Charoenphan(左)と筆者

Amarit によれば、バンコク市内には約5軒程のコワーキング・スペースが存在するが、コミュニティを持っているのはそのうち、HUBBA と LAUNCHPAD くらいとのこと。残る約3件は、プライベート・スペースだったり、単なる場貸しだったりする。HUBBA にはシャワールームも備わっているので、54時間耐久が必要な Startup Weekend Bangkokなどのイベントでも、参加者は汗を流しながら快適にイベントに集中することができるのだそうだ。

後述するバンコク在住で The Next Web のアジア特派員を務める Jon Russel も、コージーなこの空間を好んで、HUBBA でニュースを執筆することが多いそうだ。近くに日本料理レストランや居酒屋が多いこともあり、日本のスタートアップがタイ進出の拠点にするにも都合がよさそうだ。

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Jon Russel from TNW & Paul Srivorakul from Ardent Capital

Jon Russel(右)と筆者
(Photo by Elisha Ong, Burpple)

The Next Web の Jon Russel とは、シンガポールの Echelon で会って以来の再会だ。筆者と The Next Web は、同サイトが立ち上がって間もない頃に創業者と連絡を取り合っていたり、寄稿を誘われたりもしていたので、意外と親密に連絡を取り合う間柄だ。彼の書く記事は、例えば、それが東京に本拠地がある日本の会社のニュースであったとしても、東京にいる SDJapan よりも早くて正確で、シンガポールの Tech in Asia よりもインサイトフルであることが多い。

Jon は、バンコクを離れる前に会っておくべき人物として、Paul Srivorakul を紹介してくれた。Paul はバンコクを拠点に東南アジアにフォーカスして投資する Ardent Capital の創業者で、最近では、e27 に共同出資している。これまでには NewMedia Edge、Admax Network、Ensogo Group を創業、それぞれ、STW Group、Kimil Media、LivingSocial に売却している。

タイの起業家はまだ未熟であるため、人のマネージメントの仕方も知らない。そこで、スタートアップの役員ボードに大企業のマネージメント経験者を迎え入れ、起業家に企業の経営について学んでもらえるようにしている。時間と知識の制約があるので、あくまでも全アジアではなく、成長著しい東南アジアの事業にフォーカスしているとのことだ。とはいえ、日本のスタートアップも東南アジアに来るのなら、積極的にそのような人物と会ってみたいとのことで、東南アジアのスタートアップ・シーンについて、日本語で情報を発信することは意義深いので、ぜひ続けてほしいと語っていた。


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Khaosan Road にて。

別のカンファレンスのついでの、オマケの週末2日間の滞在にしては、実に多くの〝濃い〟人に会うことができたので、いつにも増して情報摂取過多による消化不良を起こしている。Jon Russel は子供の世話をしなくてはいけない土曜日の夜にもかかわらず深酒に付き合ってくれ、Paul Srivorakul は身重の奥さんを病院の検診に連れてゆく合間を縫って、私と会う時間を作ってくれた。

今回会った人物から得たインサイトを集約すると、タイのスタートアップ・シーンは、まだまだこれから…というのが私なりの理解だ。成功したスタートアップとして、Oakbee関連記事)、Wangnai関連記事)、Builk(関連記事:Startup Dating サロンでのピッチ)の名前がよく取り沙汰されるが、そもそも「タイのスタートアップにとっての成功とは何か」というと、シンガポールで資金調達し、タイ国外でもサービスを展開することなのだそうだ(Vincent Sethiwan談)。いわゆるシリコンバレーのスタートアップのマインドセットには程遠く、自戒を兼ねて言及するなら、日本のスタートアップのマインドセットに近いのかもしれない。

アジアのご多分に漏れず、タイには日本人や日本製品に対する信奉者が数多い。タイ国内ユーザ数は、Facebook 1,830万人(※1)に対して、LINEは 1,227万人(※2)。前出の Jon Russel は、このことを「なかなか、いい感じの数字」と言っていた。タイ警察では捜査情報の共有プラットフォームに LINE が採用されるなど、日本産アプリの現地定着を説明するには好例が生まれつつある。

日本のスタートアップがアジア進出を考える際には、ぜひともタイのことも頭に入れて臨みたい。そして、タイ・スタートアップにとっての「成功の定義」の中に、「日本市場での認知やユーザ獲得」が含まれるようになることを望みたい。

※1  セレージャ・テクノロジー 2013年1月8日発表資料による。
※2  LINE 公式ブログ2013年1月18日発表、インフォグラフィックスによる。

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