テックメディアを困らせるICO、私は大歓迎だ

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Coins via Flickr by Rodrigo Amorim.

今週(9月第3週)の編集会議で、チームメンバーが席に着くなり私はこう言った。「さあ皆、ICO の具体的な取材方針を決める必要があるぞ。」

ICO による資金調達は初めは単に魅力的なアイデアに思え、時折取材することも可能だった。たが、この6ヶ月ほどで一つの業界を形成するほど爆発的に成長し、多くの編集スタッフのキャパシティを超えてきている。

もっとも、ICO が興味深い理由は、我々のリソースの話とは無関係だ。一番面白いのはこの手法が抱える倫理的ジレンマであり、ここしばらくの間、我々メディアの間でも話題になっている。

世の中には興味深い製品を開発しているスマートな企業が複数存在し、彼らのおかげで ICO は定着の兆しを見せている。今後数年間、ICO はスタートアップの定石となるだろうし、記者たちは適切な手法で取材する必要があるだろう。

これは極めて明白なことだ。中でも、メディアと資金調達中のスタートアップとの関係は興味深い。ICO にはメディアの影響力が大きく関与するためだ。メディアは人々の興奮を煽るツールであり、人々の関心が高まればスタートアップの資金調達額も大きく変わる可能性がある。

一例として私の場合、ここ数週間では平均して1日1件の ICO のプレスリリースが届いている。だが、一旦トークンがリリースされてしまえば、どのトークンの発行元からも何の知らせも届かない。一体何だというのだろう?

ベンチャーキャピタルによる資金調達ではこうしたことは起こらない。

典型的なベンチャーキャピタルの世界では、e27が掲載する記事がスタートアップの調達額に与える影響は極めて限定的だ。読者の興味を惹いたり売り上げに貢献することはあるかもしれないが、e27が企業の成功または失敗を左右するような場合は、その会社には何か別の深刻な問題があると言っていいだろう。

もしも、ある投資家が私の記事を読んで500万米ドルの予定だった資金を1,000万米ドルに増額するようなことがあれば、スタートアップの設立者はそのベンチャーキャピタルとの関係を真剣に見直した方がいい。確かに各種の記事は、企業が有名になる第一歩を応援できるかもしれない。しかし、本来投資とは、統計、数字、そして一般の人々に記事として公開されることのない予測に基づいて判断されるべきものだ。

この事情は ICO の世界では全く異なる。現状では、ほとんどの企業が次のような IPO のモデルに従っている。

  1. 製品を説明する
  2. メディアを使って集中的な宣伝を行い、人々の注目を集め、製品の魅力を高める
  3. IPO の成否を最も大きく左右するクジラを募集する(訳注:大型の公的資金を意味する日本の投資用語のクジラとは異なり、ここではトークンを大量に保持する一部の人々のこと。)

IPO を行い株式公開した企業の場合、ICO とは異なり、公的文書の公開が法で義務付けられている。例えば Snap Inc.が10億人のユーザを擁するとして米国で資金調達を行った場合、ゆくゆくはある時点で、ユーザ数が3億人台であるというデータを公表することが法的に求められる。従って、当然のことながら CEO は初めからデータの公表の意思を持っていなければならない。

人々が Uber や Palantir といった大規模なスタートアップを懸念するのは、これが理由だ。私たちはこうしたスタートアップの業務内容を知ってはいるが、彼らが情報を公開する義務はない。公開されている業績はおそらく耳当たりの良い数字の部分だけであり、綺麗なカーペットをめくればその下には大きな穴が空いているかもしれない。

CEO にとって IPO は重大なイベントだ。カーペットで隠した穴を開示する必要があり、一般の人々は穴を見た上でまだ投資の意思があるかを決めるからだ。

かたや ICO 企業は非公開であるばかりでなく、多くは主力商品をリリースする上で資金調達戦略に依存しているアーリーステージのスタートアップだ。これらの企業の多くは資金調達の時点では歩むべき「道」さえも見えていないため、「穴」が存在するかすら怪しいところだ。

さて、ここで1つの問題が持ち上がる。ジャーナリストたちは ICO を記事にする際、スタートアップ側に情報公開を求めるべきだろうか?ほとんどのスタートアップはこうした情報を報道機関に提供していない。企業が人々から資金調達を行おうとする場合、数字を明らかにする義務はないだろうか?

スタートアップコミュニティ全体としても、このアイデアを受け入れるべきではないだろうか?そうすれば真っ当な企業の成長が可能になる一方で、風説の流布などによる操作を狙った企業はチャンスさえ掴む前に自然淘汰されるだろう。

押し寄せる ICO の波

ICO の参入障壁は非常に低く、これが問題の原因の一部になっている。メディアが IPO と同じ形で ICO を取材するとすれば、膨大な量のリソースが必要になる。これをうまく説明しているのが、以下に引用する Token Data のツイートだ。

今週(9月第3週)ローンチする ICO は57件もあるため、一般的な編集部(映画で見るような豪華なものは想像しないでほしい)は、正当なものと詐欺まがいのものを区別することはほぼ不可能である。

こうした事態の当然の結果として、ICO に関する記事は何も書かれなくなる。

もしも ICO 前のスタートアップについて好意的な記事を書き、その企業が500万米ドルを調達し、そして6ヶ月後に破綻して投資家に損害をもたらしたならどうなってしまうだろう?私は責任を負わされるだろうか? 私の記事は期待を高め、投資するよう誰かの背中を押したかもしれないのだ。

私が犯した今年最大の「ミス」は、Omise だと考えている。数ヶ月前に肯定的な記事を書いたが、今は後悔している。

さらに、ICO は二極化しているにも関わらず、多くの有識者ら(率直に言って ICO を表面的にしか見ていない)は、ICO による資金調達戦略すべてを不正なものだと捉えている。

彼らは、ICO が今後数年間にわたって存在し続けられるかの決定権を彼ら自身が握っていると考えているようだが、これは誤りだ。

私はこう言いたい。

確かに問題のある誇大宣伝が私たちの周囲を取り巻いているが、これらは次第に駆逐されていくだろう。2018年中頃になっても、1週間に57件もの ICO が行われるだろうか?私はそうは思わないし、望んでもいない。しかしまた、ICO が完全に消え去ることもないのだ。

移り気なベンチャーキャピタルや機関投資家にとって、ICO はもう一つの選択肢となる。正直なところ、ICO は業界にディスラプションをもたらす可能性があり、ベンチャーキャピタル各社は事態への適応を求められることになるかもしれない。

ベンチャーキャピタルがスタートアップに「その製品を求める市場が存在するとは思えませんね」 と言った場合でも、スタートアップは「未だ存在しないこの製品を作るために、計1,000万米ドルを投資してくれる5,000人もの人々がいるんです」と反論することができる。

現在私は興味深い企業と接点を持つ目的で、何件かの ICO にアプローチしている。ブロックチェーンを必要とする ICO は、まだ主流ではないものの、投資家が支援する従来のスタートアップと比較してもより興味深いものになっている場合が多かったりするからだ。

これは正しいアプローチなのだろうか?私自身も改善方法をブレーンストーミングしており、現状で正しいかは疑わしい。「ICO の取材方法」について明確な正解はまだなく、来年までにはメディアの報道が改善していることを願う。

とはいえ ICO の存在はありがたい。答えはまだ不透明な一方で、少なくともそれ自体は面白いテーマだ。

【via e27】 @E27sg

【原文】

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