メンズドレスウェアの「Ministry of Supply」ーー特徴はNASAのスペーススーツ開発技術を応用した機能性

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Gihan Half Marathonスーツを着て走った世界最速のハーフマラソンのギネス記録は、2015年12月にボストンで生まれた1時間24分41秒。この記録に挑戦したのは、Gihan Amarasiriwardena氏だ。「何のためにスーツで?」と思ってしまうが、彼はボストンを拠点とするメンズウェアブランド「Ministry of Supply」の共同創業者だ。

彼が身にまとって走った「Aviator Suit」というスーツは、柔軟性と通気性を特徴とする自身のブランドのもの。「ギネス記録を更新できるスーツなら、仕事をして過ごす1日を乗り越えられないはずがない」ことを証明するためにマラソンに参加した。

Tシャツなど通常のマラソンウェアを着ている時に比べて、Gihan氏の記録はわずか2分しか違わず、スーツの高い性能が伺える。

NASAがスペーススーツに使う技術を採用

Ministry of Supply 共同ファウンダーでCDOのGihan Amarasiriwardena氏
Ministry of Supply 共同ファウンダーでCDOのGihan Amarasiriwardena氏

ここ数年間で、アスレチックな洋服を運動時だけでなく日常的に身につける「Atheleisure」のトレンドが見られている。激しい運動にも耐え、長時間にわたって高いパフォーマンスを発揮できるスポーツウェア。週末2時間だけのランニングに最適化された洋服があるのに、平日朝から晩まで着て過ごすスーツやシャツが窮屈なのはおかしい。

そんな考えのもと、Ministry of Supplyは、見た目はシャープながら、同時に着心地や機能性に優れたプロフェッショナルウェアを提供している。

その代表的商品が、「Apollo Dress Shirt」というドレスシャツだ。ストレッチ素材のシャツには、NASAが開発し、そのスペーススーツにも使っている「Phase Change Material」の技術を採用している。環境に応じて体温を調整する働きがあるため、例えば、汗が流れ落ちる駅のプラットフォームと、冷房で冷えた電車内とで自然に体温調整をしてくれる。

Apollo Dress Shirt
「Apollo Dress Shirt」 (ライトグレー)

チームの結成が2011年にさかのぼるMinistry of Supplyは、現在、ドレスシャツ、ジャケット、ニットセーター、靴下など約20種類ほどの商品を展開している。ブランドのファンに多いのは、都心部に住むアクティブで「思考が若い」ビジネスマンたち。最も厚い層は20代後半から30代半ばだが、ファンの年齢層は幅広い。日本では、代官山にあるセレクトショップ「Connected Tokyo」で取り扱いがある。

「仕事を9時〜17時だと区切って捉えない、思考の若い人たちが利用してくれています。その1日は、例えば、早朝に自転車にオフィスで通うことで始まります。彼らは、仕事と、家族や友達などと過ごすそれ以外の時間をONとOFFで切り分けません。そんなアクティブな人たちが、1日中心地よく着て過ごすことができます」

MITのエンジニアリングの才能が集結

Ministry of Supply 創業チーム
Ministry of Supply 創業チーム

Gihan氏は、ボストンがあるニューイングランド地方で生まれ育った。子供の頃、ボーイスカウトで毎月キャンプに通う中で、様々なスポーツギアの機能性に関心を持ち始める。高校生になると、お店に出向いて素材やデザインを調べ、自分でギアを作るように。湿気を外に出す性能を持つ素材「タイベック」を使ったレインジャケットや、保温効果がある素材を使った寝袋などを実際に作っては活用していた。

大学は、マサチューセッツ工科大学(MIT)に進学。ケミカルバイオロジー工学で、物質・材料科学を専攻した。在学中、アディダスやニューバランスなどがその先行研究を行うMITの調査機関「Sports Technology Institute」で仕事をする機会に恵まれる。ここで、スポーツアパレルのデザインにエンジニアリング的思考を応用することについて学んだ。

大学4年生の頃、地元ボストンのIDEOでインターンに。プロダクトを改良する機会を特定すること、またテストを繰り返すことで“実世界で機能する”プロトタイプの開発について学ぶこととなる。スポーツアパレルのデザイン、エンジニアリング的思考、人間中心設計。こうして培ったプロダクト作りの思想やアプローチは、今のMinistry of Supplyで大いに活きている。

「1日中着心地良く着続けられるプロフェッショナルウェアがないことに着目しました。幸運なことに、同じことを課題に感じていたのは僕だけではありませんでした。MITの起業家プログラムを通じて、似たコンセプトでプロダクト開発に取り組むAman AdvaniとKit Hickeyに出会いました。その後、2012年にKickstarterのプロジェクトを機にMinistry of Supplyが誕生しました」

インスピレーションはエンジニアの世界

LABS 3D Jacket
まるで2枚目の皮膚のように人間の身体にフィットするようにデザインされた「LABS 3D Jacket」

ファストファッションの人気が俄然と高く、デザインを商品化する期間が短縮化される中で、Ministry of Supplyはそのプロセスを決して急がない。実際、Apolloのドレスシャツは、商品が市場に出るまでに18ヶ月間という期間を要し、他の商品も同等の期間をかけて商品化されている。

