元OperaのTetzchner氏が〝ユーザ第一主義〟ブラウザ「Vivaldi」正式版を提げて来日、起業家支援にも意欲

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バージョン1.0正式版リリースの記者会見に臨む Jon Stephenson von Tetzchner 氏(2016年4月26日、駐日アイスランド大使館にて)

Opera の創業者にして、現在は新ブラウザ Vivaldi を開発する Vivaldi Technologies を率いる Jon Stephenson von Tetzchner 氏(Opera ファンの間では、Tetzchner 氏をもじって「Tetz-chan(テッちゃん)」と呼ばれており、本人はこれを公認しているらしい)が来日し、華々しく Vivaldi のバージョン1.0を発表した(ほどなく、バージョン1.1も発表)。

Vivaldi の特徴は、なんといっても「タブスタッキング」だろう。筆者に限らず、複数のウェブサイトを同時に参照しながら資料をまとめたり、原稿を書いたりというユーザは多いはず。気がつくと、ウェブブラウザには左右にスクロールしないとわからないほど多数のタブが並んでしまい、同じウェブサイトを開いたタブを新たにもう一つ作ってしまうケースも少なくない。「タブスタッキング」では、これら複数のタブをひとまとめにして、ブラウザ画面の左右などに配置することができる。このほか、タブのハイバーネーション(一時的休眠モード)などもサポートしている。

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ウェブというものが出てきた1990年代から、ブラウザの仕事をしてきた。17年間にわたって Opera で仕事をしてきて、そこでチームと実現できたことを誇りに思っている。(Tetzchner 氏)

2010年に「起業家を支援するために、それまでとは違う何かをしたくなった」という Tetzchner 氏は、Opera の CEO を退任し、それまで拠点としていたノルウェーを離れ、アメリカ・ボストン郊外に移住する。一方、Opera は2014年3月、同社が売りとしていた Opera ブラウザのユーザのためのコミュニティ SNS「My Opera」が閉鎖されることになり、この流れを受けて同年1月 Vivaldi.net がローンチし、Tetzchner 氏自らの資本投入により新ブラウザ「Vivaldi」の開発が始まった。「自分が使いたいと思うブラウザが無くなってしまったから…」と、Tetzchner 氏はそのときの心境を語った。

多くのブラウザは、一般的に機能を増やして「大きくなろう」とするが、Vivaldi はシンプル。機能についても、ユーザの利用状況に応じて、ブラウザが変化するようなものにしたいと考えている。多数のタブを同時に開いて使うユーザをターゲットの一つと考えており、彼らに複数のタブを一つのスタックして取り扱える機能を提供することで、作業効率や利便性が上がるだろう。

ユーザによって労働習慣も違うし、Vivaldi のユーザは一人一人、「ブラウザとはこうあるべき」という考えを強く持っていると考えている。タブが上にあるべきか下にあるべきか、閉じたときにどういう動きをするべきか、すべて事細かく設定できるようになっている。(Tetzchner 氏)

Vivaldi は、Google Chrome のオープンソースである Chromium をベースに開発されているが、ウェブ技術をもとに開発されているブラウザであるため、開発者でなくてもデザイナーがカスタマイズし、それをブラウザに実装する、ということも容易に対応できるようになっているそうだ。

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左から:共同創業者兼 COO の富田龍起氏、共同創業者兼 CEO Jon Stephenson von Tetzchner 氏、広報の壽かおり氏(2016年4月26日、THE BRIDGE 編集部にて)

My Opera の流れを組む Vivaldi は、ユーザコミュニティが深く開発やテストに関わっていることも特徴であり、毎週スナップショットを公開して、ユーザから新機能や改善に対するフィードバックをもらい、それを反映したバージョンをビルドして、翌週に公開するというルーティンを繰り返している。ボランティアの力によって、50以上の言語に翻訳されており、もちろん日本語でも利用可能だ。

