ハードウェア・スタートアップ向けクラウド「BERG」のMatt Webbが語る、ロンドンのスタートアップ・コミュニティTechCityの魅力

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読者の中には、TechCity の名前を耳にしたことがある人も少なくないだろう。イギリスのスタートアップ・ハブとして名高いロンドン東部に広がるこのエリアでは、近年、IoT (Internet of Things) を作り出すハードウェア・スタートアップの隆盛が顕著だ。

先月、グランドフロント大阪で、スタートアップ・イベント HackOsaka 2014 が開催されたが、その前日、筆者は TechCity で活動するスタートアップ BERG の CEO Matt Webb と、世界的にも有名な Pebble の CEO Eric Migicovsky にインタビューする機会を得た。

本稿では Matt Webb の話を中心に取り上げたい。同席したジャーナリストの湯川鶴章氏や Eric からも質問が投げかけられ、リラックスした雰囲気の中で Matt の深い洞察を知ることができる貴重な機会となった。

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Pebble の CEO Eric Migicovsky(左)、BERG の CEO Matt Webb(右)

まずは、今、やっていることを教えて。(池田)

Matt: Matt Webb です。BERG の創業者です。プロダクトをネットにつなぐのをサポートするクラウドサービスを作っています。IoT が日常に流れ込んできていますが、IoT をやっているところは小さな会社が多いです。我々は彼らがプロダクトを作りやすくしています。

ハードウェアのスタートアップというのは、皆、共通の問題を抱えています。お客さんのプロダクトがネットにつながらなくなったら、どんなメッセージが表示されているかを確認してもらい、何度も方法も試してもらったり、ハードウェアが壊れたら、それがどんな状況なのかを聞き取る電話サービスも必要でしょう。でも、ハードウェアのスタートアップ一社一社は小さいので、すべての顧客サービスを自分で提供するのは難しいです。我々はクラウドにつながる API をハードウェアのスタートアップに渡し、ハードウェアを作ること以外の周辺サービスを提供することにしたのです。ハードウェアの Amazon Web Services ですね。

我々自身もネットにつながるプリンタを作っていたことがありますが、それに使っていたライブラリを集めて、ハードウェア・スタートアップに共通の問題を解決するサービスをすることにしました。

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チップにファームウェアを載せて、それをハードウェア・スタートアップに提供するようなことをやっているの?(Eric)

Matt: アイデアを考えついてから市場に早く出すことに注力しているので、現在はクラウドベースです。高性能な WebAPI を開発することができたので、これを提供することで、ウェブ開発者でもハードウェアを作れるようになりました。組込型の開発者だけではなくて。チップの世界へと足を踏み入れるのは、クラウドで勝ってからですね。

ウェブ開発者でもハードウェアを作れる環境を提供することで、ハードウェアの生まれ方が変わります。なぜなら、ウェブというのは、(プロダクトが完成を見るまでに)いろんなものが〝割り込んで来る〟分野ですよね。誰かがプロトタイピングしたものに、他の誰かが次々と何かを追加していく。違うプラットフォームでやっている人も加わって来る。この考え方をハードウェアの世界にももたらしたい。それこそが、BERG の目指しているものなんです。

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現在の BERG のユーザやお客さんは、どういう人たち?(池田)

Matt: この市場(ハードウェア向けクラウド)はまだできたばかりなのだけど、2つのグループに大別できます。俗に〝Hardware Innovative〟と呼ばれるハードウェア・スタートアップの人たちと、大企業の中でイノベーションをやっている人たちですね。大企業の人たちは必要なものを自社で持っているので、我々のサービスは必要ないのだけれど、プロトタイピングの段階でユーザ・エクスペリエンスを実験するのに組込型でやると時間がかかってしまうので、我々のサービスを使ってくれています。

他に面白いのは、London Hardware Collective というハードウェア・スタートアップの集まりですね。ロンドンでハードウェアを作り始めた会社が10〜20社くらい集まっていて、作ったアイテムは数百種くらいかな。Kickstarter でローンチしたり、顧客のために何かを作ったりしています。

「ロンドンは今や、ハードウェア・スタートアップの街だ」という記事を読んだことがあるんだけど、ロンドンはハードウェアのインキュベータとかも充実してるの?(池田)

Matt: サンフランシスコに PCH International という会社がやっている、Highway1 というインキュベータがあります。ハードウェアの世界ではいいインキュベータで、彼らの contract worker がロンドンで積極的に活動していましたが、それはひとまず終わりました。それ以外にも、ハードウェアのスタートアップに出資している昔ながらのVCが数人います。我々のシード資金調達も、そのようなところからしましたね。

