認知行動療法を活用したビデオゲームやチャットボットで、日本のメンタルヘルス問題の解決を目指すHIKARI Lab(ヒカリラボ)【ゲスト寄稿】

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本稿は、Disrupting Japan に投稿された内容を、Disrupting Japan と著者である Tim Romero 氏の許可を得て転載するものです。

Tim Romero 氏は、東京を拠点とする起業家・ポッドキャスター・執筆者です。これまでに4つの企業を設立し、20年以上前に来日以降、他の企業の日本市場参入をリードしました。

彼はポッドキャスト「Disrupting Japan」を主宰し、日本のスタートアップ・コミュニティに投資家・起業家・メンターとして深く関与しています。


HIKARI Lab(ヒカリラボ)代表の清水あやこ氏

軽度でさえメンタルヘルスの問題で助けを求めることは、日本では不名誉だと捉えられる。臨床研究から極めて多くの日本人成人がうつなどの精神疾病に苦しんでいることが明らかになっていることを考えれば、これは極めて残念な現実だ。

HIKARI Lab(ヒカリラボ)の清水あやこ氏は、この問題に対処すべくイノベイティブなアプローチをとっている。興味深い話なので、お楽しみいただけるだろう。

Tim:

HIKARI Lab は何をしているのですか?

清水氏:

「ココロワークス」というオンラインカンセリングと、「SPARX」というニュージーランドのオークランド大学で開発された認知行動療法の考えに基づいたビデオゲームを提供しています。

Tim:

認知行動療法とは?

清水氏:

不安障害に実績のある治療法です。基本的な考え方は、思考、感情、行動が相互に関連しているというものです。思考を変えれば、感情行動を変えることができます。 たとえば、「今日は悪いことが起きたので、悪い一日だった」と考えるなら、「今日はいくつか悪いことが起きたのは事実だが、それで一日全部が悪くなるわけではない。」と考えてみるのです。 こうすることで結果的に、自らの考え方をより現実的な視点に導くことになります。

Tim:

なるほど。それは心理療法士(セラピスト)は扱えそうですが、ビデオゲームでどうやって実現するのですか?

清水氏:

SPARX では気分安定が壊され、世界がネガティブに表現されたファンタジーの世界に入っていきます。あなたはヒーローとして、そのネガティブな状況を変化させて世界を救うのです。ゲームをすることで、よりポジティブになれるトレーニングをすることになります。

Tim:

それは大変面白いアイデアですが、実際に効果はあるのでしょうか?

清水氏:

はい、オークランド大学の医療研究チームは、ゲームをすることが対面セラピーと同等の効果が得られると示しています。

Tim:

日本での販売状況はどうですか? よい臨床結果が得られていますか?

清水氏:

現在、2,000人ほどのユーザがいます。人数は多くはありませんし、臨床実験はまだ実施していません。

Tim:

実際のところ、あなたのビジネスモデルは非常に難しいですね。予算やゲーム体験の点ではゲーム会社にはかなわないでしょうし、セラピーとして直接提供することもできないでしょう。

清水氏:

確かにそうです。我々は SPARX を自力救済のツールとしてマーケティングしていますが、市場にある他のツールとは大きく異なります。我々の目標は、不安症やうつに苦しんでいながら、従来からあるセラピーを受けることに躊躇してる人々にリーチすることです。

HIKARI Lab の「SPARX」
Image credit: HIKARI Lab

Tim:

他にターゲットとしているユーザ層はいますか?

清水氏:

我々はすべての人に対してオープンですが、ユーザの大半は30代から50代の男性です。この年代の人々のうつの発症度合が高く、スマートフォン利用が多いことを考えれば、驚くことではないでしょう。興味深いことに、日本では、うつは男性よりも女性にとって一般的です。しかし、自殺率は男性の方が2倍も高い。

Tim:

どうしてでしょうか? 違った種類のうつが影響しているのでしょうか?

清水氏:

そうではありません。女性の方が男性よりも周りに助けを求めるからです。女性は友人に助けを求めたり、専門家に助けを求めたりすることが多い。男性は友人に対してでさえ、自分の気持ちをあまり話さない。

Tim:

それは世界共通の傾向ですね。このようなツールがあることで、男性が魅了される理由がわかりました。SPARX に対する、日本のメンタルヘルス専門家の反応はどうでしょうか?

清水氏:

残念ながら、日本のメンルヘルス専門家は、とても保守的なコミュニティなのです。多くの精神科医やカウンセラーは、臨床データを見て、個人的には非常に興味を持って支持してくれていますが、公には対面カウンセリングから離れることに対する強い抵抗があります。多くの人がココロワークスのオンラインカウンセリングに懐疑的です。

Tim:

これは、人々の助けになることを示す、臨床データを伴った低価格のアプローチのように思えます。どうして抵抗があるのでしょうか?

清水氏:

日本のメンタルヘルスは、アメリカなどとは大きく異なります。例えば、極めて限られた治療法のみが保険医療の対象とされており、精神疾病に対して助けを求めることは社会的な不名誉を伴います。このことが、精神科医が新しい治療法に挑戦するのを大変難しくし、実に75%の患者が自分がうつであることを知りながら、自分のキャリアや家族との生活に支障をきたすほど問題が大きくなるまで助けを求めていないという結果をもたらしています。これこそ、我々が変えたい現実です。人々を特定せず、安価かつ早期に助けたいと思っています。

Tim:

人工知能(AI)をベースにしたチャットボットにも取り組んでいらっしゃいますね。

清水氏:

完成までにはまだ長い道のりですが、まるで友人やかわいいキャラクタに話しかけるかのように、ユーザが AI とチャットできるようにすることが目標です。これも認知行動療法ですが、よりもっとカジュアルな会話のようになると思います。

Tim:

さて、ビジネスモデルはどのようなものでしょうか? SPARX をマーケティングするのと同じ問題にさいなまれないですよね?

清水氏:

従業員の健康維持プログラムのために、興味を示している大企業が数社います。人事部門の大半は、従業員の数パーセントがうつで苦しんでいて、そのためにその従業員だけでなく会社全体の業績が低下することを知っています。

Tim:

つまり、そのアイデアでは大企業が従業員にチャットボットを提供する、ということですか?

清水氏:

はい、相手を特定しないので、人事部門はどの従業員がチャットボットを使っているかはわかりません。そうすることで、社会的な不名誉に対する不安を払拭し、メンタルヘルスと労働力を改善する安価な方法を提供するのです。


メンタルヘルスを改善する現代テクノロジーの利点に対して、日本企業が注目している一方で、学術界やメンタルヘルスのコミュニティが目を向けないのは、興味深くもあり、また特筆すべきことだ。

メンタルヘルスの問題は依然として日本では社会的な不名誉感をもたらすものの、日本企業はそれが計測可能な形で自分たちの収益に影響をもたらすことを理解しており、状況の改善に役立つかもしれないイノベーティブなプロダクトに喜んで投資をしている。最近注目を集めるワークライフバランスの問題を考えたとき、今後はメンタルヘルス問題に対して、より多くの関心が向けられるべきで、HIKARI Lab のメンタルヘルスゲームにとっての市場も拡大するだろう。

関連するすべての関係者にとって明らかに Win-Win となるような、このようなスタートアップを見つけることはまれだ。

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