ハードウェア開発よりもスピードが速い、バイオスタートアップの世界〜 #PioneersAsia 2016ライフサイエンスのパネルセッションから

Masaru IKEDA by Masaru IKEDA on 2016.3.23

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本稿は、Pioneers Asia 2016 の取材の一部である。

23日、東京都内で開催された Pioneers Asia 2016 では、午後にライフサイエンスや農業に関するパネル・ディスカッションが設けられていた。オーストリアを含むヨーロッパの国々は、歴史的にも創薬や医療に関する産業が強く(したがって、世界の製薬メーカーの売上上位を見てみても、多くはアメリカとヨーロッパの企業で占められている)、Pioneers がこの話題を扱うのは、理にかなっていると言えるだろう。

このセッションには、

  • カリフォルニア/イギリスを拠点に、ニューロン(神経細胞)技術を開発する Koniku の Oshiorenvova Agabi 氏
  • サンフランシスコを拠点に、人工卵黄や卵白を開発・製造する Clara Foods の Arturo Elizondo 氏
  • パリを拠点に、肝臓の線維化傾向をアルゴリズムを使って遺伝子分析する GenePred の Pierre Dessein 氏

…が登壇した。

Indiebio のプログラム・ディレクター Ruan Bethencourt 氏がモデレータを務めた。Bethencourt 氏は、特に DIY バイオ(自宅で行うバイオ研究)やバイオハック(自分の体をバイオでハックすること)の分野でも世界的に有名な人物だ。現在、サンフランシスコを拠点に、バイオに特化したアクセラレータ「Indiebio」を運営している。

ハードウェアの発達よりもスピードが速い、ニューロンの世界

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ライフサイエンスやバイオの分野は、主に未来の食糧、バイオマテリアル(バイオ材料)、創薬の分野に大別されるという。Bethencourt 氏は、マサチューセッツ工科大学メディアラボ所長の伊藤穰一氏の言葉を引用し、「インターネットのハードウェアの技術は1年半から2年で処理能力が2倍になるのに対し(ムーアの法則)、バイオの世界は、その5〜6倍はスピードが速い」と語った。

Koniku の Agabi 氏は、人が情報を伝える媒介が、グーテンベルグの発明により最初は紙(印刷)に始まり、トランジスタの発明によって処理能力が高まって、現在はニューロンの時代だと訴える。人間の脳には、40PFlops(ペタフロップス、フロップスは1秒あたりの浮動小数点演算が何回できるかで、コンピュータの処理能力を示す単位。ちなみに、iPhone の最新機種に搭載されたチップが 230GFlops なので、人間の脳はその約2万倍の処理能力があることになる)の処理能力があり、1PB(ペタバイト)の記憶容量は、アメリカの本議会議事録すべてを記録するのに十分な能力だ。

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同氏は15年以上にわたってこの分野の研究を重ね、ニューロンの構造分析、接続、安定化の技術を開発してきた。現在、iPad のサイズとなっているニューロン回路のプロダクトを、2018年の第4四半期までに5セント通貨の大きさ(直径約20mm)にまで小型化がすることが目標なのだという。

Agabi 氏は、蜂が体内で臭いに関する神経信号を増幅することで、1キロ先の臭いを嗅ぎ分けられる能力があることを指摘し、例えば、これをニューロン技術に応用することで、折しもベルギーで発生したようなテロを防ぐために、空港などで爆弾を探知できるドローンが開発できる可能性を語った。

食糧問題を人工卵白で解決する

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料理や菓子製造などを目的として、卵白や乾燥卵黄の需要はアメリカで増加の一途をたどっている。一方、卵白の構成要素は90%が水で、10%がA〜Gまで7種のタンパク質。同じ構成要素からなる食用の人工卵白を作り出そうというのが Clara Foods の挑戦だ。

自然の卵白が消費者の手に届くまでには、鶏が餌を食べ、水を飲み、そこから卵を産み、卵白のみを抽出というプロセスが必要になる。Clara Foods の Elizondo 氏 は、1個の卵が食料品店の店頭に並ぶまでに、その生産工程で2,400リットルの水(家庭用のバスタブで10杯分程度に相当)が必要になると語った。世界においては、人間が飲む水よりも、農業に利用されている水が圧倒的に多く、水の消費量を減らすことが食糧問題の解決につながることは、以前から言われている。

Clara Foods は人工卵白を開発することで、自然の卵白製造に必要な生産プロセスを大幅にカット。鶏を使わないため、高価な有機飼料は必要なく、卵白の安定的な供給が可能で、サルモネラ細菌に感染する可能性がないので、生でも安心して口にすることができる(この理由により、日本と違い海外では非加熱の卵が食されることはまれである)。今年の年末までは、シェフ向けのサンプル出荷が始まり、実際にプロダクトの実用試験を開始したいとしている。

遺伝子のビッグデータ分析で、発展途上国の人々の肝硬変傾向を未然に検知

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肝臓は人間の身体の中でもダメージに強い臓器であり、肝細胞の大部分は一旦死んだとしても再生されることが多い。ただし、細胞の死滅と再生が繰り返された部位は肝細胞の繊維化が進み、これが肝臓全体に広がると肝硬変の症状となり、人間の生命維持機能に重篤な危険をもたらす。GenePred では、中国、アフリカ、スーダン、マリ、ブラジル、フランスなど50以上の市場で、12,000以上に及ぶ患者を診断し、肝細胞の変異に関する遺伝子情報を集め、ビッグデータ分析により肝硬変を未然に検知できるアルゴリズムを開発した。

アルゴリズムを改善することで、金銭的な負担を減らしたい健康保険などが、この GenePred の技術にコストを払ってくれるのではないかと、Dessein 氏 は期待している。2017年には、ヨーロッパやアフリカで WHO(世界保健機関)などとともに、さらなるテストを展開する予定だ。


とかくテクノロジーという言葉を聞くと、エンジニアリングやソフトウェアによるものをイメージしがちだが、モデレータの Bethencourt 氏が言っていた「バイオとはテクノロジーである」という言葉は印象的だった。口に入れるものや、身体に直接身に付けるものは十分な臨床試験が必要だが、なるべくなら開発に要する時間は短ければ短い方がよい。

先日の SENSORS IGNITION で孫泰蔵氏が言っていたように、日本では、再生医療の分野で申請から承認までの期間が最短2年にまで短縮されることになった。このようなことが拍車となり、日本でも、バイオや創薬スタートアップが他の市場に先駆けて隆盛することを期待したい。

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Masaru IKEDA

Masaru IKEDA

1973年大阪生まれ。インターネット黎明期から、シンクタンクの依頼を受けて、シリコンバレーやアジアでIT企業の調査を開始。各種システム構築、ニッポン放送のラジオ・ネット連動番組の技術アドバイザー、VCのデューデリジェンスに従事。SI、コンサルティング会社などを設立。Startup Digest(東京版)キュレータ。

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