AppleのCEO、Tim Cook氏はいかにしてシリコンバレーの良心となったか?

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上: Apple のCEO、Tim Cook 氏が ABC News で2月24日放送の "World News Tonight with David Muir" でDavid Muir氏と対談
上: Apple のCEO、 Tim Cook氏がABC Newsで2月24日放送の “World News Tonight with David Muir” でDavid Muir氏と対談

この10年で最大とも思われる難局に直面している Apple で、CEO の Tim Cook 氏が問題に向き合わずに製品のことだけに集中していたとしても、それは全く理解できる話だろう。

実際にはそうではなく、Cook 氏は政治的・社会的な問題に取り組むことで社会的立場を高めている。これは伝説的と言えるほど政治に無関心だった前任者の Steve Jobs 氏とは全く異なる。Cook 氏はしかもこういった問題にただ応じるだけでなく、テック系企業のエグゼクティブとして初めて問題に切り込むこともしばしばあり、シリコンバレーの同業者たちはその轍を踏みつつ後を追っている。

AppleとFBI が繰り広げている接戦も、公共的信念をしっかり示そうという Cook 氏の意図を表す良い例だ。Apple だけではない全てのテック系企業に影響する可能性がある問題で、法と広報の両面で戦っている。この問題は実際のところ、市民と政府の根幹的な関係にも影響している。

当然のことながら、アメリカ政府は Apple と Cook 氏が純粋に実利的なビジネス上の理由で行動していると非難している。しかしここでもCook 氏は、社会が直面しているさらに大きな問題、つまり政府はテロとの戦いという名の下に私たちのプライバシーをどれだけ侵害できるのか、という問題に対して一石を投じた。

サンバーナーディーノ銃乱射事件の犯人らの iPhone から政府が欲しがっている情報を抜き取って黙って渡すことは、Apple にとって確かに非常に簡単なことだったろう。人々も全く気付くことはないだろう。仮に何かの情報が漏れたとしても、他の企業と同じように、優秀な広報の力で状況をうまく収集させることができる。

しかし、そうしなかった。Apple は自らの信念を通したのだ。Cook 氏は先月公開されたユーザへの手紙で述べている。

この命令に反するという決断は、簡単に選択できることではありません。私たちは、アメリカ政府の度を越していると思える行動に直面し、自分たちの意見を言わなければならないと感じています。

HP の Packard 氏と Hewlett 氏の遺産を継承

Cook 氏が Apple の CEO の座についてから4年半が経っているが、その行動には明確なパターンが見て取れる。政治的・社会的問題に対する姿勢は、Cook 氏をJobs  氏と隔てているだけではない。テック系企業CEOだけでなく、どのような企業のトップを考えてみても、政治的・社会的問題に対して積極的に関わろうとする人物を見つけるのは難しい。「政治的積極性」はほとんどの企業で、自分たちに都合の良い法整備を求める政治活動委員会やロビー活動にすり替えられるのが常だ。

シリコンバレーでは、Salesforce.com の CEO である Marc Benioff 氏も称えられるべきだろう。サンフランシスコの住民に対するテック業界の影響についてかなり率直な発言をしている。会社の中核に早くから慈善的信念と社会貢献主義を組み込んでおり、また同性愛者の権利に反する提案が行われている各州にも立ち向かってきた

Benioff 氏は確かに敬意を払うべき人物だが、その会社と業績は、世界一価値のある企業である Apple やCook 氏のものとはレベルが違う。シリコンバレーであれほどのグローバルな名声を持つ人物を探すとすれば、HP の設立者である David Packard 氏と William Hewlett 氏までさかのぼらなくてはならないだろう。

この二人は、ビジネスが繁栄するカギは人々と地域の役に立つことだ、という考えを企業や法人のトップがまだ持っていた時代の、公共意識を持つ勢力だった。シリコンバレーの地域的な問題でリーダーシップをとり、1978年には Packard 氏が Silicon Valley Leadership Group を設立。各企業をまとめて住宅問題や交通問題、教育問題などに取り組んだ。

Cook 氏は、特定の地域問題にはフォーカスしていないとしても、彼らが持っていたような公共精神の真の後継者のように思われる。

Cook 氏はほとんど最初からこの道を歩み始めた。2011年8月に Apple の CEO に指名されたが、それから2ヶ月も経たずして Jobs 氏は亡くなった。その後、Apple の労働状況に対する批判が高まる中で、CEO に就任して6ヶ月で中国の工場へ公的な視察を行い、注目を集めた。

Apple の CEO が、素晴らしい新製品や新サービスを直接売り込むのではなく、何か他のことについて人々に向かって話をする姿を見るのは衝撃的だった。そのすぐ数週間後、Cook 氏はさらに一歩を進めて Apple は基準引き上げと工場での労働者虐待防止のために公正労働協会(Fair Labor Association)に協力すると発表した。

彼は次のように語ったことがある

私の人生におけるヒーローはマーティン・ルーサー・キング牧師とロバート・ケネディです。こういったことを話す度にたくさんの批判を受けますが、嘘は言いません。これこそ、私たちが深刻に考えるべきことです。この地球上で、Apple 以上に深く人権について考えている企業は無いと思っています。

