優先株の普及と問題点ーースタートアップ目線で考える最近のシード資金調達(1)

by ゲストライター ゲストライター on 2018.1.9

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編集部注:寄稿者の猪木俊宏氏は弁護士としてファイナンスや企業法務などに関わる一方、起業から資金調達、上場審査、M&Aなど、スタートアップが直面する様々な場面での経験を生かした起業支援活動でも知られる人物。さまざまなスタートアップに投資するエンジェル投資家の顔も併せ持つ。

<これまでの連載>

シード期における「普通株でも優先株でもない投資方法」誕生の背景

日本では、長らくスタートアップへの投資に普通株が用いられてきましたが、近年、優先株の普及が進んでいます。しかし、シード期の投資において優先株を用いることは、経験の乏しい起業家には理解しづらい面があります。

また、優先株を発行すると開催が必要になる「種類株主総会」については、やはり起業家には理解しづらく、その開催が負担になるほか、種類株主総会の開催を忘れていると、後に上場審査においても問題となり、それが理由で上場できなかった会社もあります。このような近年の状況を踏まえて、近時のシード投資について、数回に分けて解説していきます。

スタートアップの資金調達については、(少なくとも暗黙裡に)投資家の目線で語られることが多いため、本稿では、可能な限りスタートアップ側の目線でみていきたいと思います。

1.優先株の普及で生じた問題点

いわゆるシリーズA以降の投資において優先株の利用が広がってきたことは、シード投資のあり方にも影響を及ぼしています。

シリーズA以降の投資における優先株の普及により、普通株を(通常主に)バリュエーションなしで保有している起業家(経営者)と、優先株を保有する投資家が、M&Aでのexitで一定のリターンを得る一方、優先株より前に普通株で投資をしたシード投資家のみが損失を被るケースが発生する可能性が生じました。

たとえば、起業家が100万円の資本で会社を設立し、シード投資家がプレ・バリュエーション1億円で1000万を普通株で投資し、シリーズA投資家がプレ・バリュエーション11億円で1億円を優先株(優先分配1倍、参加型)で投資したとします。この会社の事業は伸び悩み1億5000万円で株式譲渡により会社を売却することになった場合、まず1億円がシリーズA投資家への優先分配となり、残りの5000万円を起業家、シード投資家、シリーズA投資家で持株比率に応じて分配することになります。

結論的には、起業家約4100万円、シード投資家約400万円、シリーズA投資家約1億400万円という分配になります(100万未満省略)。この場合、起業家は一定のリターンを得て、シリーズA投資家も元本の回収はできますが、シード投資家のみが元本の半分も回収できないということになります。しかし、シード段階で大きなリスクを取ったシード投資家のみが損失を被るというのは、フェアなあり方ではありません。

とはいえ、シード投資において優先株を利用するのは、種類株主総会の負担と開催忘れリスクを考えるとまだ難しいと考えている人が多いのが現状です。

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2.「普通株でも優先株でもない投資方法」とバリュエーション

そこで、シード投資において(単なる)普通株でもなく、優先株でもないさまざまな投資方法が検討され、実際に利用されるケースが出てきました。

また、シード投資家の側にもう1つ「普通株でも優先株でもない投資方法」を必要とする事情もあります。それは、シード段階でバリュエーションを固定したくない(できない)と考えるシード投資家の存在です。少なくとも現在の日本では、すべてのシード投資家がバリュエーションを固定しないことを望むわけではなく、主にシード段階でプログラム的に多数のスタートアップに(言わば機械的に)投資を行うシード・アクセラレータを中心にバリュエーションを固定し(たく)ないという要望があると考えています。

そして、スタートアップ投資先進国というべきアメリカでのシード投資に「普通株でも優先株でもない投資方法」が利用されていることもあり、アメリカでの投資方法を日本法の下で実現しようとする様々な試みがされるようになりました。

他方、スタートアップの側においても、シード段階で投資家に安く多くの株を渡しすぎるケースも少なくないという問題や、逆にバリュエーションを上げすぎて、その後の調達に苦労するケースもあります。その意味では、スタートアップの側にも早期にバリュエーションを固定しないことについて一定の需要があるともいえます。

ただ、特定の金額にバリュエーションを固定しない資金調達方法においても、多くのケースで「バリュエーション・キャップ」が付けられているため、事実上、バリュエーションを固定しているケースと大差ないのが実情です。また、バリュエーション・キャップが低すぎたり、「ディスカウント」が大きすぎたりすると、起業家・スタートアップは結局「シード段階で安く多くの株を渡しすぎる」ということになってしまうので注意する必要があります。

3.日本版コンバーティブル・エクイティ

「普通株でも優先株でもない投資方法」として、近時、新株予約権を有償で発行してその対価でシード資金を調達するという方法(日本版コンバーティブル・エクイティとも呼ばれます)が採用されるケースが出てきました。その代表例が、500 Startups Japanが公表しているJ-KISSで、スタートアップは、有償で発行される新株予約権の対価として資金調達を行い、投資家は、次回の資金調達時に新株予約権を行使して株式(優先株を想定)に転換します。なお、新株予約権の行使価額は1円に設定されているため、新株予約権の行使時には資金調達は事実上ないと言ってよい設計になっています。

この方法でスタートアップがもっとも注意すべきポイントは、バリュエーション・キャップとディスカウントです。

バリュエーション・キャップ

新株予約権でバリュエーションを固定せずに資金調達する場合、次回の資金調達のバリュエーションに合わせることになるのが基本ですが、次回の資金調達のバリュエーションが高くなりすぎると、シード段階で大きなリスクをとって投資したにもかかわらず、得られる株数が少なくなりすぎ、合理的(またはフェア)ではないケースが発生します。そのため、次回の資金調達のバリュエーションが一定額を超える場合は、予め定めておく上限で株式に転換するのが「バリュエーション・キャップ」です。固定されたバリュエーションとまったく同じものでありませんが、スタートアップ目線では事実上大差ないのが実情で、このバリュエーション・キャップをいくらに設定するのかが最大の交渉ポイントになります。

ディスカウント

新株予約権でバリュエーションを固定せずに資金調達する場合、次回の資金調達のバリュエーションとまったく同じにするのは、シード投資家がより早期の段階で大きなリスクをとって投資していることを考えると、合理的(またはフェア)とは言えません。そこで、次回の資金調達のバリュエーションよりもある程度割り引いたバリュエーションで新株予約権を株式に転換するためのものがディスカウントです。10%から20%に設定されていることが多くなっています。

以上のとおり、シード期における「普通株でも優先株でもない投資方法」誕生の背景と最近の動きをみてきましたが、これを踏まえて次回は、近時のシード期の投資方法と課題について考えていきます。

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