フランス、中国、シリコンバレー:AIの覇権をかけた戦いと、台頭するテックナショナリズム

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フランス大統領 Emmanuel Macron 氏
Image Credit: Masaru Ikeda / The Bridge

資本主義の歴史を通じて新たな製品やサービスが出現すると、産業の中心地となる地理的クラスターが発生することも珍しくない。しかし人工知能の時代は、技術の中心地になろうとする国々から並外れて直接的な反応を引き出している。影響力を持つチャンスであり、同時に政治的独立性への脅威でもあると見られているのだ。

そのため、政府がビジョンを定めサポートを呼び集めようとすると、その対象の周囲に驚くほどナショナリスティックな熱狂を喚起した。先週(3月第5週)のフランスの AI に関する発表がそうだったが、同国は一番手には程遠い。AI が発達するにつれ、AI を育てるのに必要不可欠な膨大なデータ収集と AI がディスラプトすると予想される広範囲な産業というこの2つの組み合わせから導かれる結論は、AI 競争の勝者は桁外れの力を得るということである。

2016年10月、オバマ政権は AI とアメリカ経済についての幅広い報告書を、他国との競争に関してはほぼニュートラルなトーンで発表した。当然アメリカにはそうする余裕があった。今のところ、Google のようなテック企業のおかげで、研究と産業の両面で AI のリーダーと認められているためである。確かに、報告書はアメリカ政府が2015年に AI 研究へ投資した11億米ドルからの増額を求めたが、全体的な産業政策には触れなかった。代わりに、Amazon や Microsoft、Facebook のような勝者が AI 分野へ巨額の資金を投入していることを知った上で、アメリカらしい「公と私」のバランスを選択した。

それでも、報告書の発表と同時期の有名な Wired 誌のインタビューで、オバマ大統領は AI が引き起こす国際的な課題に言及している。

サイバーセキュリティ全般において、そして特に AI において、国際的な規範や協定、そして検証のメカニズムの発展はまだ初期段階であることは間違いないと思います。攻撃と防御を分ける線が非常に曖昧であることも、これを興味深い問題にしている要因の一つです。そして政府に対して多くの不信が募っているようなときには、難しいことになります。世界中の国々がアメリカをサイバー分野で抜きん出た存在として見ているならば、今こそ私たちはこう言うときです、「私たちも自制するつもりでいますから、皆さんも自制してください」と。課題は、ロシア、中国、イランといったもっとも賢明な国家主体が、必ずしも私たちと同じ価値観や規範を持っているわけではないという点です。しかし私たちの影響力を保持するためにも国際的な問題として取り上げなければなりません。

分別ある人々がテーブルを囲んで座り、議論を重ね、最後は合意に至るということをあくまでも信じており、きわめてオバマ氏らしい。

翌年の夏、中国政府は2030年までにこの産業の覇権を握ることを目標に、AI への巨額の投資を行うつもりであるとの計画を発表した。同政府は1月にさらなる詳細を明らかにし、北京付近で400社の企業を収容可能な AI 工業団地に対して21億米ドルを支出する計画を表明した。

先週(3月第5週)には AI に関する報告書を発表してフランスも参戦した。フランスを「スタートアップの国」にしたいと考えるエマニュエル・マクロン大統領は、政府が AI 戦略へ18億米ドルを投資すると述べた。このスピーチに加え、多くの面でオバマ氏の政治的姿勢を見習おうとするマクロン氏は、AI に関する意欲を Wired 誌のインタビューで語った

そのインタビュー中でマクロン氏はより直接的に、AI で絶対に勝たなければならないとナショナリスティックとも言える考えを語った。

人工知能はあらゆるビジネスモデルにディスラプションを起こし、それが次に訪れるディスラプションであると思います。ですから私もそこに参加したいのです。さもなければ私もこのディスラプションの対象になるだけで、この国に仕事を作り出すこともできません。それが現状です。加速は非常に強まっており、今までと同様に勝者がこの分野のすべてを獲得します。だからこそ、教育、訓練、研究、そしてスタートアップの創造といったことにおける私の最初の目的は、この地に勝者を作り出し既存の勝者を引きつけるために、多くのことを合理化し、順応性があるシステムや適合した財務、適合した規制を備えることなのです。

しかし報告書そのものを読むとナショナリズムのテーマはより露骨だ。アメリカのテック企業の支配が地域のデジタルの運命をコントロールする能力を脅かしているということに、フランス、そしてヨーロッパは全体的に、ますます不満を募らせている。フランスの報告書はこう述べた。

確かにシリコンバレーはまだ人工知能の政治的および経済的な中核であり、ヨーロッパがイノベーティブと捉えるあらゆるもののモデルとして挙げられる。多くの公的および私的なステークホルダーにとっては、ユニークなエコシステムという以上の、取り入れなければならないマインドセットである。カリフォルニアは言葉や考えにおいていまだ支配的であり、技術決定論なアプローチというただ一つのコンセプトを奨励している。

フランスの AI 報告書によると今や AI には、コントロールをより大きく失い従属することにもつながる恐れがあるようだ。

今では私たち自身のものとなったデジタルの世界では、この技術には研究分野という以上のより大きな意味がある。知識を体系化して意味を与える私たちの能力を決定付け、決定を下す能力やそれらに対する私たちのコントロールを増大させる。…今後、AI は今までよりもさらに重要な役割を果たすことになり、中でも注目すべきことは、データの価値を私たちが十分に生かすことを可能にするということである。それゆえに、人工知能は明日のデジタル世界の力の鍵となるものの一つである。

フランスの問題は、たとえ世界的に有名な AI の人材がいて将来有望なスタートアップが集まる場として成長中であっても、国全体が遅れており複数の競争相手の足元にも及ばないところにいるということである。再び報告書から抜粋する。

アメリカと中国はこの技術の最先端であり、彼らの投資はヨーロッパのそれを遥かに超えている。カナダ、イギリス、そして特にイスラエルはこの生まれつつあるエコシステムにおいて鍵となるポジションをキープしている。フランスおよびヨーロッパが多くの面で既に「サイバー植民地」と見なされ得ることを考えれば、ヨーロッパレベルでの協調的な対応を提案することで、あらゆる形の決定論に抵抗することが不可欠である。

報告書によれば、フランスにとってこれは単に経済を揺さぶる問題というだけではない。むしろ、価値観を揺さぶる問題である。AI は一握りの大企業を潤すために開発されている面もあるが、正しくは人々に利益をもたらすために開発されているのだと著者は述べている。それは個人の自由を損なうというだけではなく、政治的独立性も同様に損なうのだ。

だからこそ国家の役割を再確認しなければならない。市場原理だけでは真の政治的独立を保証するには不十分であることが示されている。加えて、国際取引の運営と国内市場の開放のルールは、それらを一方的に受け入れることがあまりにも多いヨーロッパの国々にとって、常に経済的な利益となるものばかりではない。…このデータの流通を拡大することで力の均衡を図ることが可能になるだろう。これは公的機関に対してのみではなく、経済の中の最小のステークホルダーにとっても利益となると思われる。

これは未来を形作るための、ますます明白な争いになってきており、その一部はアメリカの覇権への継続的な恐怖に駆られてのものだ。しかし AI が影響を与える仕事、セキュリティ、規制などを含む多くの問題はいずれ国境を越え、国際的な舞台で理想的に対処されることになるのではないだろうか。ナショナリスティックな衝動の中でも国境を越えてそういった協力ができるのかどうか、それこそが AI がやがては人類に恩恵をもたらすツールとなるのか国防の兵器となるのかを決定するのかもしれない。

【via VentureBeat】 @VentureBeat

【原文】

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