自分ではない誰かになろうとするのはやめよう【寄稿】

ゲストライター by ゲストライター on 2016.3.23

Jon-Westenberg起業家、ライター、コメディアン、そしてクリエイターでもあるJon Westenbergさんによる寄稿記事です。Jonさんの活動は、ご本人のWebサイト、またTwitter(@jonwestenberg)でフォローできます。本記事は、Mediumに投稿された記事をJonさんから許可を得て翻訳したものです。元の英語記事もどうぞ。


image via. Greg Rakozy

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口だけになるのはやめて、何かを生み出そう

テレビのリアリティ番組を見ていると、星のように目をキラキラ輝かせた夢見る候補者が、カメラ目線で「いつか歌手になりたいと夢見ていた」と語る。彼らは、ずっと歌いたいと思っていたとは言わない。

これは、重要な違いだと思う。もし、彼らが歌うことを本気で大切にしているなら、彼らは毎日、毎晩ステージに立ち、肺が腫れ上がるまで歌い続けているだろう。

バンドに入ったり、ステージに立たせてくれる先を探し、音楽を録音し、YouTube動画を撮影し、一回でも多く人前に立って歌うために死に物狂いになっているはずだ。

でも、彼らはそうはしていない。彼らは全国番組に出ることでいっきに名声を手に入れるチャンスを待っている。そこには、演出されたドラマと、指示を受けて操られた聴衆しか存在しない。

彼らは、誰かが自分を歌手にしてくれるのをただ待っている。きらびやかなライフスタイルだけじゃなく、その上、刺激まで欲しがっている。彼らは何かをしたいわけじゃない。その何かをする人になりたがっている。

音楽シーンに限らず、こうした行動や態度は、さまざまな分野で見受けられる。

彼らは、会社を立ち上げたいわけじゃない。創業者になりたがっている。彼らはアートを創りたいわけじゃない。アーティストになりたがっている。彼らは、目が痛くなるまで何時間もコーディングをしたいわけじゃない。デベロッパーになりたがっている。

image via. Kai Oberhäuser

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人生は、日々やることの積み重ねでしかない

夢を追いかけて、自分が望む人生を歩むことは、毎朝起きて仕事に行くことを意味する。その仕事はアートかもしれないし、音楽かもしれないし、自分で立ち上げた事業かもしれない。仕事の舞台となる場所は、どこかのステージかもしれないし、スタジオかもしれないし、しゃれたオフィスかもしれないし、または君の寝室かもしれない。でも、それはいつだって仕事だ。

それは、君が自分と呼ぶものや、君のそのライフスタイルとはまったく関係がない。それは、君が手を動かしてするべき、毎日達成すべきものでしかない。肝心なのはそれだけだ。そうやって人はどこかにたどり着いていく。

もし、君が希望のライフスタイルを手に入れたいとそればかりに不安になって、とある肩書きを装い、いいところ取りを狙っているなら、君は肝心なことを見落としている。君が価値のあるものを生み出すことは永遠にないだろう。何かを生み出すということ自体、君のアンテナを擦りもしないだろうから。

「何かをやること」ではなく「何かになる」ことにとらわれてしまうことは皮肉だ。なぜなら、やることをせずに、何かになることなど一生できないからだ。

一生、終着点にたどり着いたと感じることはない

人が、やっと何かになれたと実感することはないと思う。また、誰かになれたと感じることもない。その道の最後尾にたどり着いたときに、たった今、起業家になれたと言う人はいない。たった今、僕はアーティストになったと言う人もいないだろう。なぜなら、それは捉えようのない感覚だからだ。

君は、そこにたどり着くための鍵を握る何かを常に模索するだろうし、やっと手を休めて、ただ今を楽しめるようになるための一度きりのチャンスを探すだろう。

でも、それは永遠に起こらない。次々にチェックリストを消していく感覚を追い求め、誰かになろうとしても、そこに終着点は存在しない。君は、何かをすることを追い求めなければいけない。そこにこそ、満足感と充足感が見つかるはずだ。

