起業するなんて考えたこともない人生でした(笑)ーー隠れたキーマンを調べるお・エウレカ西川さんインタビュー

OshibaTakanori by OshibaTakanori on 2016.3.19

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。

マッチングアプリ「pairs」、カップル専用アプリ「Couples」などで知られるエウレカ。昨年にはニューヨークを拠点とするIAC(Inter Active Corp)にM&Aされたというニュースはとても話題になりました。そんなエウレカを代表の赤坂優氏とともに創業より牽引してきた共同創業者で取締役の西川順さんにインタビューしました。

大柴:昨年末の「No.2サミット」というイベントを見に行きまして、そこに西川さんが登壇されていて。不勉強でそれまで西川さんの事をあまり存じ上げてなかったのですが、そこでの西川さんのお話を聞いていて「すげー」って衝撃を受け、ぜひ「隠れたキーマン」でもお話を伺いたいなと思い、今日に至りました。よろしくお願いします。

西川:ありがとうございます、よろしくお願いします。

大柴:プロフィールを拝見させていただいたのですが、西川さんは以前取材記者をされていたと。元プロの方なので、今日は若干緊張しております・・・。

西川:いや、もうだいぶ昔なんで。大丈夫ですよ(笑)。

大柴:それではまずは、記者をされていた頃のお話を伺えればと。

西川:はい。大学の頃は「何かを発信する仕事」をしたいと思っていて、安易ですが書籍の編集やライターに興味を持ち、その中でテレビ誌の取材記者の仕事につきました。テレビや芸能人に興味があった訳ではないんですが、「モノや人を取材して、書く」ということのトレーニングにはちょうど良いなと。

大柴:なるほど。

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西川:基本的にテレビ局内やスタジオでの取材が多かったんですが、ロケに同行して取材することもありましたね。

大柴:ロケにも行かれたんですね。

西川:はい、ロケが押して寒空の下、外で3時間待ちとかもありました(笑)。しばらくその仕事をしていたのですが、当時インターネット業界が盛り上がり始めていて、この業界面白そうだな、と感じてネット業界に転職しました。2000年くらいの話ですね。

大柴:どんな会社に入られたのですか?

西川:英語圏のカルチャーや英語学習のポータルサイトを運営している会社です。外資系でとても厳しく、仕事ができないとクビになってしまうんです。周りの人達もどんどんクビになっていったんですが、私は運良く残ることができました。めちゃくちゃ忙しくて、厳しかったのですが、その分鍛えられました。その会社ではサイトのプロデューサーというポジションだったんですが、デザインもコーディングも、取材も記事執筆も編集も企画も、はたまた採用や社員教育まで、本当に何でもやりました。

大柴:なるほど。

西川:3年半くらい勤めて、そろそろ英語業界以外をターゲットにしたサービスもプロデュースしたい、と思いまして、その会社を卒業することにしました。英語業界って狭いので、もっと広い視野を持ちたかったんです。

大柴:次はどちらの会社に行かれたのですか?

西川:オールアバウトです。その後サイバーエージェントに転職しました。サイバーではポイントサイトのプロデューサーをしていました。

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大柴:あの頃のサイバーのポイント事業ってグラスシティにオフィスあった頃ですかね?

西川:あ、そうですそうです。懐かしいですね!

大柴:そしてサイバーの後がイマージュ・ネットですかね。

西川:はい、そうです。これまでメディア事業、広告事業、ポイント事業とやってきて、結構いろんな事業を知ることができました。ただECはまだやったことないなって思ってて。当時ZOZOTOWNが伸び始めてきた頃で、ネットで物を売る、というのに単純に興味が湧いて。そんな時に当時のイマージュ・ネットの社長に会い、その場でオファーをもらいまして転職することに決めました。

大柴:なるほど。

西川:あ、そうだ。この時か、その前の転職の際か忘れたんですが、ミクシィも受けて、落ちたんですよ。で、去年、ミクシィの笠原(ミクシィ取締役会長)さんに、赤坂と一緒にお会いする機会があり、この話をしたら、赤坂も「実は僕も新卒でミクシィ受けたけど落ちた」って言い出して(笑)。偶然2人ともミクシィに落ちた経験を持っていたことが判明しました。

大柴:(笑)。笠原さんは何て仰ってました?

西川:「え、本当ですか…」って(笑)。

大柴:ウケますね(笑)。ところで、イマージュ・ネットではどんなことをされていたのですか?

西川:一通りのECサイトの運営や特集企画などやってました。そのあとは、新規のECサイト立ち上げを2つくらい。その後、入社して2年後くらいに経営陣から広告事業部のマネージャーをやってくれ、と言われたんですが、その部署に赤坂がいたんです。

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大柴:赤坂さんのことは以前から知っていたんですか?

