学術都市からスタートアップを生み続けるエンジン、ケンブリッジ大学の「Accelerate Cambridge」を訪ねる

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本稿は「イギリス・スタートアップ・シーン2015」の取材の一部。

ロンドンからケンブリッジまでは、ロンドンのターミナル駅の一つ St. Pancras から特急列車で約1時間。シリコンバレーで仕事したことのあるイギリス人は「サンフランシスコからサンノゼくらいの距離」と教えてくれたが、東京に住む筆者に言わせれば、東京〜鎌倉くらいの感覚だ。大き過ぎない街の作り、首都圏への適度の距離感、雑踏や喧騒に邪魔される心配がないという点で、ケンブリッジはカマコンバレーのある鎌倉あたりに似ているかもしれない。

かねてからケンブリッジには、ロンドンのスタートアップ・ハブ「TechCity」とは一味違ったエコシステムが形成されていると聞いていたので、今回の訪英に際しケンブリッジを訪問してみることにした。

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ケンブリッジのスタートアップ・エコシステムで、コア的な存在になっているのはケンブリッジ大学に他ならないが、同大学の中でも起業家の養成に特に力を入れている組織体が Judge Business School のプログラム「Accelerate Cambridge」だ。同プログラムのディレクターで、イギリス王室アンドリュー王子が年に2回セント・ジェームズ宮殿で開催するイベント「Pitch@Palace」のディレクターも務めている Hanadi Jabado 氏に話を聞くことができた。

近くに大都市がある場合、近隣の郊外の街はその経済圏に飲み込まれてしまうことが多い。しかし、ケンブリッジのスタートアップはインキュベーション・バッチが終わったり、資金調達のラウンドが次のフェーズに移ったりしても、ロンドンに拠点を移さず、ケンブリッジに居続けるケースが多いのだという。

ケンブリッジに多くのスタートアップが居続けるのは、ハイクオリティな人材プールと最先端のツールにアクセスできるからだ。

それに一般的な大学と違って、ケンブリッジ大学の中で起業家が生み出した知的所有権については、オプトアウト条項(opt-out clause)によって、起業家自らのものにすることが許されている。

また、これまでに成功した起業家が後進の起業家を助けることで、ユニークなエコシステムが形成されている。(Jabado 氏)

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「Accelerate Cambridge」のディレクター Hanadi Jabado 氏と筆者

当初の筆者の理解では、ケンブリッジにはロンドンとは趣の異なるアクセラレータが多数あるというものだったが、実際のところ、Jabado 氏の説明によれば、ケンブリッジにはアクセラレータは存在しないのだそうだ。Springboard(現在の Techstar London)、Startupbootcamp、Seedcamp、Wayra(スペインの通信キャリア Telefonica 系のアクセラレータ)など、ヨーロッパで有名どころのアクセラレータはいずれもイギリスではロンドンに拠点を置いていて、ケンブリッジには姿を見せていない。

VC系のファンドは一般的に償還期限などの理由から、投資先のスタートアップに短期での成果を求めることが多い。結果的にこの分野は、ウェブサービスやモバイルアプリを生業とする〝デジタルなスタートアップ〟が主流となる。一方、ケンブリッジのスタートアップには、バイオ、サイエンス、エンジニアリングなど技術に特化したスタートアップが多い。日本では最近「リアルテック」と呼ばれる分野だが、R&D に時間がかかるので結果を出すまでに長年の苦労が必要になる点では、〝デジタルなスタートアップ〟とは対照的な存在だ。

Siri のテクノロジーの基礎になっていて、先ごろ Apple に買収された VocalIQ も、そして、Raspberry Pi も、ケンブリッジから生まれたスタートアップだ。皆、スタートアップの名前は有名だが、ケンブリッジ出身ということは意外に知られていない。VocalIQ に至っては、Apple に買収された後も本社をケンブリッジに起き続けている。それはやはり、優秀な人材プールへのアクセスがあるから。(Jabado 氏)

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Accelerate Cambridge のオフィス。Jabado 氏をはじめとするスタッフは、ここを拠点に活動している。

VC やアクセラレータが少ないにもかかわらず、ケンブリッジのスタートアップ・エコシステムが潤い続けているのは、エンジェル投資家たちの存在だ。税制面の優遇措置や各種の政府補助金が功を奏して、成功した起業家は次々とエンジェル投資家へと転身、彼らは日夜ケンブリッジの随所で開かれるミートアップに顔を出して、パッションあふれる起業家のメンタリングに精を出している。

Judge Business School では毎週木曜日がメンタリングデーに設定されていて、筆者が訪問した木曜日には、キャンパスビルのオープンスペースでの随所で、起業家がメンターとディスカッションしていた。ここには、シリコンバレーとも、ロンドンとも違った、グローバルなスタートアップを育てる独自のエコシステムが形成されているようだ。

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Judge Business School キャンパスのオープンスペースでは、毎週木曜日恒例のメンタリングが行われていた。

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