Slack、僕は君と別れようと思う【寄稿】

ゲストライター by ゲストライター on 2016.3.16

Samuel-HulickSamuel Hulickさんによる寄稿記事です。オレゴン州ポートランドに住むUXデザイナー。新しいプロダクトにユーザーを迎え入れ定着して利用してもらうプロセス「User Onboarding」への関心が高く、専用のWebサイトを運営しています。Twitter アカウントは、@SamuelHulick。本記事は、Mediumへの投稿記事を許可を得て翻訳したものです。元の英語記事もどうぞ。


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「過去、革命が暴政の重荷を軽減したことはない。それはただ重荷をまた別の肩の上に移したに過ぎない。」 — George Bernard Shaw

やあ、Slackこれは決して簡単ではないけれど、僕たちにとってベストな選択だと思う。

君も僕も承知の通り、最初のうちはすごく上手くいっていた。僕の溢れかえったメール受信箱と、君のそのEメールを置き換えるという(すごくセクシーな)野望と。

ただ、結局、僕たちの相性が良いのかどうかわからなくなってしまった。もはや、君との関係が、そもそもそこにあった根本的な課題を解決していたのかどうかすらわからない。

誰もが知っている。僕とEメールは解決を必要とする課題を抱えた、これじた関係であったことを。未知の世界への陽気な探索として始まったEメールは、あっという間に誰もの期待を超える速さでスケールしていった。そして気がつけば、Eメールと僕は婚約の約束を交わしているだけでなく、ミニバンまで購入し、田舎にあるこじんまりした家に引っ越していた。

関係を急ぎすぎただろうか?きっとそうだろう。もし、ここまでおおごとになると最初からわかっていたなら、きっと僕とEメールはやり方を変えただろう。とはいえ、約束は約束だ。それに、僕たちは自分たちでつくったルーチンに落ち着いくことができていた。

とそんな時、まるで映画「マディソン郡の橋」のクリント・イーストウッドのように、君は僕の人生に突如現れた。そのクオリティー!その色使い!まるでバラの花びらのように君は期待と約束に満ち、セックスアピールも兼ね備えていた。そして、僕のニーズに対して超敏感に反応してくれた。

じきに、君と僕は毎日メッセージをやりとりするようになった。あっという間に、君を使わずにいた頃を想像することが難しくなっていった。

そしてそうなった時だった。僕たちの関係がほころび始めたのは。

なぜなら、君は間違いなく、これまでに僕がベットを共にした中でも最も充実したソフトウェアの一つではあるものの、僕にとってオンリーワンかどうかがわからないから。そして、日に日に、君は僕にそれを求めるようになってきているように感じられる。

Slack、君は僕に多くの時間を求めすぎている

ハネムーン気分で盛り上がっている時は見過ごしていたかもしれないが、君がEメールをほろぼすと豪語していた時、僕は君がてっきりEメールの課題を解決しようとしているのだと思った。Eメールというプラットフォームそのものではなく。

僕が日々受け取る豪雨のようなメッセージ、アラート、通知から解放してくれる何かを提供してくれるんだと思っていた。「僕+Slack= より少量の妨げによって高まる生産性」という方程式を思い描いていた。でも、実際の所は、その真逆であることに気がついてしまった。

完全に真逆だ。

君が僕の人生にいることで、僕はかつてないほど大量のメッセージを受け取ることになった。そして、君とこんなに濃く繋がることができて嬉しいと同時に、それは僕の生産性に大打撃を与えている。

あらゆる関係において、境界線を設けることが僕自身の責任であることはわかっている。すべてのソフトウェア製品は、人間の傾向に関する独自のバイアスに基づいて作られている。そして、君のそれが、「時々のぞく」ではなく「常にON」に傾くものであることは議論の余地がないだろう。

「常にON」の傾向は、際限なく継続されるフィードバックループになっている:みんながそこでつるめばつるむほど、もっと多くの会話がされる。もっと会話が増えれば、人はより参加することを求められる。泡を立てて、流して、それを繰り返すことになる。

この点は、そもそもメッセージをする価値があるかどうかの境界線をぐんと下げてしまう。Eメールにも、遠隔地に住む家族からその“FWD: FWD: CC: FWD 必読!”などと冗談めいたメールが来るといった欠点があったものの、 今に比べれば、どれだけ平穏な時代だったことか。君が僕の生活にもたらした、猫のgifやら、ボットのフィードやら、絵文字の山に比べれば。

君の毎週のサマリー(君が僕らの関係についてリマインドしてくれる例の)ですら、メッセージの量は大量だ。そもそも、僕と君の関係はシンプルな、その反対を意味するものだと思っていた。

オフィスの冷水機が設置されている場所でつるむのが楽しいからといって、そこで仕事をしたいわけではない。

むしろ、その逆だ。

もっと言えば、仕事をきちんと終えるこという観点では特に。

君は僕の集中力を何千という小さなかけらに砕いてしまう

Eメールは(君の勇敢な努力の甲斐むなしく、これは今も変わらない)、他人によってコントロールされた、To-Do リストの扱いやすい消化ホースのようなものだと言える。その利点の一つは、すべてが一箇所にまとまっているということだ。

