優れた起業家は“正しい人”を選ぶ ーーUberの初期投資家が語る、シードスタートアップへのアドバイス

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「この人から投資を受けたら相当な箔がつく」ーー米国でその名を知らない起業家はいないであろう人物、それがエンジェル投資家ジェイソン・カラカニス氏である。

彼は2019年にかけていよいよ上場が期待される「Uber」へ初期投資をしたことで有名だ。直近では日本人起業家、内藤聡氏率いる「Anyplace」への投資も実施している。そして2018年7月には著書「エンジェル投資家」を日本国内に向けて翻訳出版した。

今回、来日中のジェイソン氏に30分だけ取材をする機会をもらった。そこで本稿では、創業初期の起業家が頻繁に抱くであろう疑問点、なかでも投資家や共同創業者、従業員採用などの「人材」に関しての質問を中心に答えてもらった(太字の質問は全て筆者、回答はジェイソン氏)。

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エンジェル投資をされていると、どのようなスタートアップが後に急成長を遂げるのか傾向が見えると思うのですが、まずはその点お考えをお聞かせください。

誰もが最初から使いたくなる製品は大抵小さな成功に終わります。80%の人が理解できない・使いたくないと答える一方、残りの20%の人が熱烈に使ってくれる製品は大きな成功を手にすると感じます。

大半の人に理解されない製品は、既存市場の後追いではありません。全く新しい市場を創り出そうとしているものだからです。

具体例をご紹介いただけますか?

Airbnbは最たる例といえます。最初に私がピッチを聞いた時、寝込みを利用者に襲われる恐いサービスだと直感しました。

しかし長らく私の元で働いていた若い女性従業員の見方は180度違いました。彼女が20日間の休暇をとって日本へ旅行へ行くと言った時、「どうやって20日分の旅行代を稼ぐの?」と聞いたら、Airbnbを使ってどうにかすると答えたんです。

社会人でそこそこ稼ぎのある私と、ほとんど稼ぎがない若者とでは全く違う価値観でAirbnbを見ていたこと。そして彼女がAirbnbを心底信頼していることに気づいたんです。私とは違い、何のためらいもなくAirbnbを使っている姿に感心したのを覚えています。言い換えれば、当初のAirbnbは「お金のない若者」に強く共感され、私を含め他の80%の人には理解されていなかったんです。

こうした熱烈な少数ファンを持つことが、後の成功へと繋がります。初めから誰もが好む製品は、おそらく既に似たものが世に出ているでしょう。

これまで大きな成功を手にした起業家はどのような特徴を持っていましたか?

私の友人であるUberの創業者Travis KalanickとTeslaのElon Muskの例を紹介しましょう。彼らの特徴は「不屈の精神(インディフェクティブル)」を持っている点が挙げられます。

私に意見を求めにやってくる起業家の90%が、リスペクトの気持ちを見せます。率直に私のアドバイスを受け入れます。しかしTravisとElonは違いました。「ジェイソン、君のこの考えが間違っている」と食いついてくるんです。

単に私を説得させて、自分の意見を通したいのではありません。批評しあい、製品のレベルを高めたいのです。

先述したように、彼らは20%の人にしか理解されない難しい市場を選びました。難しい市場を生き抜くには難しい議論をこなし、考え続ける必要があります。何度でもこの作業を繰り返す「不屈の精神」を持っていました。

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これから起業を考えている人が、自分自身が起業に向いている“正しい起業家”であるかをどう判断し、起業を決めるべきでしょうか?

