スタートアップが知っておくべき企業買収プロセスと「その意味」

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企業の買収と売却はどのようなプロセスで実行されるのだろうか。

スタートアップ/ベンチャービジネスはスモールビジネスと異なり、「身の丈」以上のレバレッジを効かせることで最短距離での成長を目指そうとする。身の丈以上を求めるということは、人の手を借りることに他ならず、この「借り方」が上手い起業家とそうでない人では、自ずから結果は違ったものになってしまう。

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五嶋一人(ごしま かずひと)氏は銀行員からそのキャリアを開始し、30歳の時にソフトバンク・インベストメントに転職。住宅ローン証券化事業の立ち上げやファンド設立・管理など、ベンチャー投資のみに留まらない幅広い業務を経験し、その後DeNAでは球団買収など数々の投資・買収案件と買収後の経営に携わった人物だ。現在はコロプラ経営企画部にて事業戦略の推進をおこなっている。

MOVIDA JAPANの起業家向けオープンスクール「s.school」で彼が起業家たちに語った、買収/売却というプロセスにおける「企業間コミュニケーション」の話題は、M&Aに限らずベンチャー企業の経営に通じる、大変興味深いものだった。いくつかに整理してお伝えしたい。

M&Aは「ツール」であって「目的」ではありません

まず、五嶋氏の話題から買収のプロセスについて整理があったのでそこに触れておこう。企業買収は大きく次のようなステップで実行され、これらを総称したものが「M&A」と呼ばれる、としている。

  • デュー・デリジェンス
  • 交渉
  • 契約書
  • エグゼキューション

デュー・デリジェンス(しばしばデュー・デリと呼ばれている)を企業価値の査定と考えている人も多いだろう。私も話を聞くまでなんとなくそのようなイメージを持っていた。確かに企業の状況を第三者的に調査して評価額などの算定根拠とするのだが、五嶋氏はこの過程はあくまでその後に続く企業間コミュニケーションに必要な「課題」を洗い出すためのものだと解説していた。

「対象企業の状態を、関係者が正しく認識して共有するための手段がデュー・デリジェンス。デュー・デリの結果、対象企業が対処すべき「課題」を認識・共有して、これが交渉の土台にもなる。対象となる企業にあれこれ文句をつけるために重箱の隅をつつくようなものではありません。問題があれば、それは修正できるのかできないのか、修正するなら資金と時間はどれくらいかかるのか、を皆で考えればよいのです」(五嶋氏)。

次に「買う側」と「買われる側」、そして第三者的な立場で「売る側」(出資者など)の、三者の目的を実現させるためのステップが「交渉」だ。当然だが自分たちの目的のみを達成しようとしても成立はしない。また、この買収交渉の際は、通常は企業間にFA(フィナンシャルアドバイザー)が入り、そこで細かい条件交渉を「ゴリゴリ」と進めることになる。

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「FAの果たすべき役割を否定するものでは全くないですが、買収後までを見据えた時に、当事者間のコミュニケーションは、できるだけ早い段階から、できるだけ密に、とれるだけとっておくに越したことはない、それがゴリゴリした交渉であっても」(五嶋氏)。

ちなみに五嶋氏は、FAを間に入れたことはほとんどないと話していた。

さらに興味深かったのは、契約書についての話題だ。五嶋氏は、交渉での合意事項を文章化したものが契約書であり、「交渉」が成立しているのであれば、契約書の作成はその合意の確認作業にすぎないという。もちろん契約書作成の段階で「この一文を取る、取らない」といった具合の文言調整で揉める話はよく聞こえてくる。しかし本質的にはこうあるべきだろう。

これら三つの過程と、契約に基づいたエグゼキューション(実行)という手続きを経て「買収」は実施されると五嶋氏は解説する。

買収の成否はプロセスで決まるのではなく「その後の結果」次第

では、「よい買収」とは一体なんだろうか。ひとつ分かりやすい結果判断として、「価格が高い、安い」というものがある。しかし五嶋氏はそれ以上に、買収する側とされる側の「目的」が達成されなければ意味がないと話す。

「M&A(企業買収)というのはそもそも買収する目的が明確でなければ実施してはいけないものなんです。デュー・デリジェンスの目的は、対象会社の課題の認識・共有に加えて、その企業を買収することによって、その買収の目的が本当に達成できるのかどうか、あるいは対象企業のどこが変われば目標が達成できるかを『確かめる』ためのものです。買収価格が高いか安いかというのは、その買収の目的が達成されれば『安かった』となり、達成できなければ『高かった』となる、つまり買収後の結果でしかないんです」(五嶋氏)。

当たり前だろうと思う反面、実際自分の会社が売却、もしくは買収する機会に立ち会ったとして、冷静にこのことだけを考えられるかと問われると難しいかもしれない。シンプルなだけに忘れたくないポイントでもある。

「これだけは譲れない」を先に出す

五嶋氏の話で印象に残っているのは、結論ファーストを徹底している点だ。私の周囲の投資家、企業買収案件に携わる人物というのは極めて限られたリソースで、信じられない物量を捌く人が多い。

エレベーターピッチというのを聞いたことがある人も多いだろう。エレベーターに乗ってる1分ほどの時間で自分のサービスを売り込め、という最も短い時間単位でのピッチだ。こんなものが必要なほど、彼らは時間がない場合が多い。(ヒマで仕方がないおじさんというのは投資家ではなく資産家だ)

