ロンドンの2つのスタートアップ・ハブを訪ねて——Digital Catapult CentreとImpact Hub Islington

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Digital Catapult Centre 前の Euston Road。右側に Digital Catapult Centre が入っているビル、左側に大英図書館、左奥に St. Pancras 駅。

本稿は「イギリス・スタートアップ・シーン2015」の取材の一部。

ロンドンのスタートアップ・ハブと言えば、最も有名なのは Old Street を中心とする Tech City と呼ばれる地域あるいはコミュニティだ。3年ほど前に Tech City を訪れたときのことはここに記録してあるが、その後、Google Campus London に入居していた地元アクセラレータ Spring Board はアメリカの Techstars に統合され IoT に特化した Techstars London となり、フィンテック特化型の Barclays Accelerator や各種事業分野特化型の Startupbootcamp などが生まれた(Startupbootcamp のシンガポール拠点である Startupbootcamp FinTech は今月、東京でファストトラック・セッションを開催した)。

Innovate 2015 への参加目的で訪れた今回は、ロンドンの市内ではあるが、Tech City とは違うスタートアップ・ハブを2カ所訪ねてみた。Digital Catapult Centre と Impact Hub Islington だ。

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データサイエンス分野に特化し、業界横断のビジネス開発を支援する「Digital Catapult Centre」

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Catapult Centre はイギリスに9カ所存在し、それぞれの施設は細胞医療、交通、医療技術、未来都市、洋上再生可能エネルギー、衛星利用、高価値製造業、エネルギーシステム、デジタルの9つの分野において、イギリスの中小企業やスタートアップの事業開発を支援している。11月には10カ所目となる予防医療に特化した Catapult Centre がオープンした。

ロンドン中心部 St. Pancras 駅の前にある Digital Catapult Centre は、その名の通り、前出の合計10分野のうち、デジタルを担当する Catapult Centre だ。具体的には、クローズドデータ、IoT、データ・セキュリティ、データ・インターオペラビリティ(相互接続性)、パーソナル・データに特化したビジネスを扱う。

応対してくれた Digital Catapult Centre の Chief Commercial Officer を務める Andrew Carr 氏によれば、イギリスで組織などから生み出されるあらゆるデータのうち、約20%はオープンデータとして公開されているのだそうだ。パブリックセクター(公的機関)のみならず、投資家、アカデミア(大学などの学術機関)、起業家、データ・サイエンティストなどにコラボッレーションを促し、オープンデータをもとに新しいビジネスやサービスが生まれるよう支援しているという。

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Digital Catapult Centre CCO の Andreww Carr 氏

Catapult Centre は、イギリス政府の起業支援組織 Innovate UK の配下に所属しているが、直接は政府から支配を受けておらず、起業経験者など民間からの人材が中心になって運営されている。アクセラレータでもなければ VC でもない NPO の立場だが、どのような KPI をもって Catapult Centre の活動が成功したと定義されるのか聞いてみると、Carr 氏は次のように答えてくれた。

大きな狙いは3つある。経済的なインパクト、生産性の向上、そして、イノベーションのインパクトだ。

この〝インパクト〟という言葉は、ヨーロッパのスタートアップ・シーンでは、特に頻繁に耳にするキーワードだ。短期的かつ金銭的な利益を追求するのではなく、世界や人々の生活向上に貢献できるものを作り出すことで、長期的な展望で、その発明者や起業家に利益が還元される、という考えに基づいたものだ。

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ミーティングルームは、植物に囲まれている。

インパクトを与えるサービスやプロダクトの開発を促進するために、Digital Catapult Centre は The Copyright Hub というスキームを持っている。このスキームに参加する組織や企業から提供された知的所有権や著作権については、オンライン・プラットフォーム上で簡単な申請をするだけで、起業家やスタートアップが、特に費用を求められず、著作権侵害の心配もなく、自社のサービスやプロダクト開発に利用できるというものだ。

Digital Catapult Centre がロンドンのこの場所に作られたのには、3つ理由がある。まずは、何よりもこの眺め。そして、2つ目にロケーション。ロンドンだけでなく、イギリス全土を支援しているので、St. Pancras の駅の目の前にあるのは、我々が出かけるにも、センターへの来訪者にとっても大変便利だ。