西川:同じ社内なので顔と名前は知ってるくらい。社内の飲み会などでちょっと話す程度でした。当時の赤坂は今と違って痩せていて、一見イケメンで、チャラそうで生意気な若者という印象でした。「きっとめんどくさい奴なんだろうな、あんまり近寄らないでおこう」って思ってました(笑)。

大柴:(笑)。

西川:ただ同じ部署になって、私の部下として仕事することになったんですが、めちゃくちゃ仕事ができるんですよ。目標達成能力が高く、ビジネスで勝つために重要だと思うことは、相手のレイヤー関係なく自分の考えをしっかり伝える。優秀な部下というより、実質は裏の上司でしたね。

大柴:すごい。

西川:でもすぐに周りと衝突するんです。気に入らない会社の社長さんに失礼な態度を取ったり(笑)。

大柴:若いし、尖ってたんですね(笑)。

西川:そんなある日、一緒に仕事をし始めて1年位かな、赤坂が「転職する」って言ってきたんです。話を聞いてみると「起業したいけど、資金が無いので、しばらく給料の良い外資系の保険会社に転職して、そこで資金を貯めてから起業しようと思ってる」と。それを聞いて「保険売って起業に役立つの?そんなの時間の無駄だから、もう起業する準備し始めたほうがいいんじゃない?」って言ったんです。

大柴:へぇ。

西川:そしたら赤坂が「じゃあ、西川さんも一緒にやりましょうよ」って誘ってきて。赤坂の優秀さは知っていたし、自分との補完性も高いと感じてた。赤坂と一緒にやれば成功するだろうなと思い、その場で「わかった、一緒にやろう」と返事をしました。今思うと、すごいノリですね、私、まったく起業するなんて考えたこともない人生を送ってたのに(笑)。

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大柴:なるほど。そしてついにエウレカを設立。

西川:登記自体はサラリーマン時代の2008年にやっていたのですが、実際に事業を開始したのが2009年11月でです。恵比寿のシェアオフィスで。当初はイマージュ・ネット時代にやっていた広告事業の請け負いが主事業で、そのモデルを横展することで事業を拡大させて、その後、バズマーケティングもやって売り上げを伸ばしていきました。その辺りから少しずつ、大学生のエンジニアやデザイナーのインターンを採用し、「サービスを作る」という地盤ができた感じです。

2011年くらいに、赤坂が突然iPhoneアプリ開発の仕事を受注しちゃって、そこからアプリの受託開発事業が始まり、開発だけでなくサービス企画やプロモーションなどの知識もたまっていったんです。それで「そろそろ自社サービスやるタイミングだね」って話になり、その中で産まれたのが「pairs」です。

大柴:先ほど赤坂さんについては少し伺いましたが、赤坂さんをずっと見てきて変化したことなどありますか?

西川:経営者になって、死ぬほど働いて、いろいろ経験して、とても成長したと思います。さっき「周囲とすぐに衝突していた」って言ったんですが、今はそんなことなくて、良い意味で子供っぽさは残したまま、とても大人になったと感じます。

イマージュの頃から「敵を作っても意味ないよ」と言い続けてはいたんですが、会社を経営していく中で自分で気づいて改善されました。会社を守るためには、個人的感情によって損するのは良くないということを理解したと思います。尖った所は今でもまったく無くなってないですが、アウトプットの仕方が変わりましたね。

大柴:なるほど。

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西川:あとは赤坂をサービスプロデューサーとしてとても尊敬しています。ものすごい細かいところに気づくことが彼はできるんです。それこそ1pxのズレも気になって改善させるし、ユーザビリティが悪い導線の機能を見たら「ユーザーのこと考えてるのか」と激怒する。私もかなり細かいほうなんですが、赤坂には敵わないので、そういうところはすごいなぁって思います。感性が繊細なんですよね。

大柴:なるほど。最近では取締役も増えましたし、2人体制とはまた違った良さが出てきそうですね。

西川:経営チームが増えるのはおもしろいし、より組織が強固になるなと感じています。今、赤坂、西川に加え、CTO&COOの石橋と、CSOの中村の計4人なんですが、みんな違うタイプで、それぞれの強みを発揮して超戦略的なチームにしていきたいですね。

大柴:最後に西川さんの今後の展望などをお伺いできれば。

西川:会社としても個人としても海外に出ていかないといけないと強く思っています。先日もシンガポールの大学院で一週間勉強してきたんです。日本企業は、改めて海外、特にアジアに戦略的に出ていかないといけないと思いましたし、タイミングを逃さないようにしないと、と。そうしないと企業も個人も生き残れないと感じました。当面はそんな感じでしょうか。

大柴:なるほど。今日は貴重なお話ありがとうございました!

OshibaTakanori

OshibaTakanori

Takanori Oshiba 東京生まれ東京育ち。2004年忍者システムズ(現サムライファクトリー)の創業期に参画し、取締役等を歴任。忍者ツールズ、SEOなどのサービス面から経営企画等まで幅広く従事。現在はEast Ventures フェロー。最近は「調べるおさん」と呼ばれる事が増えたが、だいぶ慣れつつある。 インターネット界隈の事を調べるお

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