さておき、五嶋氏も買収交渉に用意するタームシート(投資交渉用のシート)には「全ての要求を入れた状態」で先方に渡すのだという。

「こちらが絶対に譲れないポイントはこれです、そちらが譲れないポイントを教えて下さい、という交渉のスタートを心掛けている」(五嶋氏)。

どうしても譲れない場所を先に提示せず、だらだらと交渉を伸ばしても、結局その譲れない場所が争点になるのであれば最初から話にならない。であればお互い無駄な時間は取らないでおこうというのは極めて合理的だ。同時にここが苦手(実は私もだが)な人は場数を踏むか、そもそもこの場所にはいない方がいいかもしれない。

Post Merger Integration(経営統合作業)は徹底的な「可視化」と「言語化」が必要

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無事に買収手続が終われば、その後に待っているのが具体的な経営統合作業(Post Merger Integration、PMI)だ。

「買収する側とされる側のコミュニケーションを中心に据えないと、成功する可能性は低くなる」ーー今回、五嶋氏がアドバイスした内容の根幹は、この一文に全て含まれている。「買収後に買った側がいきなり乗り込んでいってああだこうだと言っても成功するはずがない、対象企業が自発的に動いてくれる環境を作らないとダメ。元々いたメンバーがやりがいを持てないと」(五嶋氏)。

五嶋氏は過去の経営統合作業の経験から、新しい親会社はこういうことをやりたい、という内容をリストにして全社にみせたそうだ。

「そのリストを全社員にみてもらって、できること、できないこと、優先順位などを元々いたメンバーの意見を取り込んで検討し、改めて『会社のやることリスト』を作成して、進捗も含めこれも全社員に公開しました」(五嶋氏)。

この例のような徹底的な可視化と言語化によって曖昧なものを全てなくしてしまうことこそ、異文化で育った二つの経営を統合するための最重要事項なのだとアドバイスしていた。五嶋氏は面倒であっても手間を惜しまず、買収先の社員全員と面接をするなど、このプロセスに十分な時間を割いたそうだ。

「買収した会社(から来た経営陣)が、この会社をどうしたいと考えているか、そのために今何をしているか」を、きちんと可視化・言語化して、社内で可能な限り広く共有する。元々いたメンバーの経営参加意識は格段に上がり、モチベーションの向上につながる。『透明性』はモチベーションの向上に欠かせません」(五嶋氏)。

社員給与まで透明化を測るBufferのような「オープン・サラリー」の考え方も出てきており、やはりそこでも透明性は信頼感やモチベーション維持に役立とという結果が得られているという話もある。

「吸い上げた意見はどんな小さなことでも必ず速攻で対応してフィードバックを返す、それがゼロ回答であってもその理由を明確に言葉にして返す。この繰り返しで信頼関係ができていく。この人に言っても無駄、と思われては絶対にダメ」(五嶋氏)。

さらに可視化と言語化について、五嶋氏は何度も繰り返していた。

「一回言っただけで本意が伝わることはまずありません。大丈夫かな?と思ったら何度でも伝える、『わかってるだろう』は禁止。数字・グラフ等も活用 して、伝えたいことを可視化・言語化し、曖昧なものは徹底的になくす。特に数字やロジックが持つ説得力を活用すること、相手の立場を理解することが、経営統合作業でのコミュニケーションに最も大切なんです」(五嶋氏)。

指摘にもあったのだが、スタートアップであっても5人以上のチームになれば「これって俺たちっぽいよね」はやめて、これを目指しているというのを言語化すべきだというのは全うなアドバイスだと思う。

「自分たちはこういうチームで、目指していることはこれだ、ということが、創業メンバー間の感覚や暗黙の了解ではなく『可視化・言語化』されていなければ、組織の人数が増えたときに共有できなくなるし、ステークホルダーに説明もできない。なによりこれができていないと、採用で絶対にコケます」(五嶋氏)。

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さて最後に少し。

今回のスクールで会場から、買収されるかIPOを目指すかで、事業計画は変えた方がいいのだろうかという質問に対し、MOVIDA JAPANの伊藤健吾氏から「買収や株式公開というのは投資家の言葉」と指摘されるやりとりがあった。続けて五嶋氏も買収は事業が伸びたことで結果的に相手が欲しい状態になっただけのことであって、狙うものではないとしていた。

私もスタートアップの取材時、ごくたまに「最初からバイアウトを狙ってます」という方に出会うことがある。もちろん、その時は「ハイハイ」とお話は聞いているが、実際のところその瞬間からもう頭では別の原稿のことを考えている。ある程度の想定はあったとして、その話題は投資家との間で話したとしても、対外的にいうべきものではないし、それはやはり投資家の考える話題なのだと思う。

こういった微妙な勘違いも含め、やはり投資や買収といった話題は圧倒的に場数の少ない起業家にとって未知の世界であることは間違いない。

五嶋氏にそういう場数が少ない起業家はどのようにして契約や交渉に臨むべきだろうと尋ねたところ、「まず(実現したいこと、守りたいこと、譲ってもよいこと、といった)本質が何なのか、そこがブレないようにすることが大切」と語った上で、「分からないことは分かる人に聞けばいい、個人のお金にかかわる話だからか、これができない人が意外と多い。それと最低限、次のファイナンスに向けて、自社がこれまでに取り交わした契約書の内容は勉強しておいた方がいい」とアドバイスをくれた。

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