さらに、道路を一つ隔てて国立大英図書館があり、その後ろには、バイオ医療研究の要である Crick(The Francis Crick Institute)がある。Google のオフィスもこの近くにあるなど、数多くのナレッジ集積地を周辺に擁し、この地域がデータサイエンスのハブになっていくからだ。(Andrew Carr 氏)

居心地のよさを重視して設計された Digital Catapult Centre には、昨年の設立からの1年間で1.7万人以上の来訪者があり、RiR (Research in Residence)という、ここを拠点とした企業や学術機関などのコラボレーションが26件生まれている。大学などで生まれた素晴らしい技術が、民間企業の力により商品化された例のいくつかが所狭しと施設内の随所に展示されていた。

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センサーが埋め込まれた靴底に敷くインソール「Path Feel」や「Path Finder」が展示されていた。動脈硬化、糖尿病、パーキンソン病、高齢などにより、足裏の感触が鈍くなって歩行中にケガすることを防ぐ目的で使用され、歩行姿勢をセンサーで読み取り着用者に伝え、歩行バランスの改善を促す。
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鍵盤に触れた部分が検知できる、インターネットに接続可能な音楽キーボード

ソーシャル・アントレプレナーシップ発祥の地「Impact Hub Islington」

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世界に80以上の拠点を数えるまでになった Impact Hub だが、その最初の産声をあげたのが、アンティークショップが数多く並ぶことで知られる、ロンドン Angel 駅近くの Impact Hub Islington だ。当時学生だった、Jonathan Robinson、Katy Marks、Etty Flanagan、Mark Hodge の4人が、写真の撮影スタジオだった場所をリノベーションしてコワーキング・スペースを作ったのは2004年のことだ。ちなみに、ロンドンには、ここ Islington のほかにも、以前にも紹介した Westminster など合計4カ所の Impact Hub が存在する。

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応対してくれた Head of Partnerships の Debbie So 女史によれば、Impact Hub の経営形態は拠点によって異なるが、Impact Hub Islington の場合は、コワーキングスペースのデスクスペース使用料やメンバーシップ料、イベントスペースの貸出などから得られる収入でまかなっているとのこと。Impact Hub Islington が自らスタートアップに投資することはないが、Yes for Europe(European Confederation of Young Entrepreneurs)Plastic Fantastic ChallengeEnviu などといった、ヨーロッパの社会起業を支援する組織と連携して、入居スタートアップを investment readiness(投資を受け入れることが可能な状態)にまで引き上げることに尽力している。

Impact Hub の場合、いわゆるインキュベーションなどとは違って、成果ベースではなく活動ベースによるもの。入居しているスタートアップの多くも、M&A や IPO など典型的なイグジットを狙っているわけではない。

しかし、(社会起業系の)ソーシャル・スタートアップにとっても資金調達の方法はあって、ソーシャル・インパクト・ボンド、グラント(政府補助金)、ドネーション(寄付金)といった形で受け入れることができる。ロンドンでは、エンジェル投資家のネットワークも非常に大きい。(Debbie So 女史)

リラクゼーション・ルームでは、週に一度、ヨガレッスンも行われているとのこと。
リラクゼーション・ルームでは、週に一度、ヨガレッスンも行われているとのこと。

社会起業を支援するスキームが多いこともイギリスの特徴の一つだ。ICRF(Investment and Contract Readiness Fund)といったファンドや、ソーシャルグッドな活動に募金を募ることができる Nesta に代表されるプラットフォーム。さらには、あるスタートアップにエンジェル投資家が投資するとき、イギリス政府の SEIS(Seed Enterprise Investment Scheme)というスキームが適用されることで、投資金額に応じた税金が免除され実質的な投資負担額が抑えられる。このスキームでは、仮に投資先のスタートアップが事業に失敗しても、エンジェル投資家の負う金銭的ダメージを最小化できるので、スタートアップ・エコシステムに必要とされる〝失敗に寛容なマインドセット〟を作り出し、エンジェル投資と社会起業家の資金調達の活性化に一役買っているようだ。

休眠口座に眠る資金の有効活用を狙ったイギリスの Big Society Capital にヒントを得て、日本でも同じような構想が動き始めているのよ、と So 女史は教えてくれた。イギリスのレベルに達するまでには、まだ少し時間を要することになるだろうが、日本の社会起業の環境にも、多彩な支援策や選択肢が生まれることを期待したい。

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Impact HUB Islington が入居するビル

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