でも、君といったら、複数のタスクに追いつくために、僕は複数のチームにおける、複数のチャネルにまたぐ、複数の会話を追わなければいけない。それを達成するには、映画「ターミネーター」に登場するコンピューター Skynet のような存在が必要で、僕はまったくもってついていけない。

君との関係で、消化ホースは、いくつもの頭を持ったメデューサのような怪物へと化してしまった。

ありとあらゆるものがあちこちに散財し、それを追うために伴う精神的な重荷はどこまでもリアルだ。Linda Stoneは、これを永続的で表面的な「恒常的関心分散症候群」と呼んでいる。これによって、すべての会話スレッドがデフォルトでゆるいものになる。

現実世界でこれが起きても、大したことはない。そこで繰り広げられる会話には、ニュアンスや実体、そしてコンテキスト(文脈)がある。でも君の場合、すべてが同じ重量で扱われるため、すべてのチャットのすべてのタブを維持する必要に迫られ、議題のそもそもの重要性が問われなくなってしまう。

ゆるいスレッドと言えば、

君は実のところ、会話することを難しくしてしまっている

僕たちが出会う前、僕は他者とのデジタルコミュニケーションを主に2つの方法で行っていた。

  1. リアルタイム
    僕が使うデジタルプラットフォームは本質的にはリアルタイム(電話、Skype、IRC、Google Hangtoutsなど)だった。参加する場合は、多かれ少なかれ全員が注意を傾け、会話にリアルタイムに参加する。
  2. 非同時性
    本質的に非同時な(Eメール、留守番電話、iMessage、TwitterのDMなど)のプラットフォームも存在した。瞬時の反応が期待されず、各自が自分のタイムフレームの中で適切なフィードバックを返すことが求められた。

そして、君が現れた。そして、その完全にリアルタイムでもない、でも完全に非同時でもないコミュニケーションのるつぼでもって、人々の世界を揺るがした。君は、リアルタイムと非同時のちょうど中間にある存在だ:

「非同時っぽい」とでも言おうか。

最初聞いた時は、素晴らしいアイディアだと思った。両方の世界の良いとこ取りじゃないか!と。僕は好きな時に誰かにメッセージをして、相手もおしゃべりをしたい気分なら、その場で会話が始まって、異なるプラットフォームを行き来する必要もない。

でも、君のことを深く知るにつれて、君の「非同時っぽい」側面は、僕の最初の印象ほど素晴らしいものではないことを知らされた。それは、全員が半分焼けたケーキのような、中途半端な会話をすることに繋がっている。スロードリップされる会話から、また同じような別の会話へと流れ、正式に「退出」することは永遠にない。なんたって、非同時なのだから!

その結果、すでに別の会話へと移ってしまったかもしれない人の反応を無駄に待つことになる。君は、相手が同じチャネル上に止まっているかどうかを教えてくれないため、状況は悪化するばかり。せめて、ステータスのドットをぼやかすなどして、相手がまだそこにいるかを教えてくれてもいいだろうに。

彼らは5秒以内に返事をするのか?それとも5時間かかるのか?誰にも知る由はない。まるで地獄のようなComcastのサポートチャット担当者に捕まるようなものだ。相手の様子から、彼らがいくつもの会話を同時にこなしていることが感じ取れる。ただ違うのは、君との場合、僕はそれを1日中続けなければいけず、相手は全員僕が知っている人たちだという点だ。

また、まるで会話のスイス・アーミー・ナイフのような君を退出し、リアルタイムに会話をすることが困難になる。それはみんながけだるく思う「会議を設定する」感覚に似すぎているからーーSlack上でゆるくやっていけるのだから、なぜSlackを去る必要がある?

その話題で言うなら…

君は僕の仕事時間をひとつの長編会議にしてしまう

君と僕は、会議が最悪なものだという点では合意できていると思う。そして、表面的には、君はその回数を圧倒的に減らしているように見える。ちょっと振り返っただけでも、君のおかげで長くて飽き飽きするような会議を免れたことが幾度もあったはずだ。これについては、君にお礼を言いたい。

でも、何を代償にそれを手に入れているのだろう?と問わずにいられない。非同時な環境で行うビジネスは、結局のところ、毎分毎秒を会話の機会に変えてしまい、本質上、仕事をしている1日中を会議っぽくしているのではないか。

毎週、毎日続くオールデイ会議は、君が僕を救ってくれた会議の数よりも圧倒的に多い。

また、非同時のビジネスには地味な副作用がある。それは、意思決定のプロセスにまつわるものだ。Eメールを使って仕事が完了した時、反応するまでに1時間〜2時間のバッファがあることが想定されている。でも、君の場合、人はいつでも他者を召集し、意思決定をすることができる。

