デスクに戻らず経費精算——クラウドキャストがスタートアップ向け経費精算アプリ「bizNote Expense」を発表

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今年の初め、THE BRIDGE の英語版では、金銭管理などを扱う日本のスタートアップ14社を取り上げた。ここで紹介したスタートアップの多くが、今年、新サービスのローンチや資金調達を果たし、ホットスコープの親会社であるホットリンク(TSE:3680)にいたっては、先週、東証マザーズに上場するなど、この分野に勢いがあることを改めて確信させてくれた。

当該記事で紹介したスタートアップの中の一つ、クラウドキャストは2011年に設立され、中小企業向けの会計ソリューションを開発している。同社はこれまで、会計入力に特化したクラウド/アプリ「bizNote」(iOSAndroid)を提供してきたが、来月には、スタートアップ向けにより最適化されたアプリ「bizNote Expense」をリリースすると発表した。

「スタートアップ向けの会計」と聞いて、最近の日本のスタートアップ・シーンの動向に明るい人なら、「freeeマネーフォワードと何が違うのか」という疑問を持つことは自然だろう。もはやブルーオーシャンではなくなってしまったこの分野で、クラウドキャストはどのように差別化していくのだろうか。創業者で代表取締役の星川高志氏に、今後の同社の戦略を中心に話を聞いた。

すべてを作らないという〝割り切り〟

クラウドキャスト代表取締役 星川高志氏
クラウドキャスト代表取締役 星川高志氏

星川氏は以前、マイクロソフトや日本DEC(現HP)でプロジェクトマネージャーとして勤務していたが、2009年にMBAを取得すべく大学に入学。この頃から会計サービスのアイデアを練り始めた。2011年の秋には、国内会計大手の弥生が開催した「弥生スマートフォンアプリコンテスト」でグランプリを受賞、これをきっかけに、2013年5月には、シードラウンドで弥生から2500万円の資金調達を成功させた。

弥生とは資金面以外に業務提携も行っており、極論するならば、クラウドキャストは弥生がやっていることはやらない。弥生は会計パッケージソフトの市場シェアで日本国内随一(74%)を誇るが、クラウドキャストは会計処理の前段となる、経費の入力作業の簡素化に特化している。

経費精算の入力に特化した、スマートフォンのネイティブ・アプリ bizNote Expense を開発しました。社員に経費をスマホから入力してもらうことで、会計担当者——零細企業では社長がやることが多いですが——の負担を大幅に軽減します。マイクロソフト時代のネットワークを使ってヨーロッパでオフショア開発したので、デザインも洗練されたものになっています。プロダクトはほぼ完成していますが、現在 UI/UX の最終調整を行っており、1月にはリリースしたいと思います。

入力された情報は、会計担当者が使う bizNote のダッシュボードにとりまとめられるほか、ここから弥生会計のパッケージソフトや、弥生の会計クラウドサービス「やよいの白色申告オンライン」へのデータ連携も念頭に置いている。弥生とクラウドキャストが完全に役割分担することで、それぞれの得意分野の完成度を極限まで高めることができる。逆に言えば、得意ではないことは〝やらない〟判断をすることで、両社はそれぞれのコアコンピタンスを高めることができるわけだ。

意外に大きい経費精算市場

この種のサービスについて論じるとき、ついつい会計システム全体の市場を見てしまいがちなのだが、それをもう一つブレイクダウンしてみると、経費精算に特化したソフトウェア/システムの市場が形成されているようだ。星川氏によれば、経費精算分野のキープレーヤーは次の通りだ。

  • 社員数1000人以上の大手企業向け… 最大手は Concur、初期費用250万円、月額費用50万円位
  • 社員数200人〜1000人の中堅企業向け…「楽々精算」に代表されるソフト会社10社程度が競う市場。初期費用3万円、月額費用1万円位
  • 社員数200人未満の小規模企業向け…  ExpensifyShoeboxed など。月額費用1,000円〜1万円位

(掲げた金額はあくまで参考価格。諸条件により異なります。)

Concur (NASDAQ:CNQR)に至っては、経費精算の中でも特に出張旅費精算に特化しており、それだけで NASDAQ に上場できる売上を稼ぎ出している。一見ニッチに思えるが、市場規模の大きさは予想に反して大きい。クラウドキャストは、「社員数200人未満の小規模企業向け」の層の顧客を取りに行く戦略だ。

