中国のeウォレットの成功から学ぶ、東南アジアのプレイヤーたち

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一般的なインドネシア人が株式市場に投資するのを手助けする新たなアプリが、大物投資家から支援を受けた

東南アジアの e コマースは過熱しているが、同地域の消費者はまだ e ウォレットよりも現金を好んでいる。

2017年のインドネシアのデジタルな買い物では代金引換が3分の2以上を占め、クレジットカードが使われたのは約20%だったと eMarketer は報告している。2016年の現金以外の支払いは、インドネシアとフィリピンでそれぞれ取引の30%と24%だけであったと Oliver Wyman の報告は示している。モバイル決済は両国ともに約0.1%かそれ以下であった。

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Photo credit: Ant Financial(螞蟻金融)

近隣の中国がおそらく世界で最も強固なモバイル決済手段を持っていることを考えれば、東南アジアで e ウォレットの受け入れが遅いのは奇妙に思えるかもしれない。テック大手の Alibaba(阿里巴巴)と Tencent(騰訊)は Alipay(支付宝)と WeChat Pay(微信支付)でこの分野を支配している。

ある意味では、中国で e ウォレットが成功していることは、中国市場の状況が他では再現困難であることを浮き彫りにしていると言える。しかし東南アジアがキャッシュレスな世界へと顧客を向かわせたいのであれば、そこから学べることもある。

1.2社による中国 e ウォレットの独占はネットワーク効果を上げている

2004年の Alipay のローンチ以降、何年もの間 Alibaba は中国の e ウォレット市場を実質的に独占していた。Tencent の WeChat Pay が2013年に参入し、市場は非常に過熱している。

成長する消費経済の中で最大のライバル同士である2社は正面からぶつかり、それぞれのプラットフォームを固め、他の競争相手は大部分が締め出された。Apple Pay が2016年に中国に参入したが、消費者がそれで盛り上がる理由はほとんどなかった。

Kleiner Perkins による Mary Meeker の Internet Trends 2018 によると、今や Alibaba と Tencent が中国のモバイル決済市場の92%を支配している。

中国の消費者は Alipay か WeChat Pay を使えば実質的に何でも手に入るということを分かっているが、周囲の国々における選択はそう単純ではない。

東南アジアのさまざまな市場では e ウォレット競争が企業どうしの融合を引き付け、地元のプレイヤーや地域的なプレイヤーが多数存在している。

ライドヘイリングサービス2社はそれぞれ独自に決済プラットフォームを持っている。インドネシアの Go-Jek の Go-Pay と、シンガポールの Grab の GrabPay だ。マレーシアだけでも40社、シンガポールにも27社の e ウォレット業者があると報告されている。ベトナムとフィリピンもまた独自の自国産のソリューションを持っている。

これだけ選択肢が多いと、消費者にとっては選ぶのが困難だ。しかしながら、そもそもユーザが自社の決済プラットフォームを使う理由を提供するようなネットワーク効果から、Alibaba と Tencent の両社は利益を得ている。

2.Alibaba と Tencent は初期にユーザを引き込む

Alipay は中国最大の e コマースマーケットプレイス Taobao(淘宝)の決済プラットフォームとして始まり、WeChat Pay との競争が始まるまでは先行者利益を享受していた。現時点で Alipay は同国のモバイル決済の54%を占めている。

Tencent がモバイル決済へ進出できたのは、同社が中国最大のソーシャルネットワーク WeChat を持っていたためである。WeChat が e ウォレットを追加したとき、人々はすでに同アプリでつながり合っていたため、友人や家族にお金を送ることが簡単になった。2014年の春節に「紅包」という機能をロールアウトし、古くからの伝統である赤いお年玉袋を模すことで WeChat Pay の人気に火が付いた。

Photo credit: Ant Financial(螞蟻金融)

オフラインの店舗用の WeChat Pay や QR 決済の導入後は、Alibaba と Tencent は店舗向けの競争を始めた。今では主要都市で1つのプラットフォームだけから支払いを受けつける頑固者は非常に少なくなっている。

だが東南アジアでは依然として現金とクレジットカードが標準的な支払い方法となっており、モバイル決済プラットフォームは店でお金を使う際のカード利用の習慣を捨てるよう消費者を説得するのに苦労している。

マレーシアでは、72%の人がモバイル決済に安全面の懸念を持っているが、見返りがあればもっと e ウォレットを使うようになると55%の人が答えていることを、2016年に Nielsen が見出した。フィリピンとシンガポールでもそれぞれ回答者の63%と58%が見返りについて同じように答えた。

モバイル決済を使う別の理由は会計時間の速さである。インドネシア、タイ、ベトナムのそれぞれ65%の回答者は、それがモバイル決済を使うためのより良い動機付けになると答えた。これはすでに中国中の飲食店で実施されており、たとえば、消費者は列に並んでいる間やテーブルに座っている間に QR コードを読み取り即座に注文することができる。

惹かれるものがなければ消費者は e ウォレットへと変える理由がほとんどないため、サービス提供者はサービスを魅力的にしようと努力している。WeChat、GrabPay、Go-Pay はピアツーピアの決済を提供し、ユーザ間の資金の移動を容易にしている。現在マレーシアで利用可能な Razer Pay はセブンイレブン店舗で購入できる暗証番号で e ウォレットに残高を追加できるようにしている。Go-Pay は人々がモバイル決済を試してみるよう、20%50%のキャッシュバックの提供も11月に始めた。

