なぜ多くのスタートアップがグロースハックで迷走してしまうのか?

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Melinda Byerley氏はTimeShareCMOというデータ主導のデジタルマーケティングコンサルタント企業の設立者である。かつてVendorsi.comを設立したほか、以前はPoll EverywhereのCMOであった。さらに、PlantSense、Linden Lab、eBay、PayPal、Checkpoint Softwareにおいてマーケティングの責任者を務めていた。

via Flickr by “A Health Blog“. Licensed under CC BY-SA 2.0.
via Flickr by “mkhmarketing“. Licensed under CC BY-SA 2.0.

サービスをリリースしてまもない頃、Twitterは1日7万人の登録者を一時的に保留していたが、当時同社はその問題を認識していなかった。3人の社員が最終的にそのことに気づき明らかにしたことで、結果、数億ドルの評価につながった。

これは「グロースハッキング」という概念を生んだ逸話の一つである。グロースハッキングとはサービスの成長を細かく観察する正確な分析能力を駆使し、ひたむきに成長に集中して取り組む優秀な人物であれば、企業を急速に拡大することができるという概念である。

グロースハッカーの役割とは?

現在急成長中の金融サービス企業Wealthfrontでグロース部門トップを務めており、かつてTwitterの見過ごされていた機会を公表した3名の一人であるAndy Johns氏は、グロースハッカーの役割を定義してくれた。

「グロースハッカーは次世代のCMO(最高マーケティング責任者)で、根本的に特殊なスキルです」とJohns氏は語る。同氏はAutoNationやExpediaなどデジタル大手にて優れた業績を残した後、Best BuyのCMOに就任したGreg Revelle氏を挙げて説明してくれた。

「こうした新しいマーケターはブランディングマーケターである前に、統計学者であり、実験者であり、テクニカルプロダクトマネージャーなのです。」Johns氏自身も当初Facebookのグロース部門トップのAlex Schultz氏に影響を受けている。Schultz氏はケンブリッジ大学で実験物理学の修士号を取得しており、本業は科学者だ。

Johns氏によると、科学的な実験をもとにしたアプローチをマーケティングに採用することで、すでに成長率の高い企業の成長をさらに加速化させることができるという。

5年前にSean Ellis氏が「グロースハッカー」という新しい用語を生み出してからというもの、テックコミュニティはグロースハッカーの特性を受け入れてきた。Dropbox、Zynga、そしてAirBnBなどといった「成長」の恩恵を受けた企業の成功例を皮切りに、スタートアップエコシステムのスタートアップマーケティングに対する期待は12ヶ月という期間で変化した。

グロースハッキング以前のマーケティング

2010年にDropboxによって発表され、これまで50万回視聴されたプレゼンデーション「学んだ教訓」は、グロースハッキングが生まれる前のスタートアップにおけるマーケティングについて説明している。彼らの最初の「Web 2.0 マーケティングプラン」はこのようなものだった。

・TechCrunchでの大々的なローンチ
・Adwordsの購入
・PR会社、いや、マーケティングのVP…などを雇用する

そしてこのプレゼンテーションでは、Dropboxの成功は顧客体験に焦点をおいたことによるもの、またソーシャルメディアの「バーチャル的」なつながりを通じて得たものとしている。そしてEllis氏の投稿もあり、グロースハッキングが誕生したというわけだ。

Sean Ellis氏の投稿から1年以内で、ベンチャーキャピタル企業のAndreessen HorowitzKleiner Perkinsは、投資先企業が次世代のUberになるよう社内「グロース」マーケターを導入した。

そして500 Startupsは、将来が期待できる成長株とされる新企業を支援するために、社内グロースハッキング(もしくは「ディストロ」)チームを導入し特別ファンドをローンチしているが、グロース重視の機関(グロース専門家とPayPal前社員であったMatt Lerner氏により運営されるDistro Dojo)をロンドンで開設したアクセラレータはおそらく同社が初めだとされている。

現在、どの企業もグロースハッカーを常駐させることが期待されている。投資家は今や、自らの計画を達成するために広告費に頼る若い企業への投資を拒否している。そのためプラットフォームが成長を続けたにしても、スタートアップは身動きがとれなくなる。

私はTwitter上で、一流のVCの話を聞いている多くの若きスタートアップと話をしてきた。彼らは、成功するために必要なのはグロースハッキングだけだと確信している。その一方で、彼らは採算が取れない広告チャネルで迷走しているのだ。彼らはペイド・サーチ(有料で特定のウェブサイトへのリンクをリストアップさせること)を十分に活用するための資金を獲得できていない。そういった期待は、製品やソーシャルで十分と思われているからだ。

グロースハッキングはもはやスタートアップ向けではない?