この層は会計のための独立した部署を設置できていない企業も多く、経営者や総務担当者が兼務するケースも少なくありません。このような企業に bizNote Expense を導入してもらい、社員による経費精算→集約・会計のフローを自動化することで、経営者や総務担当者は雑務が減り、彼らは本来の業務により時間を割くことができるようになるわけです。

bizNote Expense の料金は、クラウドのダッシュボードの利用料として月額390円〜となっているが、小規模企業に使ってもらえる価格を実現するため、社員が入力に用いるスマートフォンアプリからは極力必要のない機能は削ぎ落し、(経理担当者ではなく)社員が使いやすいインタフェースの実現に注力した。[1] ひとたび入力した経費がダッシュボード側で承認されると、会計システムを通じて、B/S(貸借対照表)やP/L(損益計算書)にも反映される。もちろん、経費が非承認となった場合は、その内容が社員に戻され再申請が促される仕様となっている。

保守的と言われる会計の世界にも、オープン・イノベーションの波

1月にリリースされる、bizNote Expense。
1月にリリースされる、bizNote Expense。

星川氏の話をここまで聞いてみて思った率直な疑問は、これほどまでに弥生会計との連携が図れる経費精算プラットフォームなのであれば、そもそも弥生が自分で作ればいいのではないか、ということだ。零細スタートアップが亀のペースでやるより、弥生ほどの大企業であれば、生え抜きのエンジニアを起用してプロジェクトチームを編成すれば、ウサギのスピードで開発を進められるはずである。

しかし、現実はそう甘くはない。スマートフォン・アプリの開発、モバイル UI/UX の追求、クラウドサービスによるビジネスモデルの確立、今までとは違うユーザ層の獲得などは、従来からの典型的なパッケージソフト企業が必ずしも得意とすることでない。ここに大企業がスタートアップと付き合うメリットがある。オープン・イノベーションだ。

paperboy&co が DropMySite を採用したケースもそれが理由だと、Charif El-Ansari 氏は言っていた。先日の GBAF で登壇した Techstars の Mark Solon も、Nike や Sprint や Barclays などの世界的大企業がスタートアップと仕事したがる理由の一つは、オープン・イノベーションだと言っていた。弥生は既にそのことに気づいていたのだ。

今後、スタートアップ界においても、一社で完結するのではなく、複数のスタートアップや大企業が手を組んで、一つのサービスを作り上げる事例は増えて行くだろう。セキュリティ、マーケティング、デザイン、テクノロジー、リソースなど、ベクトル方向の異なる複数の要素がサービスに求められるようになる昨今、これは少人数ながらも得意分野が明確なスタートアップにとっては朗報である。

(蛇足ではあるが、オープン・イノベーションをシステマティックに促進するプラットフォームを作れればビジネスになるかもしれない。システマティックではないが、Creww の展開する「コラボ」には、そのコンセプトに近い匂いを感じる。)

経費精算は万国共通、世界進出も視野に

会計システムというのは、その国の会計基準や税制の影響を受けるので、国によってかなり異なる。公認会計士の資格試験にしてみても、当然千差万別だ。世界の会計ソフト筆頭のインテュイット傘下にあった弥生が2003年MBO によって独立し、その後ライブドアに買収されたのはよく知られるところだが、会計システムの相違ゆえ、インテュイットが弥生とのシナジーを見出せなかったのが、資本関係解消の理由の一つとも言われている。

しかし、経費精算は国や地域によって、そう大きな違いは出ない。つまり、ローカライゼーションを最小限に留めて、海外展開ができるわけだ。クラウドキャストのウェブサイトを見ると、すべてのページが日英両語で作られている。これには星川氏がイギリスに留学していたときに、初めてインターネットに出会ったという経緯も多分に影響しているようで、ワールドワイドにやるという選択肢は、最初から織込み済みのようだ。

日本では弥生と組んでいるクラウドキャストだが、例えば、アメリカでは最大手のインテュイットと連携する、というような国別のパートナー戦略もとりやすい。国をまたいでオペレーションするケースが増えてきたスタートアップにとっても、この流れは利便性の向上に寄与するかもしれない。

bizNote Expense は iOS 版が1月中にダウンロード可能となる。Android 版についても開発中で、こちらは2014年第一四半期中にリリースされる予定だ。日本から世界向けに、ビジネス志向のクラウドサービスが成功しているケースがまだ無いが、クラウドキャストがぜひその先駆的存在となってくれることを期待したい。


  1. クラウドキャストのクラウドは crowd と綴り、クラウドサービスの cloud ではない。crowd≒社員という解釈のもと、社員がシステムに合わせるのではなく、社員に最適化したプラットフォームを作る、という思いが込められているのだという。

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