Ministry of Supplyにとって、洋服のデザインは、デザイナーのクリエイティブを表現するためのキャンバスではない。同社が最優先するのは、その洋服を1日中身にまとう顧客のユーザー体験を高めることだ。ワンシーズンだけ来て別れを告げるのではなく、5〜10年と着てもらえるタイムレスな商品を生み出すことを目指している。

この商品作りのプロセスやマインドセットには、創業メンバーに共通するエンジニアリングのバックグラウンドが大きく影響している。

「僕たちにとってのインスピレーションは、エンジニアリングの世界にあります。例えば、車がどうデザインされているか。テクノロジー企業がどうWebサイトを開発しているか。デザインし、プロトタイプをつくり、ユーザーテストをして商品を完成させていく。最高の素材や技術を生み出すことで、各カテゴリーでずば抜けた商品を一つ作る方針です」

ユーザーテストを繰り返してプロトタイプを改良していく同社の物作りは、洋服というより、自動車やデバイスメーカーなどのそれに近いと言える。ユースケースに応じて、エンジンやタイヤは同じものを用いながら、ボディだけ変えて異なる車を製造する。Ministry of Supplyの洋服も、独自開発するパフォーマンス素材や技術をベースに用いながら、それが複数ラインに活かされている。

3Dプリンティングで編む靴下

Ministry of Supplyの立ち上げを振り返って、最も困難だったのは、ビジョンを共有し、同時に技術力に長けたパートナー探しだった。現在、製造はアジアにある複数のパートナー企業や工場で行われている。例えば、3DやAviator 2 のラインは、日本の東レ・テキスタイルの協力を得て製造されている。

「Ministry of Supplyでは、常に研究、洗練されたデザイン、パフォーマンスにある境界線を縮めることに取り組んでいます。東レが掲げる”Innovation by Chemistry”というミッションには、僕らの人間中心設計に基づいた洋服作りに共通するものがあります。非常に心強いパートナーです。」

商品は、目指す機能性やパフォーマンスを踏まえて素材から開発されていく。例えば、通気性に優れた「Atlas Dress Socks」という靴下は、人間の身体をボディ・マッピングすることから始まった。足が地面に触れる時、どこにどうプレッシャーがかかるのか。衝撃を抑えて心地よさを叶えるクッションパッドの位置、また足から発される熱をどう逃がすのかなど、まずは人間の身体の仕組みを理解することで最適な商品を作っていった。

Atlas Dress Socks
「Atlas Dress Socks」

そのプロセスには、顧客へのヒヤリングも含まれる。靴下に関しては、「飛行機の中など靴を脱いで楽になりたい時、臭いを気にしてしまう」という顧客の意見をもとに、消臭効果があるコーヒーのおりを素材に練り込んだ。また、肌に触れる部分にはポリエスターで出来たパフォーマンスファイバーを用い、外部にはコットンを採用することで湿気を肌から遠ざけ、ドライに保つ工夫を施した。

また、この靴下は「3D robotic knitting」という3Dプリンティングの技術を用いて製造されている。この技術の特徴は、厚み・テキスタイル・素材を変えてバリエーションを作ることができること。特定の部分だけ厚みを変えたり、通気性を良くしたりといったニーズに応えてくれる。同じ技術が、Mercury SweaterやAtmosの下着などにも使われている。

まずは、特定分野で一つずば抜けた商品を

Aviator 2 Suit着用
「Aviator 2 Suit」着用

洋服を作ることと、Webやアプリを開発すること。全く異なることが想像されるその製造プロセスの境界線がなくなってきているのかもしれない。これからは、一方的にデザインした洋服を届けるのではなく、顧客の声を聞きながら、プロトタイピングしながら作っていく時代。

「洋服を作ることに関して、それが芸術的な探求であるべきだという間違った風潮があります。その創造プロセスは誰にも共有できず、秘めたものでないといけないといった。でも、実際にはそんなことはありません。僕らは顧客とそれをシェアするのが大好きだし、そのプロセスこそ、僕らのデザインに欠かせない要素になっています。」

変化が激しい現代のファッション業界で生き残り、成功するためには、従来型の洋服作りのあり方を改める必要がある。Gihan氏は、最も重要なのはプロダクトラインを絞り込むことだと話す。実際、立ち上げから2年半の間、同社では初の商品であるApollo ドレスシャツだけを取り扱っていた。

「コレクションを作ることは、デザイナーにとって嬉しくて楽しいことです。そのため、僕たちも当初、初期段階で商品のラインナップを広げようとしました。でも上手くいかなかった。その分野で、まずは一つだけ、顧客の心を掴んで離さない商品を生み出すことが大切だと学びました」

私たちは、とある形に一度慣れ親しんでしまうと、そこに不便があろうとも「なぜ?」と問うことを忘れてしまう。でも、疑われない「当たり前」が存在するところにこそ、変化の余地がある。そして頻繁に、業界を揺るがすような革命的変化はアウトサイダーによって引き起こされる。 MITのエンジニアリング頭脳が集結したMinistry of Supplyが、それを証明してくれるはずだ。

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