ゴールラインを切る瞬間が来ることは永遠にない。無事に家にたどり着いて、一切のことをやめることができる瞬間などない。でも、歌唱コンテストに参加する歌手はどうだろう?彼らは、そうは考えていない。このコンテストで勝つことができれば幸せになれると思っている。この交渉が成功すれば。このシングルがリリースできれば。でも、それは違う。

君の仕事はいつだって大変だ

ただその行為をするためではなく、誰かになるために動いている時、それは辛い道のりになる。その完成度は低く、君が注ぐ努力の量は明らかに不十分なものになる。

一番大切なのは、やること、その行為自体だ。それは、そう名乗りたいと願う理想の自分や、自分が望む感情を正当化するためにチェックで消していくリストではない。それは君のライフスタイルに根拠を提供するものでもない。価値があるのは、やっている行為そのものだ。

君はいいアートを創らなければいけない。いい文章を書かなければいけない。いいものを創らなければいけない。そうせずに、君がただ自分自身のエゴに対してリップサービスをし続けるだけなら、人はそれに必ず気がつく。世界がそれを見逃さない。

何もしなければ、誰も君のことを真剣に受け止めてはくれない

君が自分のことを肩書きを使って名乗るとき、人はその証拠を求める。僕が毎日何時間を費やしてブログ記事や本を執筆したり、読者とコミュニケーションを重ねたりしていなければ、僕がライターだと名乗っても誰も耳を傾けてはくれないだろう。

人が姿勢を正して話を聞く構えを示すのは、君のプロフィールでも自己紹介でもなく、実績に対してだ。君が誰かに真剣に受け止めてほしいと願うとき、君が求めているのは、人から敬意を払われることだ。敬意は、ただ払われるものではない。「よし、敬意を払おう」と、列を成す人など誰もいない。

君は、それを勝ち取る必要がある。肝心なことを自分でやって、大事なプロジェクトに汗水流し、毎日努力し続けることで。それが人からの敬意を勝ち取るための唯一の方法だ。

君は改善もしなければ、学ぶこともない

もし君が、ファウンダーと名乗ったり、アーティストと名乗ったりすることに満足して、実際に会社を立ち上げたり、何かを創造したり、努力したりすることを怠っているなら、君は改善や学ぶための機会を自ら退けていることになる。

何かであることや肩書きに満足する代わりに、「やることに」に目を向けて、そこでベストを尽くす。すると、新しい発見に遭遇するチャンスが生まれる。自分にしかないエウレカの瞬間を体験することができる。

僕がやること。それは、書くことだ。事業を立ち上げることだ。それはマーケティングであり、デザインであり、講演をすることだ。では僕は何者なのかというと、何よりも生徒でありたいと思っている。僕は、学ぶためにここにいる。みんなそうだろう。

image via. Kai Oberhäuser

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君は飛び込んでいかなければいけない

ただ何かになりたいと思っている間、君は不可能なゴールを達成することに時間を無駄にし、そこにたどり着くために何人もの門番に頼ることになるだろう。その道を進んだとしても、幸せは見つからない。そこにはただ、困難を増す失望が待ち受けているだけだろう。

もし、君に本当にやりたいことがあるなら、君はずっと大きな満足感を味わうことになる。世の中は、君が愛して止まないことをするための機会で溢れている。君が、誰かになろうと不安に明けくれず、また自分の理想のライフスタイルを手に入れようと躍起にならずにいられれば。

外に飛び出して、何かをやってのけよう。僕はよく、FugaziとBlack Flagというバンドについて話題にする。一種のクリエイティブとして、また起業家としても、彼らの存在は僕にとってすごく大きなものだった。彼らは、ただブレイクすることを待っていなかった。彼らは自分たちでステージを予約し、自腹でレコードを録音し、必死の努力を続けた。

彼らは、その長いキャリアを通じて、何かになろうとすることに躍起になるのではなく、ただやり続けることに集中した。

そのほうが、いい道のりだと思う。

(翻訳:三橋ゆか里)

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