国内企業の人事を飲み込むSmartHRーー2年弱で1万社獲得、その急成長の理由を聞く

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SmartHR代表取締役の宮田昇始氏

国内のB2B SaaSプロジェクトが活況だ。従来の業界構造を情報化することで紙やFAXといった非効率をなくしたり、そこから得られるデータを再利用して次のビジネスチャンスに活かすモデルが多い。また取材でスマートフォン普及が急成長の要因と回答する事業者が多いのも特徴で、従来あったPCベースのサービスリプレイスが進んでいる可能性も高い。

投資しているベンチャーキャピタルもBEENEXTをはじめ、セールスフォースベンチャーズ、Draper Nexus、ジェネシアベンチャーズなど個性的かつ実績ある強豪が揃っている。最近ではこういったB2B SaaS向けのカスタマーサクセス支援サービスという、まさにゴールドラッシュの「ツルハシ」まで出てきたことでこの市場の鉄板ぶりが理解できるだろう。

対応する業界も建設・建築、運輸、教育、ヘルスケア、飲食、保険、農林水産などなど、オンライン化が不要という業界を探すことの方が難しい。また効率化される業務も、受付にバックオフィスに会計、労務、評価、人材、顧客管理とほぼ全ての分野でアイデアを考えている人がいるような状況だ。

そしてこの中にあっても成長が著しいサービスがある。それがSmartHRだ。

取材で多くの事業者に話を聞く機会をもらうが、肌感覚的にも数値的にもここ数年で確実に5本の指に入る成長株と言って間違いないだろう。サービスインからわずか2年ちょっとで導入企業数は1万社を超え、登録されているアカウント数についても3000人規模の企業が利用を開始するなど、社数だけでは見えない爆発ぶりを示しているという。(訂正:記事初出時に1万社獲得までの期間を1年としましたが、正しくは2年3カ月でした。訂正させていただきます)

本稿では実際に一事業者としてサービスを使ってみた上で、同社代表取締役の宮田昇始氏にその成長の裏側を聞いてきた。(文中の回答はすべて宮田氏)

SmartHRが狙いを絞った「入退社」トラフィック

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SmartHRサイトより

先に結論を書いておこう。

SmartHRがここまで伸びた要因は2つの数字で表現できる。それが「入退社」と「従業員リスト」この2つだ。企業にとってこの両方を握られるとなかなか抜けられなくなるようで、実際、彼らのサービス月間退会率は0.3%と極めて小さい。国内の数字は見当たらなかったのだが、SmartHRの投資家でもあるBEENEXTのパートナー、前田紘典氏に主に米国での調査結果を教えてもらったところ、月次解約率(いわゆるチャーンレート)の中央値平均は0.67%と彼らの倍あるそうだ。

ではどうして企業はこの2つの数字を取られるとサービスをやめられなくなるのだろうか?そこには人事労務特有の「地味さ」と「必要性」が関係してくる。詳しく説明しよう。

複雑なことは「させない」SmartHR

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導入企業は1年で1万社に到達した

SmartHRを聞いたことはあるし、サインアップぐらいはしたことがある、けど実際には使ったことがないという人のために簡単なサービス概要を説明しておこう。

SmartHRが可能にしてくれるのは、いわゆる人事労務、特に従業員の雇用や年金に関する業務の効率化だ。サインアップしてまず法人事業者についての情報、年金事務所、ハローワークなどに申請してある雇用保険などの基本的な情報をここに登録する。

基本的な設定が終われば後は雇用する社員の情報を登録する。雇用契約に始まり、入社手続きや関連する行政申請の書類なども自動作成してくれる。電子申請に対応しており、必要な手続きを完了していれば役所に行ったり郵送したりする手間も省けるので、年末調整など毎年一回やってくる恒例の手続きもオンラインで完結してしまう。

提出状況のステータスも一覧でき、給与などの関連情報も共有される。事業者であればこのムービーを見れば把握できるはずだ。

確かに大変便利である一方、サービス単体で可能な業務はほぼこれだけだ。つまり、事業者としては、この作業を効率化するためだけに追加のコストを負担する必要が出てくる。しかも料金体系は社員分の従量課金で、1アカウントあたり毎月平均数百円がかかる計算になる。

雇用は従業員にとって人生で数回のイベントだ。年末調整も年数回。従業員が多ければそれなりの費用になる。しかし冒頭の通り、彼らの解約率はほぼないと言っていい水準になっている。

この解を握るのが「入退社」トラフィックと、それによって生成される「従業員リスト」というストック情報になる。もう少し掘り下げて説明しよう。

アルバイト雇用を紙で管理する「苦痛」

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SmartHR社にいるヤギは「紙を食べる」という意味があるそうだ

元々は宮田氏もこのSmartHRというサービスは小規模な事業者が多く使うと考えていたそうだ。しかし蓋を開けてみると、強いニーズはアルバイトなど雇用流動性の高い業種にあったという。

「利用企業の傾向として1000名以上の雇用契約を持った企業の増加傾向が挙げられます。3000名クラスの企業導入事例も出ましたし、業種も飲食や小売りといったチェーンを持った企業が増えているんです。元々は50名未満の企業がメインユーザーになるかと思っていましたが、そこは予想と異なりましたね」。

確かに理にかなった傾向と言えるだろう。

アルバイトのような短期間の雇用形態で入退社を繰り返す際、身分証明書の確認や雇用契約、行政への提出書類などを紙でやったのでは郵送の手間だけ考えても恐ろしい。長期であっても該当する人物が引っ越しなどして住所変更するとなればその情報更新が必要になる。

ひとつひとつは些細であっても、全体を管理する本部の負担は相応になる。

具体的にはフィットネスやカラオケ、居酒屋チェーンなどの導入が進んでおり、一方でコンビニエンスなど高い効率化が望めそうな巨大市場については、逆に大きすぎてどうしても紙のフローが残ってしまうことから導入を見送るケースもあるという話だった。

もちろんだが、こういった入退社に関する履歴情報は全て「社員リスト」としてストックされることになる。こうなればもうエクセルや紙に戻ることはできない。

SmartHRが見つけた金脈の大きさは前述の数字が示している通りだ。

SmartHRの死角

では彼らに死角はないのだろうか?まず真っ先に考えられるのはコピーだ。宮田氏も類似サービスにそのままインターフェースを真似られるなど、その問題は把握していた。

「例えば会計って簿記のような正解があるじゃないですか。しかし人事労務ってそういうわかりやすいものがないんです。真似する相手がSmartHRしかないので表面は丸パクリできたとして、裏側の複雑な条件分岐までは理解しにくい」。

ただこの辺りは大資本が本格的にやってきた場合にどう転ぶかはまだ未知数だ。例えば前述のコンビニ市場のような爆発的な巨大市場に導入事例がないというのも気になる。

また、小さな事業者についてはそもそも入退社のトラフィックはそこまで多くなく、メリットを感じづらい可能性も高い。実際、SmartHRでは従業員数10名以下の事業者については無料で提供している。つまり大手の取り合いに事業が偏れば、ひとつ失うだけでも影響は大きくなる。

しかしそういった懸念点をもってしても、彼らの見つけた金脈はやはり大きい。終身雇用から新しい働き方へ大きくシフトする現代だからこそ、必要とされるインフラになるのではないだろうか。

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