モスクワのスタートアップ・シーンは今(1/2)—未開拓の市場に、欧米のノウハウを取り込むロシアの起業家達

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CC BY-NC-SA 2.0 via Flickr by rcolonna

ロシア版シリコンバレー「スコルコボ」が主催するスタートアップ・コンペティションの全国ツアー Startup Village や、モスクワ周辺のスタートアップ関係者が運営するインキュベーション・プログラム Generation S など、ロシアのスタートアップ・コミュニティは、ここ数年で急速に活気を帯びつつある。

1月の下旬、出張の合間にモスクワを立ち寄る機会を得た。滞在期間が短く土地勘も無かったので、当地のスタートアップ・シーンを網羅と言うにはかなり程遠いのだが、千里の道も一歩から。今回の訪問で垣間見た風景の一部を記録としてまとめた。

モスクワ川の中洲に浮かぶ、スタートアップの聖地「Digital October」

Red October と聞いて、Sean Connery の映画を思い出す人が多いかもしれないが、モスクワでは150年以上続く菓子製造会社として有名だ。モスクワ市内を流れるモスクワ川の中洲には、赤レンガでできた壁が印象的な Red October のチョコレート工場があった。工場は数年前モスクワ郊外に移転したが、跡地がリノベーションされて現在はデザインカレッジやイベントスペースとして利用されている。

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CC BY-NC-ND 2.0 via Flickr by Emmanuel Vivier

この工場跡の一角にある、Digital October はモスクワのスタートアップの聖地だ。名前はもちろん、Red October に由来する。Digital October を訪問すると、キュレータを務める Maria AdamianPeter Tatischev、それに、自身も起業家で Startup Digest Moscow のキュレータを務める Dmitry Kabanov が迎えてくれた。Digital October では TechCrunch Moscow 2013 など、これまでに多くのスタートアップ系イベントが開催されてきたので、私はインキュベーション・スペースかコワーキング・スペースだ理解していたのだが、Maria や Peter によれば、厳密にはイベント・スペースであって、インキュベーション・スペースではないとのことだ。

実際、訪問したこの日もカンファレンス・ルームを覗いてみると、スタートアップではなく現地の銀行がイベントを開催していた。しかし、Maria や Peter は、シリコンバレー発のグローバル・インキュベータ・プログラム Founder Institute のモスクワ版のディレクターを務めているし、最寄りの地下鉄駅からは20分以上も離れた立地なのに、Digital October 内のカフェバー Progress Bar には仕事している起業家は数多く見受けられた。

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モスクワ市内にも Flacon など、いくつかのコワーキング・スペースは存在するが、起業家でもある Dmitry でさえ特定の活動場所を持たず、いろんなカフェなどを転々としながら仕事をしているとのことだ。入国手続が煩雑である分、外国人の往来も多くないこの国では、コワーキングやインキュベーションの波が来るのは、まだ数年先のことかもしれない。ただ、日本の言語障壁や中国の Great Firewall(金盾)などもそうだが、テック界では、欧米圏からの市場参入に一定の障壁があることで、その国の中にビジネスチャンスが生み出される傾向があるのも事実だ。入国手続という障壁があるロシアに、日本のスタートアップが今進出すれば、新興分野の市場を独占できる可能性があるかもしれない。

ロシアのモバイルアプリ・パブリッシャ「MegaLabs」

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ロシアのモバイルキャリアと言えば、ビーライン(Билайн)メガフォン(Мегафон)エムティーエス(МТС)がメジャー御三家だ。街の随所にこれら3キャリアのショップを見かけるのは、日本の風景と大して変わらない。筆者が宿泊していた、モスクワ中心部ベラルースカヤの駅前にあったメガフォンのショップを覗いてみると、数名の客が新モデルのスマートフォンを求めに来ていた。特に目立ったのは、店内にはロシアの電子決済サービス QIWI の電子キオスクが配置されており、自身のウォレットにチャージをする客が引っ切りなしにやってきて、長い列を作っていたことだ。差し当たって、日本で言えば、コンビニの店頭で楽天 Edy のチャージをする感覚に近いが、クレジットカードの利用が一般的でなくコンビニの無いロシアでは、モバイルキャリアのショップが少額決済サービスのタッチポイントになっている、という見方ができる。