もし世界を変える事業を興したいのならば、あらゆることが困難として降りかかってきます。毎日フルマラソンを走るように、極端に疲れ果てる日々しか待っていません。

著書にも書きましたが「お金持ちになりたい、有名になりたい」といった類の軽い気持ちで起業をしても、後先はたかが知れています。

しかし起業家が「大切だと思うこと、譲れない、必ず成し遂げたいもの」を持っていれば、きっと乗り越えられるはずです。これを持っているかいないかが、“正しい起業家”の基準となるはずです。

起業はマラソンのようだと言われましたが、どのように生活バランスを取っていけばいいのでしょう。たとえば極端に働きすぎて、燃え尽き症候群のようにメンタルがやられてしまうケースもあると思いますが。

“バランス”なんてものは存在しません。起業家の生活に安らげる時はありません。全てを犠牲にしなければいけないでしょう。

しかしここで注意すべきなのは、“生活バランス”と“メンタルヘルス”を一緒にしてはいけない点です。

バランスのない生活は受け入れざるをえませんが、メンタルのバランスは自分で取れます。ストレスや心配性、鬱症状はコントール可能です。その努力はすべきですし、もし私の投資先の起業家が精神のバランスを崩したら、「すぐに体調を全回復させろ」と言い放つでしょう。

言い換えれば、誰かに批判されるだけで強く落ち込んだり、後ろめたい気持ちになる人は、起業に向いている“正しい起業家”ではないかもしれません。もう一度考え直した方がいいですね。

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共同創業者を持つべきという点はいかがお考えでしょうか?

最初の起業をする人は、先述したようにメンタルヘルスの問題に関わる孤独を感じやすいため、共同創業者がいた方が良いかも知れません。しかし、必ずしも持つ必要があるとは思いません。個人的にはソロファウンダーの方が好きです。

それはなぜでしょう?

ソロファウンダーは「何を成したいのか、そのために何をすべきなのか、どう舵取りをすべきなのか」についておおよそ考えを持ち、素早く決断できる場合が多いからです。

急成長を望むにはソロファンダーはリソース(人的資源)の面でデメリットを抱えると思うのですが。

確かにソロファンダーだけでは急成長は望めません。だからこそ、必然的に経営スキルを磨く必要が出てきます。

たとえば3人で創業したスタートアップは創業当初からリソースが比較的足りている状況にあります。そのため、素早い決断を求められる場面でさえ、余裕が生じてしまう傾向にあるのです。結局、同じメンバー内だけで考えが堂々巡りしてしまい、製品開発を前に進ませることがなかなかできないケースがあります。

一方、ソロファンダーは創業当初から優秀なメンバーを雇う必要があります。毎日複数人の進捗を確認し、スケールを目指す必要が出てきます。メンバーから上がってくる多様な意見は柔軟性をもたらし、急成長を望めます。

人を説得する力も必然的に求められるでしょう。「私はこの製品を通じて世界を変える。一緒に変える気があれば働こう!」といった上手な口説き文句は起業家にとって必須要件。このスキルを初期から養うことができます。

ソロファンダーは生き残るために必然的に高い能力を求められる環境に身を置かざるをえません。これが後々大きなメリットになると考えます。

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ソロファンダーにとって、優秀な人材を早くから雇う必要性は理解できました。それではどのようにすれば“正しいメンバー”を採用できるのでしょうか?

会社の存在意義を熱意を持って語ることです。

ここまで話してきたソロファンダーの強みを最大限生かして製品を急成長させたのが、私の友人であるElonです。彼はTeslaに対して強いビジョンやミッションを持っていました。

Teslaが現在まで成長できたのは、「自動運転技術の確立によって自動車事故をなくす」「エネルギー資源の効率化を図り地球環境を守る」といった強い想いと、それに沿った製品開発を行っていたからです。

高い共感を得られる創業者の想いと、それを実現するための製品戦略が合わさった完璧なピッチを彼はいつもして、自分より優秀で高いスキルを持った人材を採用していました。

ここで大切なのは、自分より優秀な人だけを雇うべきであるという点です。そのためには誰にも負けない口説き文句を語れなければなりません。ソロファンダーは共同創業したチームよりも熱狂して自社のビジョンやミッションを語ることができます。たった1人の創業者自身の中に全ての考えが詰まっているからです。それが人を魅了するのです。共同創業では必ずしも全員が同じ熱量とは限りません。

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それではこれから起業を志す人が、UberやTeslaのようなアイデアを持つためには何をすべきでしょうか?

