孫泰蔵は20年の時を経て起業家の宿り木となるーー新プロジェクト「Mistletoe(ミスルトウ)」始動

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国内スタートアップ・シーンにまた新しい場所が生まれる。

Mistletoe(ミスルトウ)。日本ではヤドリギ(宿り木)と呼ばれる、小さな潅木の名を冠した同プロジェクトを指揮するのは孫泰蔵氏。自身も一人の起業家として日本のインターネット狂乱期を歩んできた人物だ。

「Mistletoeの実は鳥にとって冬の間の格好の餌なんですよ。鳥はMistletoeの実を食べて糞をする。そこから芽が出て森が広がる」。

Mistletoeというプロジェクトを「単なる起業支援策のひとつ」と位置付けるのは難しい。かつて日本で新興企業のことを「ベンチャー」と呼んだ時代の純粋な投資とも、Y Combinatorの波に影響されて生まれたシード・アクセラレーターのようなプログラムとも違う。泰蔵氏はMistletoeのことを「共同創業」という言葉で表現したが、その後に聞く内容はそう単純なものではなかった。

私は泰蔵氏に新たなプロジェクトについて話を聞く機会をもらった。(文中の回答は全て泰蔵氏)

Mistletoeのコンセプト

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Expaのコンセプト「企業をつくる企業」

Mistletoeはいわゆる「起業家支援プログラム」ではない。コアとなるアイデアや技術を持ったファウンダーたちと「共同創業」という形を取る。アクセラレーション・プログラムのような出資比率や期間が決まっているような「パターンもの」ではなく、各案件によって条件は異なるということだった。

「共同で創業します。コアとなるテクノロジーとアイデアは持ち込みですが、ファウンダーのチームと一緒になって創業し、一定の評価も付けて、製品開発も資金調達もビジネス開発も一緒になってこなす。だから年に数社しかこなせないんです。5年やっても20社いくかいかないか」。

このコンセプトを形にしたのが「STARTUP STUDIO」というスタイルだ。

「Mistletoeは「STARUP STUDIO」という事業をやります。シリコンバレーにExpaというモデルがあるのですが、こちらの創業者、ギャレット・キャンプ氏はUberのエンジェルインベスターでもあり、彼のネットワークでパワフルな人を集めて「A company that creates new companies.(会社を生み出す会社)」というコンセプトを打ち出しているんです」。

この手法は過去EIR(アントレプレナー・イン・レジデンス/企業内起業)や国内のBEENOSが採用したスタイルのように、スタートアップを支援事業内に同居させ、デザインやプログラミングなどのメンタリングを常に提供できる専用スタッフを配置したものに近いかもしれない。

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現在、建設中のMistletoeスペース。400坪。広い。

このために泰蔵氏らは400坪のスペースを用意した。「ここで一緒に研究開発する」。

「テーマはステルスが多いので開示できないものが多いです。通常、事業をやる場合は半歩先のことをやりますよね。VCは一歩先。STARTUP STUDIOでは1.5歩から2歩先のことをやろうと思ってます。例えばフィンテックやアドテクは半歩先。人工知能やロボティクスは1歩先ですよね。なのでその先しかやりません」。

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イメージ:Mistletoeサイトより

泰蔵氏はイシュードリブン(課題先行)型と言っていたが、具体的にはグローバルでの食糧問題や少子高齢化、ロジスティクスなど、かなり人類にとって根本的な課題を取り扱う方向性らしい。

「斜め上から問題を解決するような斬新な技術、起業家を中長期で支援します。だから研究開発型ですね。一件あたりの累計投資額も大きくなると思います」。

ーーと、ここまでが「文字で説明する」Mistletoeの概要だ。もちろんプログラムとしても非常に興味深い。しかしなによりも重要な事実は、このプロジェクトを仕掛けているのが孫泰蔵氏だということなのだ。

本当に彼らは世界を変えてくれるのか?

私はそれを理解するためにMistletoeの「心」の部分、つまり、Mistletoeが生まれる前の話であり、このプロジェクトのルーツを追いかけてみることにした。

企業を生む企業「インディゴ」と学生起業家、孫泰蔵氏

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泰蔵氏が起業を志した話についてはここで語らずともご存知の方も多いだろう。東京大学の学生時代、実兄の孫正義氏の事業をきっかけとした、ジェリー・ヤン氏らとの衝撃の出会いは彼をヤフージャパン立ち上げプロジェクトへと向かわせることになる。彼がその立ち上げにあたって1996年、学生10人ほどで創業したのが「インディゴ(現・アジアングルーヴ)」という会社だった。

当時のことを記録した書籍「ビットバレーの鼓動」(発行:日経BP企画/2000年)ではインディゴのことをこのように書き記している。(書籍発行当時の泰蔵氏は27歳)

「2000年の今年は、「最低10社は立ち上げる」と孫氏。システマティックにベンチャーを立ち上げることがインディゴの主たるビジネスなのだ。インディゴにはインターネット・ビジネスに参入したい大企業はもとより、個人のアイデアの持ち込みもあるという。優れたアイデアには、ノウハウと資金が投入される」(引用:ビットバレーの鼓動より)。

いかがだろうか?ーーそう、もうこの時点で泰蔵氏は現時点の原型のような事業に取り組んでいたのだ。

そしてこのインディゴから生まれた新しい芽がオンセール(現・ガンホー・オンライン・エンターテイメント)であり、ITバブル崩壊の洗礼、森下一喜氏(現・代表取締役社長)とのラグナロク・オンライン立ち上げによる起死回生と上場、その後のパズル&ドラゴンズという神がかった成功に繋がる道筋を作ることになる。