これは会社の方針の決定を加速化させる意味では素晴らしいことだが、同時に、全員に今を維持、または今以上にSlackのプレゼンスを上げるプレッシャーをかけることになる。どの会話で、いつ何が意思決定されるのかわからないため、人はできるだけ多くの会話に参加することが求められる。

もっとひどいことに、時間を持て余している人間ほど、Slackにアクティブに参加できる。それによって、一番コミットもエンゲージもしないメンバーが、Slack上のディスカッションベースの大半を象徴することになる。一方、真面目に自分の本来の仕事に集中しているメンバーは、その場にいなかったがために有罪を宣告されてしまう。

君は日に日に、関心や注意力のブラックホールと化している。あらゆる会話やアクティビティーをすべてその強力な重力で吸い込んでしまう。

ブラックホールと言えば・・・

最後に、君は所有力が強い傾向がある

単刀直入に言おう。Slack、映画「Brokeback Mountain」のJake Gyllenhaalのように、僕は君を卒業する方法を知りたいと思う。

君との関係がちょっと重くなり始めたと感じた頃、僕は数日間の休みをとることにした。Eメールを使っていた頃なら、まったく問題なかった。休み中の自動返信メールを設定しておけば、あとは休暇に出かけるだけで済んだ。

でも君との場合、この関係を緩やかにする唯一の方法は、数時間の「Do Not Disturb」モードしかないようだ。ソーシャルデジタル時代のテルマ&ルイーズのように、僕らが手に手をとって崖を飛び降りないことを約束するセーフティネットは存在しないようだ。

僕は、だいたい10個のSlackチームに所属している。僕がオンラインであろうとなかろうと、直接またはオープンなチャネルで僕にメッセージが届く。そのため、会話を滞らせないように、常時そこを見ているべきだという暗黙の期待値が生まれる。それは、僕が君からサインアウトしていたとしても変わらない。

大切に思う人たちのことを、宙ぶらりんの状態にしておきたいとは思わない。でも、Slackのネイティブ機能に、「しばらく退席する」「他の手段で連絡してほしい」といったことが伝えられる手段は用意されていない。

これは、君の所有欲の高さを表していると思う。それが意図的であるかどうかは別にして。君を連れていくことなく、どうやって休みに出ればいい?もし、僕が病院に入院するようなことがあったら、君は僕をどう助けてくれる?

良かれ悪しかれ、一瞬にして、君は新米から超新星の座へと上り詰めた。まだ2年しか経っていないにも関わらず、世間は君がなかった頃のことが想像つかないかのように振舞っている。

君は、僕のソーシャルな生地の中に完全に編み込まれてしまった。君が僕の友達、同僚、そして僕自身にどんな影響を及ぼしているのか心配になってきた。

もし、君が本当に僕のことを応援してくれているなら、君は君がいないの外の人生を僕に楽しませてくれるだろう。それを実現することを後押しさえしてくれるはずだ。君との関係が必要だと感じた時に、僕が戻ってくることを信じて。昔から言われているように、愛しているからこそ手離すことが必要だと思う。

悪いけれど、僕には自分のスペースが必要だ

君は、僕がコミットメントを恐れていると言うかもしれない。でも、僕はただ、僕の時間や関心をどんどん拘束する関係には興味がないんだ。そして、人とのやりとりの全てを君を通して行わなければいけないのも納得がいかない。

ここ数日の間、僕は君を使うことを完全に止めた。正直なところ、ソーシャルな側面で君から離れることの難しさを実感すると共に、生産性という意味ではすごく効果を実感している。

これは、決して簡単なことではない。だって、僕は君のことがすごく好きだから。デザイナーとして、僕は君を中身と外見ともにすごく魅力的に感じる。君のユーザーの迎え入れ方はピカイチだと思う。君のコピーライティングはさらに優れている。

デザインの品質は問題じゃない:君は自分がサポートするためにある人間の傾向を踏まえた上で、非常に良くデザインされている。単純に、今の僕は、その傾向とやらをこれ以上求めていないんだ。君を使うために必要なソーシャルな習慣が、君の技術的な進歩にまったく追いついていないように思う。

もし、僕たちがよりを戻すとするなら、上記の問題にデザインのアプローチから対応してもらいたい。DNDモードもいいが、デザインが人の関心や時間を無駄にしない方法はいくつもあるはずだと思う。インタフェースの範囲でも、それを越えてでも。

その他にも、例えば、Slack上にいない人についてはステータス表示をぼかすとか、休暇に入った人には自動返信がされるような機能が欲しい。加えて、僕が君にどれだけの時間を使っているかを可視化し、それがどれだけ効率的だったのかも知りたい。「成すべきことをやりやすくし、不要なことをやりづらくする」というユーザーエクスペリエンスの格言を追求してほしい。

君の倫理によって、そして君のユーザーエクスペリエンスへのコミットメント、さらにはその才能あふれる組織によって、君たちほど、僕たちの世界のコミュニケーションをより良く、より分別のあるものにできる存在は他にいないのだから。

その間、いつでも僕にメールやTwitterで連絡してほしい。

(翻訳:三橋ゆか里)

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