ロンドンは非常に面白い街で、少し郊外のケンブリッジは電子産業で有名だし、ロンドンはすごくデザインに強い街なんです。エンジニアのハブにもなっている。5年前には何もなかったけれど、TechCity ができたことで、彼らは会社を立ち上げるという感覚を身に付けるようになったんです。

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つまり、TechCity はイギリスの他の地域からやってくる人も魅了していると?(Eric)

Matt: えぇ、そうです。面白い話があります。私の知っている会社はロンドン郊外でスタートしたのですが、Kickstarter で何かをローンチしたら、突然 TechCity に移ってきたのです。彼らは何をしていいかわからなかったけど、とりあえず TechCity に移ってきた。

そうして、2012年にはスタートアップの数が3,500社になりました。その2年前には15社だったのに。昨年はロンドン全域で、テックやデジタル系の会社からの新しい仕事の成長率が27%の伸びを見せたそうです。(筆者注:この数については諸説あるが、統計対象の違いによるものと考えられる。)

イギリス政府が資金調達やスタートアップのエンゲージメント積極的なの?(Eric)

Matt: 政府がもたらしてくれている最良のことは、TechCity という地域に、人々の注意を引いてくれていること。イギリスの金融危機はひどいものでした。そんな中、政府にはできて、他の組織にはできないことは何か。場所に光を当てて、そこに集まる人を魅了することだっだのです。

アメリカでは国外の人が働くのは大変かもしれないけど、ロンドンは、例えば、ポーランドにすごく優秀な iOS の開発者が居れば、その人を呼び寄せて仕事してもらうこともできるわけです。これは市場のスケールの違い(ヨーロッパという単一市場)から来ているものだけれども。

BERG は2013年の初めからシードラウンドの資金調達をはじめ、2013年9月にそれを終えたのだけど、この分野に投資してくれそうな個人投資家と会ったんです。ヨーロッパ全域では10人、イギリスでは12人、そしてアメリカでは100人。この人数の違いが、スタートアップの市場スケールの違いを物語っているわけですね。

でも、最初のドットコム・ブーム(1990年代末)のときに、アメリカに行ってしまったベンチャーキャピタリストとかは、最近イギリスに戻り始めました。私が TechCity に関わり始めたのは、サンフランシスコに行きたくないから。だって、ロンドンには友達がたくさん居るのに、ロンドンを離れたくないよ。(湯川氏と池田を指して)君達も東京にいるんじゃなくて、誰かにモノを言う前に、自分達が出身地の大阪に戻って来るべきじゃないの。(笑)

大都市ではコミュニティを作るのに時間がかかるけど、小さな街ではコミュニティを作って人々が会う機会を作りやすい。これはロンドンのような小さな街のメリットの一つだと思う。

最後に、現在のビジネスの状況はどう? BERG のビジネスはいい感じ?(池田)

Matt: えぇ、とっても楽しい。もともと BERG はデザイン・コンサルタンシーとしてスタートして、クライアント向けにサービスを提供していた。その後、スタートアップをするようになって、デザイン・コンサルタンシーをやっていたときには有効だった、あらゆるノウハウは使えなくなった。でも、マーケティングのやり方、プロジェクトのローンチのやり方、すべてを学ぶことができたのは、非常にエキサイティングな経験だ。

多くのスタートアップがイグジットを目指してアメリカに渡り、ベイエリアでアメリカ企業に買収されたりするのを狙っている。確かに、ヨーロッパは買収市場としては大きくない。なので、我々のようなスタートアップは、これからの動向を見守っている状況なんだ。ロンドンはニューヨークより数年後ろを走っているし、サンフランシスコよりは10年後ろかもしれないけど。

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時代の変化は速い。これは日本よりも欧米で顕著に思えるのだが、一年ぶり位に同じ街を訪れてみると、スタートアップのトレンドがガラリと変わっていたりする。コミュニティのコアにいる起業家の顔ぶれがそのままであることを考えると、ビジネスのピボットが頻繁に行われているのだろう。

ロンドンを拠点に活動する Matt が、新興のスタートアップ・ハブとしてベルリンを賞賛していたのは印象的だった。そして、ロンドンにもベルリンにも共通して言えることは、多種多様な人々が行き交い、スタートアップ・コミュニティが人種のるつぼ(melting pot)と化していることだ。スタートアップが世界的に受け入れられるサービスを作り出すために、これは日本のコミュニティにも求められる素地かもしれない。

Pebble の CEO Eric Migicovsky とのインタビューは、本稿の次編でお送りする予定だ。お楽しみに。

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