上海の文化遺産をバーチャル・リアリティで救うことはできるか?

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Lewei Huang 氏が育った石庫門(Shikumen)界隈には、彼が半年前に作ったデジタルレプリカの面影がほとんど見られない。れんが壁や西洋と中国の建築が融合した上海特有の20世紀の石庫門建造物はブルドーザーに押し潰され、一帯の各地区は瓦礫と化した。

「中国の歴史が深く刻まれた場所の多くは、きちんと記録に残されていません」と上海ニューヨーク大学(NYU Shanghai)3年生の Huang 氏は語る。「それどころか、再開発されたり取り壊されたりしているのです」。

このプロジェクトは一種の保護活動です。古い記憶を保護するのです。(Huang氏)

Huang 氏による「Cardboard Shikumen」プロジェクトは、昨年取り壊しが決まった彼にとって親しみ深い地域のデジタルコピーである。同プロジェクトは、開発者がウェブブラウザでバーチャル・リアリティ・アプリケーションを作成するのに利用できる試行版 API、WebVRを用いて構築された。これはつまり、VR ヘッドセットや特別な機器を用いることなく、「Cardboard Shikumen」を Chrome で直接起動し閲覧できるということだ。

「[このプロジェクトは]技術的な専門知識や運用予算をほとんど必要としない、バーチャル・リアリティ・プレゼンテーションソフトのテクニカル・プロトタイプです」と Huang 氏は説明する。同氏は、バーチャル・リアリティ・コンテンツを作成し利用するためのコストを下げることで、より多くの人がバーチャル・リアリティ・プラットフォームに関わることができるようになると言う。

A screenshot of “Cardboard Shikumen.”
Cardboard Shikumen のスクリーンショット

「Cardboard Shikumen」の使用感は Google Street View と似ているが、より没入型だという点が異なる。動き回るには、視聴者は一帯に設置された矢印をクリックしなくてはならない。各フレームの視界は360度で、スマートフォンを動かしたり、マウスをクリックしたりドラッグしたりすることで回転できる。同プロジェクトは、木製の腰掛けでひと休みしている老婦人、雑談する住民たち、日に干されている洗濯物など、彼が慣れ親しんだ石庫門界隈の日常的な光景をとらえている。

VR、とりわけ WebVR は、現在開発中です。一から始めなくてはならないことがたくさんあります。従うべき確立したプロセスや一連の手順といったものがないのです。(Huang氏)

「Cardboard Shikumen」内のシーンを作成するため、Huang 氏は6つの Xiaomi Yi カメラ(小蟻運動相機)と3D プリントしたケースを使い、360度の視野をもつカメラを自ら装備した。彼は一帯を歩き回り、考案したカスタムメイドの機器を使って様々な場所を撮影した。その後、Autopano を使って写真をつないでパノラマにしたものが「Cardboard Shikumen」のコンテンツとして使用されている。

Huang 氏は、2015年5月から7月にかけて断続的にプロジェクトに取り組み、約2か月かけて「Cardboard Shikumen」のベータ版を作成した。一帯が完全に取り壊された後、彼は同じ道筋をもう一度記録するつもりである。そうすることで、「Cardboard Shikumen」の視聴者は石庫門取り壊しの前と後を体験できる。

One of the panoramas Mr. Huang stitched together for “Cardboard Shikumen.”
Huang 氏が Cardboard Shikumen 用につなぎあわせて作ったパノラマの一つ

上海市の City Archives(市の保存記録)によると、1949年から1990年代後半にかけ、徐匯区の石庫門一帯だけでも、268万平方メートルから25万平方メートルへと縮小した。北京でも、伝統的な胡同地帯が何千も破壊され、新規不動産が建設された。昨年3月、ISIS(イスラム国)によって破壊された古代遺物を保護する目的でローンチされた Project Mosul などの中国国外のイニシアチブと同様、バーチャル・リアリティと3Dモデリング技術がこうした文化遺物を救う手段となるかもしれない。

それでもなお、バーチャル・リアリティは文化遺産を保護する上で完璧な解決策とは言えない。「写真をいくら撮ろうと、モデルが視覚的にどんなに忠実であろうと、現物とは違います」と Huang 氏は語る。

このプロジェクトは、消えつつあるこうした建築物の「埋め合わせをする」方法でしかないと感じています。本当に保護するには、こういったプロジェクトを行うだけでなく、現物を保護する必要があります。(Huang氏)

Huang 氏が慣れ親しんだ石庫門一帯が分岐する主要道路では、まだ取り壊しの兆しは見えない。露天商が歩道に真っ青な防水シートを広げて新鮮な魚の山を売りさばき、別の商人はカゴに生きたハトを入れて売り歩いている。店頭に老婦人が集まり、早口の上海語でにぎやかにおしゃべりをしている。

これが上海の通りの一般的な生活、Huang 氏がバーチャル・リアリティで守ろうとしている「日々の暮らし」である。

Lewei Huang’s custom panoramic camera
Lewei Huang 氏がカスタマイズして作ったパノラマカメラ

【via Technode】 @technodechina

【原文】

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