まずは「ロケット(急成長を望める会社)」に初期メンバーとして参加することをお勧めします。

Teslaのような大きな野望を持つようなスタートアップが、未だ5〜200名規模である段階から入れば、参画当初から大きな責任のある仕事を任されるでしょう。そして急成長する姿や困難な状況をどのように乗り越えるのかを目の当たりにできます。

こうした経験を基に、同じくらい巨大なビジョンを持った製品アイデアが浮かぶのを待ちましょう。

「ディベロッパーでないと起業は有利でない」という意見を聞きますが、この点はどう感じますか?

ノンテックファンダーであろうが投資にはあまり影響しません。

このロジックはY Combinatorの創業者らが作り上げた話だと思いますが、単に彼らがディベロッパーの経歴を持っていただけです。事実、Y Combinatorのリターンの大半はAirbnbからですし、創業メンバーはデザイナーの経歴を強く持ちます。

ディベロッパー神話が高まったのは、少額の資金調達に留まったとしても製品開発に打ち込めるからです。しかし、先述したような優秀な人材を雇えるソロファンダーのような人材であれば数億円は調達できるでしょうし、そうすればディベロッパーは4〜5名はすぐに雇えるでしょう。

「アイデアは重要ではない。決断しやり続けることこそ重要である」。この台詞もありふれています。

Travisはこの点で圧倒的に優れていましたね。私が彼と初めて会った時から50以上のアイデアをリスト化して持っていました。現在のUber XやUber Eatsに当たる事業アイデアがすでに記されていました。

私は彼がやり遂げたかったことの20%も達成できていないと思いますが、短期間でユニコーンにまで成長できた秘訣は、圧倒的に早い決断力です。

素早い決断力は、リソースの最適化/拡大、膨大なデータの取得/解析、そして失敗からの学びを短期間に、かつ大量に得る大きなメリットをもたらします。Travisはこうした決断力を最大限活かしてUberを急成長させた好例です。

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「起業家にとって投資家選びは結婚に似ている」。しばしば耳にするセリフです。ジェイソンさんが考える、起業家にとっての“正しい投資家”とはどんな人物でしょうか?

正しい投資家の特徴は、常に起業家に寄り添える人です。決して、正面から物を言ったり指示をする人ではありません。

投資家の仕事は、顧客や市場から批判されようとも寄り添い、何度でも立ち直させることです。仮にネガティブなフィードバックをする投資家がいるのであれば、それは“正しい投資家”ではありません。

なるほど。具体的にどのように寄り添うのでしょうか?

たとえば、「この戦略について考えたことがあるか?」「こうしたアプローチも検討すべきだと思う」というように、あくまでも“ガイド役”の立ち位置を貫き、起業家に決断させます。私が意思決定に関わることはありません。

投資家は月に数百ものスタートアップの情報に触れています。どのスタートアップがどんな技術や手法を使ってスケールしたのかをたくさん知っています。一方、起業家は自分のビジネスに特化して盲目的になりがちですが、私たち投資家以上に自社事業領域に対して深い洞察と知見を持ちます。

投資家が持つ幅広い情報網から与えるアドバイスと、起業家が持つ洞察力が組み合わさって初めて成長スピードが増します。この相乗効果を念頭に、上手くコーチングできる人が“正しい投資家”と呼べるでしょう。

最後に。先ほど間違った投資家選びの話に触れました。具体的にどのように見分ければ良いのでしょうか?

リファレンスを有効活用しましょう。たとえば投資家のホームページに載っている投資先スタートアップ数が100だとします。一方、CrunchbaseやAngelListに代表されるスタートアップデータサービスに載っている投資先数が110だとしましょう。

おそらくこの10社は何かしらの揉め事を起こしてリストから削除されている可能性が高いです。そこでLinkedInを使って、この10社の関係者に連絡を取り、投資を受ける前にしっかりと投資家やVCの情報を得ましょう。

もちろん逆の場合も考えられます。私が友人の投資家からリファレンスを求められたら、必ず特定の起業家の良い点・悪い点を伝えます。

短い日本滞在の間にお時間いただき、ありがとうございました。

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