書くだけで電子回路が出来上がる?大企業に眠る技術を活用して生まれた東大発ベンチャー「AgIC」にインタビュー

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OLYMPUS DIGITAL CAMERA東京大学の川原准教授(左)、AgICの清水さん(中央)、杉本さん(右)

手にマーカーを握って、ささっと紙に落書きしたら、あとは小型の電池とLEDライトを組み合わせれば…ピカッ。そう、たったこれだけで「紙の電子回路」が出来上がる。使ったのは、日本のベンチャー企業「AgIC(エイジック)」が開発する特殊なマーカーです。

銀のナノ粒子を含んだ特殊な導電性インクを使ったこのマーカーは、今月中にも消費者に向けて出荷される予定です。2014年3月にKickstarterでプロジェクトを開始し、一ヶ月間で約800万円の調達に成功しました。サポーターの総数は、900人を超えています。

また、AgICは、先日開催された「Microsoft Innovation Award 2014」で最優秀賞を獲得。つづく翌日に開催された「Ed Tech Camp」でも、イノベーター部門でベネッセコーポレーションからEdTech Lab (β)賞を受賞しました。2日連続のダブル受賞です。

世界で注目される「紙の電子回路」を手掛けるAgICの共同ファウンダーは、東京大学大学院の卒業生である清水信哉さんと、杉本雅明さん。東大の横に位置する本郷のオフィスで、ファウンダーのお2人と、そもそもAgICが誕生するきっかけを作った東京大学の川原圭博准教授にお話を伺いました。

ファウンダーの出会いはネトゲのコミュニティ

同じ大学に通っていた清水さんと杉本さんの出会いは、大学ではなく、とあるネトゲのコミュニティでした。お互い東大生であることを知り、交流するように。そんな2人が初めて顔を合わせたのは、本郷三丁目の「LAB+CAFE」。学生がフランクに足を運べる、投資家や社会人も集まるような場所を作りたいという思いで始まったカフェです。

「このカフェを経営しているのが杉本だったんです。僕は以前にこのカフェの存在を聞いてから気になっていて、後になって、ネトゲで知り合った杉本がオーナーであることを知って驚きました(笑)」(清水)

清水さんは、東京大学大学院情報理工学系研究所 電子情報学専攻の川原圭博准教授の元で学びました。マッキンゼーに就職し、アメリカに留学中だった2013年10月、ジョージア工科大学とボストンのマサシューセツ工科大学に研究員として在籍していた川原准教授に再会。

「いつか起業したいと漠然と思っていたので、川原先生に銀ナノ粒子インクの研究について聞いて、コンシューマー向けに活用することで事業にできる!と感じました。その後、杉本と投資家に会いにいって、シード投資を受けることができました」(清水)

AgICには、東京大学理学部の出身で、後に世界初の携帯電話向けブラウザを開発した株式会社ACCESSのファウンダーである鎌田富久さんなどが出資しています。高まる需要を受けて、今後、事業を急速に伸ばして行くために既にシリーズAの調達に向けて動いています。

セレンディピティが生んだ、ベンチャー×大企業のコラボ

AgIC_Crisp_and_sharp_traces

東大が研究に用いた銀のナノ粒子インクは、実は大手製紙メーカーの三菱製紙が2009年に発表していたもの。技術の上手い活用の糸口が見つからず、社内で静かに眠ったままになっていたのです。それが再び世に出るきっかけを作ったのが、川原准教授が発表した論文でした。

川原准教授は、三菱製紙との出会いについてこんな風に話してくれました。

「三菱製紙さんとの出会いはかなり特殊で、まさにセレンディピティでした。僕は、それまでの研究では少々使い勝手の悪いインクを使って、研究成果を雑誌などに寄稿して発表していました。それを目にした熱心な三菱製紙の開発者の方が、たまたま僕に連絡をくれて、サンプルを送ってくれたんです。この出会いがなければ、こんな風に消費者でも使える技術にはなっていなかったと思います」(川原)

大企業のなかで新しい技術が誕生しても、巨大組織であるが故に、それを機動的にビジネスにしていくところでつまずいてしまう。そうした企業に埋もれた技術を汲み上げて、大学と連携していく今回のようなスキームは、とても珍しいのだそうです。

今回も、このインクを使っていなければ、今のようには発展しなかった可能性が十分あったと川原准教授は言います。分野が少し違う川原准教授の元に届いたからこそ、アレンジして新規性がある論文を書くことができ、技術が世間に返り咲くトリガーとなりました。AgICと三菱製紙の出会いは、偶然に偶然が重なった必然だったのかもしれません。

お見合いおじさん、お見合いおばさんを歓迎?