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そのメガフォンの子会社で、アプリ・パブリッシャである MegaLabs のオフィスを訪ねる機会を得た。MegaLabs には現在250人の社員が居て、現在は M2M (machine-to-machine)にフォーカスして、約10万種のモバイルアプリを提供している。その多くは無料アプリだということだ。

MegaLabs はアプリのパブリッシャであって、デベロッパではない。オフィスの中も、デベロッパ特有のデザイナや開発者があふれるクリエイティブ・スタジオというよりは、さまざまな国からのパートナーを受け入れる居心地のよいビジネスの場の雰囲気が漂っていた。2012年には、ロシアの Google と言われる「ヤンデックス(Яндекс)」と共同でアプリストア「GetUpps」を立ち上げており、ロシア国内に数千万人いるメガフォンの契約者に、Android アプリを届けるプラットフォームとして定着しつつある。

話の冒頭で、パズドラのことが話題に上り、応対してくれた責任者の一人が「パズドラはたった一本のタイトルで30億ドル稼いだ。しかし、これは MegaLabs の年間の総売上の金額に相当する。日本はすごいね」と語っていた。この30億ドルという数字がどこから出て来たかは定かではないが(このあたり?)、モバイルアプリの売上が世界一となった日本から、彼らは多くを学ぼうとする姿勢が見て取れた。

アメリカのEコマースから学び、成功モデルをロシアに適用する「Internet Retail Solution(IRS)」

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IRS共同創業者 兼 CEO
Alexander Semenov

Alexander Semenov は生粋のロシア人だが、彼の流暢な英語や理路整然とした物言いは、アメリカ人かと見間違う程だ。事実、2010年に Internet Retail Solution(IRS)を創業するまでの十年間、彼はイーライリリーやメドトロニックなどいった、アメリカの大手製薬会社でキャリアを積んでおり、彼のグローバルな…というよりはむしろ、アメリカンなマインドセットは、この間に形成されたと考えるのが自然だ。

彼はアメリカのEコマースにおける売上の6割がホワイトラベル(いわゆる OEM提供)であることに着目、市場シェアで〝Eコマース総合第1位〟の座を獲得するには集客コストが合わないと考え、ロシアでトップが取れるニッチ市場を一つずつ押さえていくという戦術を取った。しかも、ロジスティクスやシステムは一度作ってしまえば、新たなバーティカル・コマースへの進出時にも、ホワイトラベルのEコマースを新規受託する際にも、既存のインフラを応用し短期で安価にサービスをローンチすることができる。

IRS社自前のサイトである、化粧品Eコマースの「クラブ・クラソティ(Клуб Красоты)」が堅調な成長を見せており、糖尿病患者向けEコマースの「iDiabet.ru」、子供用品Eコマース「バンビニア(Бамбиния)」のほか、モバイル・オークションサイト、ソチ・オリンピック公認のEコマースサイトも IRS が運営している。

Amazon がアメリカからロシアのお客に向けて商品を発送しようとすると一定の制約があるが、これは我々にとっては有利に働いている。ロシア国内のお客から、我々への需要が高まるからだ。

ソチ・オリンピックのEコマースサイトも、ロシアから国外へ商品を発送するため大変な労力を要するが、商品を一つ発送する毎に必要な税関に提出する数十枚の書類も、自動的に印刷できるシステムを開発して備えるようにした。ソチのサイトは我々を世界に知ってもらう上で、極めて効果的なマーケティングだ。ソチのサイトに集中している間は、他の分野のバーティカル・コマースへの拡大はひとまずお休みしている。

日本の楽天なども出資する Ozon.ru は競合的存在になるが、Alexander によれば、ロシアでは典型的なEコマース・プレーヤーが営業利益の3〜4割を集客コストにかけているのに対し、IRS はバーティカル戦略やソチのような機会の活用で集客コストを下げ、他ブランドのコマースサイトの受託、自前の即日配送ネットワークの整備などで競争力を高めている。今後は、バーコード・スキャンだけで化粧品やバス用品のリピート購入を可能にする、モバイルアプリのリリースも予定しているとのことだ。

IRS が運営する、ソチ・オリンピックのEコマースサイト
IRS が運営する、ソチ・オリンピックのEコマースサイト

今回はここまで。本稿に紹介した以外にも興味深いスタートアップや投資家に出会えたので、近日中に後編として記事を公開したいと思う。

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