少し蛇足だが、今回、泰蔵氏に取材した際、彼はMistletoeのライバルに「アンドリーセン・ホロウィッツ」と「Alphabet」を挙げていた。2社とも投資・事業とアプローチする起点は違うが、共に新しい事業を生み出す装置として世界的な輝きを放っている点では同じだ。

このアンドリーセン・ホロウィッツの創業者、マーク・アンドリーセン氏とベン・ホロウィッツ氏については最近のヒット書籍「HARD THINGS」(発行:日経BP社/2015年)でご存知の方も多いかもしれない。

二人が創業や経営に関わったネットスケープ社やラウドクラウド社は共に米ドットコムバブルの象徴であり、その激しすぎる苦難の道のりは書籍に記された通り。泰蔵氏もまた日本のITバブル崩壊期に試練を受けた一人でもある。

同時期に苦難を乗り越えた起業家が時を超えてまた同じステージに上がることに人生の妙味を感じる。

「乱痴気騒ぎ」のMOVIDA JAPANーーバンドのようにスタートアップしよう

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MOVIDA JAPANがプログラム開始した当初の頃の写真

話を元に戻そう。「システマティックにベンチャーを立ち上げる」インディゴというプロジェクトから数年。ソフトバンク・グループでしばらくの活動を続けた泰蔵氏が表舞台に戻ってきたのが2011年の「MOVIDA JAPAN」だ。

当時はデジタルガレージらが立ち上げた和製Y Combinator「Open Network Lab」がシード・アクセラレーション・プログラムを開始した頃で、複数のベンチャーキャピタルが同様のプログラムを進行していた。(ちなみにMOVIDAは夜遊びとか乱痴気騒ぎを意味する言葉だそう)MOVIDA JAPANもその内のひとつで「バッチ」と呼ばれる一定期間に集中的な支援プログラムを提供するスタイルを取っていた。

当時の立ち上げについて、泰蔵氏は日経ビジネスの取材に対しこのように語っている。

兄・正義や世の中の価値観の下で結果を出そうと猛進してきた。(中略)しかし、気づけば40歳も目前。「不惑」の年齢を迎えるはずが、分刻みのスケジュールに追われる超多忙な日々の中で惑うばかりの自分がいた。

「俺は一体、何を成すべき人間なのか」――。

およそ2年かけて出した答えは「自分の経験を若き起業家に伝える。そして2030年までに東アジアにシリコンバレーを超えるベンチャーの生態系を作る」ことだった。(引用:孫泰蔵 孫家の「伝道師」の志/日経ビジネスオンライン

泰蔵氏にMOVIDA JAPANとは何だったのか、その経験を尋ねてみた。

「最大の学びは、私たちが教えるとか支援するっていうことじゃなく、あの場所が出来たことでしょうね。お互いがお互いを高め合う場所。シリコンバレーのエコシステムの小さなもの、それを体感できたことが大きいです。また、同じぐらいの時期に私はソフトバンク・グループにて活動もしてきました。そこでは経験も積んだし、人脈も広がりました」。

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泰蔵氏と話をする時、よくこのエコシステムの図が使われる。私がMOVIDA JAPANを取材した当時もやはりこの図を見ていた。

「この絵はですね、MOVIDA JAPANが始まる前から使っていました。でもどこから着手したらいいんだろうと。でもやっぱり種から芽がでるここからかな、とこれをやってみた。nana(music)の文原(明臣/CEO)くんに『よしオフ会やろう』って言ってる傍でビリオンダラークラスのM&Aをやってみたり。このギャップが自分にとっては凄まじいインプットになりましたね。3年ぐらい手探りであらゆるパートをやってみて、そしてやっと整理された。それがMistletoeなんです」。

Mistletoeが考える課題解決の方法ーー「ORCHESTRATES INNOVATIONS」

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インディゴ・MOVIDA JAPANと駆け足で振り返ったが、結局彼がやっていることは大きくは変わらない。新しい力を生み出して、社会の課題を解決する。ただ、今回のMistletoeは彼が「整理された」と語るように、これまでと違う厚みを感じることができる。それが起業家同士をインテグレートするという考え方だ。

「起業家は成功のためにどうしてもフォーカスが重要になってきます。しかし今みたいな大きな課題を解決しようとすると、単体ではなかなか難しい。そこで一人一人の起業家が解決する力をインテグレート(統合)する、そういう動きを考えてるんです」。

泰蔵氏が「メタ・アントレプレナー」と呼ぶ上位概念は、Mistletoeで「ORCHESTRATES INNOVATIONS」と表現されている。数多くの技術と知識をさらに組み合わせ、「化学反応」を起こして大きな課題を解決する。そのための人・物・金を提供するのが彼らの考え方なのだ。

「ということで、ようやくやりたいことが『定まった』のです。二つのミッション、イノベーションをオーケストレーションすること、それを加速させるエコシステムを育成すること。これがMistletoeのやるべきことなのです」。

この数年、彼や日本市場が育成してきた起業家や投資家の層が厚くなったからこそ取り組める手法ではないだろうか。

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実は泰蔵氏、最初の会社を学生起業して今年で20周年になる。

インタビューの終わり、私は創業時と今も変わってないことはあるのかとひとつ、尋ねてみた。すると彼はこんな風に言葉を返してくれた。

「私、元々「メタボールカンパニー」っていう言い方をしていたんです。球状星雲っていうんですかね。遠くから眺めるとひとつの塊になってる。インディゴも中とか外とかそういう線引きはなくて「僕」という周囲にもわっといる感じになってる。ハレーすい星みたいに飛んでいく人もいれば、くるくる回り続けてる人もいる。当時、それが自分の目指す会社像みたいなことを言ってるんですね。

もしかしたらそれは変わっていないのかもしれません」。

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