実際のところ、時代は既に変わってしまっている。グロースハッキングは、評価額が10億ドル以上のユニコーン企業向けのもので、もはや平均的なスタートアップ向けではない。私が話したグロースハッキングの専門家は同意してくれるが、投資家はまだわかってないようだ。

「投資家は、お金をかけずにFacebook、Twitter、PinterestやLinkedInに頼るだけで、非常に多くのアクセスを集めることができると思っています」と、サンフランシスコに拠点を置く転職サイトTrabaの共同設立者でCOOのAnuj Shah氏は語った。

今となっては全く不可能なことだ。特に2014年2月からのFacebookのニュースフィード変更は、お金をかけずにマーケティングが可能なフリーマーケティングの根幹を揺るがすものになった。

Shah氏によると、事前の警告もなくTrabaのFacebookでの露出回数は、1投稿当たり数千回だったが、変更後は50回以下に減ってしまい、Trabaは顧客獲得計画を続けることができなくなった。「私たちは、重要な全ての消費者向けに投稿が届くよう投稿量を増やし、それに伴いコストもかけましたが金銭的な余裕がなくなってしまいました」とShah氏は語った。商品をどの市場に投入するか把握しきれていないスタートアップや、まだマーケテンングにコストをかけないと成長できないスタートアップにとって、Facebookは顧客獲得チャネルとして効果的だったが、それが使えなくなってしまった。

これとは別に、最近SourceeasyにAbbeyPostを売却した同社のCEO兼設立者だったCynthia Schames氏の例がある。「私がAbbeyPostを設立した際、Facebookのチャネルは無料で、フィードに投稿すればみんな見てくれました」とSchames氏は語った。しかしFacebookのニュースフィードの変更によってAbbeyPostのグロースハックが使えなくなり、投稿に対する宣伝費を払わなければ、1万2000人以上まで丁寧に増やした顧客や潜在顧客と突然連絡がとれなくなるという状況に陥ってしまった。AbbeyPostは、その費用の予算枠も確保しておらず、結局は支払うこともできなかった。

また、どの市場に参入すべきか把握しきれていない中小企業や、まだ顧客基盤を確立したいない中小企業で、グロースハッキングが上手く機能しなかったのは、Facebookが方針を180度変換したからだけではない。私は、グロースハッキングについて専門家らと話をし、以下の点で同意を得ている。グロースハッキングは、
A) 既に燃えている火に油をそそぐ場合がもっとも効果的である。まずは上手くいっていることを検証し、それをベースに肉付けしていく。
Twitterのケースのように、修正することで、大きな問題も解決できる。急成長しているスタートアップにとって登録手続きの効率の悪さは、明らかに解決すべき問題である。
B) ベースになっている大事な核の部分や急成長しているベースの部分に、非常に小規模だが十分にチェックを行った変更をかけていく。
C) 効果を発揮させるには、時間がかかるし、きちんした原則に従った考え方が必要である。

言い換えれば、グロースハッキングは貧相な製品をユニコーン企業へと変えることはできない。製品と市場がフィットしていないのだ。また、時に運をつかむ人はいるが、大企業であっても大躍進は保証されていない。

投資家たちはスタートアップが目下直面しているジレンマに気づいていないようである。TrabaのCEOであるTerrance Cummings氏はこう説明する。「私たちはユニット単位では何をする必要があるか理解していました。2014年の初頭、当社の通信量は毎月35%ずつ上昇しており、契約数も多くありました。当社サイトにアクセスした人の9%がこちらに転向してきていたのです。しかし同時に、この数字は有料広告への支出面で意味のないこともわかっていました。入ってくる収入がなかったからです。」

「資金調達をしている間、投資家は私たちに(リスク軽減のために)資金を使うようプレッシャーをかけてきました。でも当時はそれが正しいことだとは知りませんでしたし、資金もありませんでした。当社にはキャッシュフローをプラスにする買収費用がありましたが、スケールしていませんでした。製品が市場にフィットしていない中、資金を調達することなく製品を市場にフィットさせることはできませんでした。」

製品と市場のフィットに注力すること

多くのスタートアップはマーケティングのバックグラウンドを持たない若いデベロッパー、もしくはキャリアの中でデジタルやeコマースマーケティングに取り組んだことのない業界関係者により設立されている。VCの輝かしい経歴を見て、追加の株式を断念してしまう人もいる。ひとたびVCやアクセラレータの中に入ると、成長には「秘密の」ドアなどないことに気付き驚くのが通例である。Slackがしばらくしてから主要機能にフォーカスしたことで示されたように、製品と市場をフィットさせるのは大変で、規律が求められ、一貫性のある努力を注いで、顧客との対話、問題発見とその修正を行っていく必要がある。すなわち、それもまた良いマーケティングに他ならない。

グロースハッキング以前に、スタートアップが製品と市場のフィットに集中することを学ぶまで、CMOはテック系スタートアップの中の仕事の中でずっと最悪の職種であったかもしれない。私はその役職にあったから、それがよくわかる。一般的な企業は「当社には良い製品があるのでこれを売ってくれる人が早急に必要だ」として、CMOやグロースハッカーを雇うのが早すぎる。そして彼らが製品フィットの弱さを克服できなかった場合、その企業は危機に陥ってしまうのだ。 テック企業が貧弱なマーケティングで失敗することはほとんどない。 失敗するのは誰もその製品を必要としていなかったか、トップのリーダーシップに問題があったからである。

製品ができあがったら「マーケティング」担当に任せておけばいいと考える人もいるが、これほど真理からかけ離れているものはない。稀に例外もあるが、フルタイムのマーケターを採用するというのは、スタートアップがある程度の成功を収めたあとにすることだ。そこに至るまでは、製品が市場にフィットするまで専門家、業務委託、アドバイザーとともに取り組んで、時間と費用を節約するものだ。

では、製品を市場にフィットさせる方法がグロースハッキングでない場合、スタートアップは何ができるのだろうか。

その点については本シリーズの第2部で取り扱うことにしよう。Andy Johns氏、Mat Johnson氏その他の専門家から、初期段階の成長に取り組むためのフレームワークやアイデアを見ていくことにする。お楽しみに。

【via VentureBeat】 @VentureBeat
【原文】

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