技術革新に必要なのは、技術者より芸術家か?

※本稿は、デジタル・ネイティヴ・ニュース「Quartz」からの転載である。転載にあたっては、原著者グライ・オズカンからの許諾を得た。 The Bridge has reproduced this under the approval from the story’s author Gülay Özkan.


自分の役柄にどっぷりはまる役者がいる。口癖からしぐさ、性格までも自分の中に取り入れて撮影の間、その人物になりきるのだ。しかし、打ち上げパーティーが終わった後もその役になりきったままの者もまれにいる。

そのまれな役者が、Ashton Kutcher だ。Apple創設者の伝記映画で故 Steve Jobs を演じた後、彼は中国の技術企業Lenovoの製品エンジニアになったQuartzを含め、多くの企業は彼のことを広報のための客寄せパンダ同然と見なし、彼のエンジニアとしての才能に疑問を投げかけていた。

だがその疑問は間違いだったのだ。

私たちの質問が適切でないとしたらどうだろうか? Kutcher のようなクリエイティブな人々が、テック企業が見落としている人間中心主義をもたらすとしたらどうだろう?とにかく、それが彼らの生き甲斐なのだ。投資家として Kutcher が成功しているのが単なる偶然ではなく、正確には彼の芸術家気質によるものだとしたらどうだろう? それは彼(とLenovo)に、科学技術において人とニーズをエンジニアよりも優先させる力を与えることができるだろう。

2005年、私の人生を変えた理念への解釈を耳にした。

ほとんどの場合、パラダイムシフトを起こすのは業界外の人なのです。21世紀は門外漢の時代なのです。

イスタンブールで2005年に開催された会議の場で、未来派主義の作家・映画監督である Joel A. Barker が述べた言葉だ。

彼の言葉により、私はパリのMBAプログラムへの入学を取りやめ、イスタンブールで演劇を学ぶ決心をした。私は大学と大学院で工学を専攻していて、誰もが「当然、次のステップはMBA」と言っていた。芸術の学位ではなく、彼らの言うMBAによって企業経営に必要なスキルが得られると思っていた。

ありがたいことに、この考え方は覆されようとしている。

Singularity University (Wired の関連記事)設立者でありGoogleのエンジニア部門バイスプレジデントであるRay Kurzweil は、芸術家やデザイナーのスキルをテクノロジーにどう有効活用できるかに関して語った。

芸術、人間性、テクノロジーの間には強い結びつきがあると思っています。エンジニアが人間の本質を理解できないとテクノロジーは伸びることはないと思います。

同氏はこれら2つの世界を融合することで、最終的に成功を見出せるという。

ここ20年以上、国籍や性別、民族的ルーツを尋ねることは差別だとみなされるようになってきたが、ひょっとすると学歴や専門を問うことも同じなのかも知れない。イノベーションに対する貢献のあり方が先へ先へと変化し進んでいくなかで、斬新なアイデアを持っているかもしれない人を遠ざけておく理由がどこにあるだろうか? テクノロジー分野のプロジェクトにアーティストが加わる際問われるべきなのは、彼らのような有名人が専門性においてふさわしいかどうかではない。基礎を一から学ぶための集中力を彼らがそこで発揮できるかどうか、あるいはチームの他のメンバーたちに、畑違いの仲間と仕事を進める能力と、素朴な疑問を軽んじないオープンさが備わっているかどうかだ。

この夏、38か国から80人が集まったSingularity Universityのサマープログラムに参加した。医療や教育などのグローバル問題に取り組み、急伸する技術を使用してこれらの問題に対処することになった。最も人気があったのはバイオテクノロジーだった。しかし、私たちのほとんどは高校レベルの生物学を何とか理解できる程度だった。技術的なスキルを問うことなく、私たち生物学初心者のグループはバイオテクノロジーの教鞭をとるRaymond McCauley によってまとめられた。そして、プログラム終了までに4つのバイオテクノロジープロジェクトができあがった。

一緒に参加したKatharina Wendelstadt は歴史が専門でモバイル業界での経験があるが、次のように説明している。

私は専門家ではありませんから、馬鹿げた質問や単純なことを聞くこともあります。実際、私たちのグループの科学者たちが考えつかなかったようなそういう質問が、製品の向上に役立ったのです。

同プロジェクトで、Notre Dameで生体系システムの計算モデル化に取り組み、PhD取得を目指す Geoffrey Siwo は、そこから得たものを語ってくれた。

このプロジェクトでこれまでよりずっと明快に技術を説明できるようになりました。専門家でない人たちは目の前にある技術的な問題に取り組むにはメタファーを考えることを余儀なくされています。メタファーによって込み入った問題を1つの形式として概念化できるため、自分の経験を問題解決に引き込むことができます。ですからメタファーはソリューションを探る極めて強力な媒体だと言えます。

実際、技術的なスキルや専門知識は、画期的なイノベーションに必要なプロジェクトに対する適切なアプローチではないのかもしれない。Singularityの研究開発部門のバイスプレジデントであるVivek Wadhwa が述べているように、「イノベーションの最大の敵は専門家」なのだ。

テック企業における Kutcher のプレゼンスを問題にすることは他のアーティストを意気消沈させ、こうした分野への投資を尻込みさせる。彼らは画期的なイノベーションには必要な人たちだ。畑違いの人と仕事をするには、別の形の新たな考え方、在り方、問題提起が必要である。


著者紹介:グライ・オズカン

グライはイスタンブールを拠点とする起業家で、「The Courage to Create a Business(仮訳:ビジネスを創造する勇気)」の創設者。彼女の寄稿のこれまでの日本語訳はこちらから。Twitter アカウントは、@gulayozkan

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