ここで一つ指摘しておきたい。CEO 就任前のポジションである COO だった頃、Cook 氏は巨大な供給網を築き上げて Apple の製造システムを確立したが、それは非難の矛先を向けられることになった。ここでも、問題を認めて正そうとするよりも、状況を正当化し広報の後押しを得る方が容易だった。

それは始まりに過ぎなかったのだ。労働状況に加え、Cook 氏は Apple が環境問題でも存在感を示していくことを決定した。その一環としてアメリカ合衆国環境保護庁の元長官である Lisa Jackson 氏を起用し、Apple の環境、政策、社会イニシアチブ担当バイスプレジデントとした。Apple をゼロ・エミッションという目標達成に導くだけでなく、製品とは関連のない社会問題に焦点を絞った上級役員がいるという事実は、Cook 氏のリーダーシップと会社の方向性について多くを物語ることとなった。

倫理・経営問題としての同性愛者の権利

Jobs 氏とは異なり、Cook 氏は日頃から Apple の慈善活動について語っている。例えば低所得者層の通う学校へのテクノロジー導入を目的とした国家的プログラムに1億米ドルを寄付したことなどについてだ。また、Apple は AIDS の国際的な感染拡大に対抗するための募金活動にも定期的に参加している。

Cook 氏が2014年に発表したコラムで自らをゲイであることを告白した際、当然のことながら、多くの人にとって彼は最も注目に値する著名人になった。

Cook 氏は非常にプライバシーに厳しい。その時まで、彼は Apple 社外での生活をほとんど語ったことがなかった。だが、プライバシーを公表することは公共の利益になり得るという信念が、プライバシーを守りたいという個人的な思いを上回ったのだ。多くの活動家たちによって同性愛者の権利問題が大きく改善された一方で、ゲイ・レズビアンたちはいまだに文化的・法的な差別に広く晒されていると Cook 氏は書いている。

私自身を活動家とは考えていません。しかし、他の多くの人たちの犠牲によって自分がどれだけの利益を得ているかということを理解しています。ですから、Apple の CEO がゲイだとわかることで、自分自身は何者なのかという問題で苦しんでいる人の助けになったり、孤独だと感じている人に安らぎがもたらされたり、人は皆平等だと主張し続ける人にインスピレーションを与えたりできるなら、私のプライバシーと交換する価値はあるでしょう。

5ヶ月後、Cook 氏は Washington Post 紙に署名入りの記事を載せ、同性愛者の権利に反する法律の制定に対してより力強く抗議した。このような法律はビジネスに悪影響であるだけでなく、道徳的にも後退だと論じたのである。

Cook氏 は次のように書いている。

これらの法案は、私たちの多くがとても大事にしているものを守るふりをして、不正を正当化するものです。私たちの国がまさにその上に築かれている、根本的な原則に反しています。そして、より平等な社会に向かう進歩の道を何十年分か後戻りさせてしまう可能性があるのです。

税金問題

確かに、Cook 氏は全てにおいて尊敬を集めている、というわけではない。例えば2013年には Cook 氏をはじめとする Apple 役員らが、節税に用いた国際的租税回避スキームについて合衆国議会で証言を行った

Cook 氏は議会で、次のように述べている。

課された税金は1ドルまできちんと全て払います。税金についてどんなからくりも必要としていません。

合法か? もちろん。公共に利する? この点については、そうでもない。欧州では Apple の節税対策に集中砲火が浴びせられ、Apple が正当性を主張したアイルランドの税制優遇措置に対する捜査にまで発展した。結果の如何によっては、Apple は莫大な額を滞納税金として支払わなければならない。

それでもなお、Cook 氏はプレスリリースやスポークスパーソンの背後に隠れたりはしていない。Apple は正当であると強く信じており、誰かの機嫌を損ねかねないとしても、この件について公表することをためらわないのだ。

そして、既に証明されているが、Cook 氏は Apple の四半期収益を押し上げることのない決断だとしても、モラルに関して決断を下す際には何も恐れない。

2013年3月、私はAppleの年次株主総会出席のためクパチーノへ赴いた。Apple を率いて18ヶ月目の Cook 氏は株式価格に関して投資家らが発する熱気を感じ取っていた。

総会では、National Center for Public Policy Research で Free Enterprise Projectの ディレクターを務める Justin Danhof 氏が、人間の活動が地球温暖化の原因だと考える業界団体とのつながりがあるためにAppleを非難した。

Danhof 氏はある場面で Cook 氏に大胆に向かい合った。仮に環境問題以外の社会的正義を目的としたプロジェクトが Apple の収支決算を直接的に改善できるとしたら、環境問題だけを解決できるプロジェクトに取り組むか、それともその他の目的達成へ向かうかを尋ねたのである。

Cook 氏は明らかに平静を保とうとし、そして答えた。

私たちの製品を目が不自由な人にも使えるようにしようとしている時に、生々しい ROI(投資対効果)のことを私は考えません。正しいことをしようと考えている時に、私は ROI について考えないのです。

そして彼自身の結論を Danhof 氏とその他大勢の批評家へ伝えた。それは社会的・政治的・道徳的なリーダーシップは事業を営むことと同列にあるという Cook 氏の信念を完璧に凝縮したものだった。

これで厳しいと思われるのでしたら、お持ちの株を手放すべきなのです。

【via VentureBeat】 @VentureBeat

【原文】

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