Vivaldi には現在35人の社員がいて、Tetzchner 氏の故郷であるアイスランド・レイキャビクと、ノルウェー・オスロに拠点を置いている。さらに、チェコとフィンランドに開発者がいて、Tetzchner 氏はアメリカ東海岸のボストン郊外、また、Tetzchner 氏 にとってOpera 時代からの〝戦友〟であり、Vivaldi の共同創業者兼 COO の富田龍起氏は、シリコンバレーのパロアルトを拠点に活動している。

アクティブユーザが何人いるか正確な人数については把握していないようだが、Vivaldi は初期版リリースから10ヶ月経過した昨年11月現在で200万ダウンロードを達成しており、Firefox などと同じモデルで、1年間1ドル程度の送客手数料を検索エンジン各社から得ることで利益を上げたい意向。Tetzchner 氏の自己資本で運営されており、ユーザ第一主義を貫いた経営をしやすくする意向からた、今のところ、VC など外部から資金を入れる予定は無いそうだ。現在のところは、PC 用のブラウザのみが提供されているが、来年にはモバイル対応のブラウザも出したいと Tetzchner 氏は意気込みを語った。

起業家支援の施設づくりにも意欲的

先にも書いたように、Tetzchner 氏が創業し長年勤めた Opera を後にした理由の一つが、起業家を支援したいという思いによるものだ。アメリカ・ボストン郊外の Gloucester と、アイスランドのレイキャビクのそれぞれの街に、起業家が寝泊まりして事業ローンチに邁進できる「Innovation House」という施設を運営している。シリコンバレーではなく、ボストン郊外のこの街にアメリカ拠点を選んだのは、アイスランドをはじめとする北欧諸国のスタートアップがアメリカ市場を目指す上で、シリコンバレーよりも大西洋に面したボストン郊外の方が便利な玄関口になる、との信念からのようだ。また、その後、シリコンバレーのパロアルトにも、彼は Nordic Innovation House を開設している(COO の富田氏はここを拠点に活動しているようだ)。

アイスランドの人口は32.3万人。国内に大きな市場のある日本などと違って、基本的に国外の市場に機会を見出さずに生き残ることは考えられない。2008年の銀行破綻のときは、スタートアップにとっても大変なときだった。

ノルウェーもまた、これまで原油輸出に依存してきたが、原油価格が暴落し、将来は原油が枯渇するのではないかと言われる中で、これまでに無かった考え方でイノベーションを起こそうというスピリットが高まりつつある。エンジェル投資やVCが集まっているという点で、オスロもまた素晴らしい。アクセラレータプログラムの存在などよりも、特に、そこに多くのよい起業家が集まっているのがいい。(Tetzchner 氏)

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ボストン郊外の Innovation House(出典:Innovation House ウェブサイト)

Vivaldi が将来何を目指すのか、例えば、資金調達をして、事業を拡大させ、そして、大きな富を手にするというのも、起業家の夢みる一つの将来像だ。この質問に対しては、Tetzchner 氏からは否定的な意見が返ってきた。

起業はお金のためにやるのではない。将来に対するパッションに基づくものだ。Vivaldi も、ユーザのために素晴らしいプロダクトを作りたいと思ってやっている。(Tetzchner 氏)

Tetzchner 氏が Opera に在籍した17年間、コアなユーザをターゲットにしようとした彼の思いとは裏腹に、アメリカのブラウザ各社との競争を余儀なくされる中で、投資家らからは、機能追加や事業の方向性に絡んで、さまざまな要求が突きつけられたことだろう。それゆえ、起業家がやりたいことにフォーカスする上で、必要が無いのなら外部資金に頼らずに事業展開を進めた方がいいという彼のアドバイスには、これからの将来を担う起業家への愛情のようなものが感じられた。

日本で知られるアイスランド発のスタートアップとしては、言語学習システムを展開する「Cooori(コーリ)」が存在する。Tetzchner 氏らの活動により、より多くのアイスランド・スタートアップの日本での活躍にも期待を馳せたいところだ。

<参考文献>

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