では、まだ珍しい、企業と大学のコラボレーションを促進するには何が必要なのでしょうか。

「ある程度リスクを取ってでも、社内事業の一部を切り出すという発想を持つべきです。大きい組織は内製を好み、外部ベンチャーとの連携や買収にも抵抗があります。でも、最適な相手と組むほうが、全部社内で抱えてしまうより効率がいいこともあります。Googleは、それを戦略的にやっている最たる例ですよね。AgICが、そんな動きを促進する一つの事例になればいいなと思います」(清水)

2年間、米国のジョージア工科大学と、マサシューセツ工科大学に在籍していた川原准教授。渡米してみて、「コラボレーション」を生まれやすくするアメリカ独特のビジネスカルチャーを感じました。

「向こうでは、本来ちょっと怪しまれたりする、お見合いおじさん、お見合いおばさんが、それなりに評価されるんです。ある会社の人が、どこかの企業の技術をMITの誰かに紹介することで、コラボレーションが起こると、仲介した人も評価される。日本だと、繋いだことで秘密を流したという批判にすらなってしまいかねません」(川原)

その道の専門家ではなく、第三者の目で見ることでもたらされる気づきがある。また、ちょっと押しが強い世話好きな人が、そうした流れを加速化させる促進剤のように働くのかもしれません。

「僕たちのプロダクトに対して拒否反応を示すのは、意外と昔からこの分野でやっている人だったりします。一つの分野にすごく詳しいので、その観点からしか見ることができない。でも、今回のように、別の分野の人から見たらこれはすごい!となることもあります。分野をクロスすることは重要ですね」(清水)

瞬時に叶うインタラクティブ性を知育にも活用

AgIC_Wiring_as_a_part_of_art

AgICがKickstarterで予約販売した銀のナノ粒子インクを使ったキットは、現在も同社のウェブサイトで予約注文することができます。冒頭で紹介したマーカー(導電性ペン)は専用の印刷用紙とセットで販売され、筆ペン式が19ドル、マーカー式のものが29ドル。

また、8月出荷予定の回路プリントキットは、家庭用プリンターで回路印刷を行うためのキットで、プリンター別売りでインクや工具などが同梱されたDIYセットが299ドル、すぐ使える調整済みの回路プリンターが599ドルです。

今後、共同開発などをしながら、技術をさまざまな形で応用していくことを考えています。例えば、マーカーを使えば、アメリカの巨大なグリーティングカード市場で、光るオリジナルのグリーティングカードを簡単に作ることができます。また、壁一面に貼られる大きなポスターなどを圧倒的安価にインタラクティブにすることも可能だと言います。

アメリカのベイエリアで開催されたMaker Faireでは、知育的要素から、子どものための教育ツールとしても注目されました。出展された数百を超えるプロダクトの中から、「Make Magazine」の2名の編集者がAgICを “Editor’s Choice”に選んだほど。

「インタラクティブであることが最大の評価ポイントだと思います。今は3Dプリンティングがブームですが、プラスチックだけではインタラクティブなものはできません。電気を使うことで、一瞬にしてインタラクティブなものができて、それを誰でも作る時代が近づいてきました」(清水)

電気を、人間のほうに一段階近くしたい

OLYMPUS DIGITAL CAMERA川原先生と真剣に話し込む清水さん(左)と杉本さん(右)

電話が初めて身近になった時。カメラが身近になった時。「できることが増えて、ワクワクしましたよね?」と問いかける杉本さん。

「その時に近い感触を、多くの人が笑顔になって思わず考えちゃう。値段がいくらだとか、使える、使えないという世界を越えて、これを何に使えるかな?と自然と考え出してしまうから不思議です」(杉本)

現在、AgICのチームには、4人のメンバーがいます。3名は日本に、もう1名はカーネギー・メロン大学に在学中で、卒業と同時にAgICに入社することが決まっています。銀ナノ粒子インクという日本発の技術で、これから世界を舞台に戦っていくAgIC。彼らは、どんなビジョンを描いているのでしょうか。

「テープと紙を使うだけで電子工作ができてしまう。今までは買うだけだった回路をみんなが作れるようになると、すごいことが起こるかもしれない。何が起こるかわからないという、この“わからないこと”がいいことなんです。わかっていることは、コストを下げるという話にしかならないので。この技術をどう使って行くかは、人類に委ねられています」(杉本)

「電気回路と言うと、めちゃくちゃ遠い存在に感じてしまうと思うんですが、それは家にあるリモコンなど、あらゆるものに入っています。今までは、人が便利に使えるツールがなかっただけ。それが家庭用プリンターで印刷できて、書くだけで瞬時に繋がるようになりました。人類と電気の関係を一段階近づけたいですね」(清水)

おそらく、発売当初は、電気に関心があるデベロッパー向けになるものの、将来的には、お店やデパートなどでも導電性マーカーを販売したいと話す清水さん。それくらい、“当たり前”のものにしていきたいと話します。

ちょっと東急ハンズに寄って導電性ペンを買って帰るなんて時代が、そう遠くない未来に実現するのかもしれません。

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