だが新たなユーザを得ることは難しい。クレジットカードやデビットカードはもっとシンプルで、しばしば e ウォレットよりも信頼度が高い。多くの場合、e ウォレットはそういったカードの中間的なものとしても使われる。

3.Alibaba と Tencent は店舗を巻き込んでいる

当然ながら、e ウォレットは店舗を巻き込まないとユーザを集めることはできない。これは e ウォレットが実店舗で競争を始めてから Alibaba と Tencent が非常に上手くやったことである。

両社は早くから、未発達な市場の店舗経営者は設備の更新に大きな投資が必要となるモバイル決済という選択肢をあまり受け入れたがらないだろうということを分かっていた。アメリカでは多くの決済端末が Apple Pay や Google Pay を受け入れるために NFC(近距離無線通信)に対応するようアップグレードしなければならなかった。

中国では誰でも QR コードをプリントアウトし、それをスキャンして支払うということができる。消費者が携帯電話上で QR コードをスキャンし支払いを行えるよう、多くの決済端末がアップグレードし、この動きを加速させてきた。これは中国ではどこにでもある決済の方法となり、QR コードリーダーでキオスクやマクドナルドでの決済を自動化させている。シンプルだが効果的なモバイル決済の実施方法だ。

Tencent は消費者の日々の生活との結びつきを与えることでも、店舗を引き入れてきた。WeChat を通じて支払いを行うと、自動的に店のオフィシャル WeChat アカウントをフォローすることになる。そこではセール情報やクーポンが携帯電話に届き、その店でもっと買い物をしようと思わせるのだ。

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店舗での支払いに使われる WeChat(微信)
Photo Credit: Tencent(騰訊)

店舗にとっては取引ごとに一定の割合でクレジットカード会社に取られるインターチェンジフィーが、常に障害となる。Apple Pay と Google Pay はクレジットカードの情報を保存しアプリ内に蓄えられたカードに直接請求する仕組みであり、インターチェンジフィーは変わらずある。このプロセスは e ウォレットを現状に比べてあまり画期的なものとはせず、店舗が新技術採用のために今までのやり方を変える理由にはならない。

一方で Alipay と WeChat Pay は中国最大のペイメントカードイシュアである UnionPay(銀聯)を通さず、銀行口座から直接資金を引き出すことができる。これによりモバイル決済は、それがたとえ3人民元(0.5米ドル)の水であっても、あらゆる費用の支払いにとって、より実用的なものとなる。2つのウォレットの使用例が増えるにつれて、中国の店舗は販売の機会が増えていくのだ。

これはインターチェンジフィーを避けるものでもあるが、必ずしも中国の店舗にとって安くなるとは限らない。店舗が手数料の値下げを交渉できないならば、Alipay は取引の0.55%を店舗に請求する。

2016年、中国における店舗向けのバンクカード手数料として標準化されていたのはデビットカードが0.35%、クレジットカードが0.45%だった。アメリカの Visa カードの1.51%プラス0.1米ドルに比べれば、かなり安価だ。

他の場所でのプラットフォームは、たとえ e ウォレットの中であっても、カードの処理にさらに頼っているため、インターチェンジフィーに取り組むのは店舗を引き入れる1つの方法かもしれない。手数料は一般的に政府が設定するが、マレーシアはすでに行動を起こしている。2015年、中央銀行に当たるマレーシア国立銀行(BNM)は国際的なデビットカードの処理は0.21%、クレジットカードは1.1%と低い割合に抑える Payment Card Reform Framework を導入した。またマレーシアは店舗がカード決済に割増金を課すことも禁止した

GrabPay や Go-Pay のような東南アジアの主要プレイヤーは Alibaba や Tencent の例に倣い、直接的な銀行への振り込みを通じて e ウォレットの残高を追加できるようにし、インターチェンジフィーを回避している。

加えて、GrabPay や Go-Pay、さらに Razer Pay のような東南アジアの新規参入者もすでに QR 決済を採用している。さらに多くの店舗がこの技術を受け入れる準備ができれば、少なくとも NFC よりも安価な選択肢ができるだろう。

それぞれのやり方で

究極的には、中国で上手くいったからといって必ずしも他の市場に適用できるわけではない。アメリカの多くのシステムが使用している NFC は、QR コード使用を通じて中国で発生しているような種類のフィッシング詐欺には影響を受けにくい。こういった種類のセキュリティは、市場によってはより多くのコストをかける価値があると言える。

東南アジアにおける決済の未来は、その未来が中国と似たものになるかどうかに関わらず、モバイルである。Euromonitor International のデータによれば、東南アジアのモバイル決済はタイとインドネシアが先頭に立ち、2016年の100億米ドル以下から2021年までに310億米ドルへと成長すると見られている。

このトレンドは同地域のライドヘイリング企業を利するものとなるかもしれない。彼ら企業はモバイル決済へと動いているためだ。中国の Alibaba や Tencent のように、Grab や Go-Jek は東南アジアの複数の国々をまたいで構築される巨大なユーザベースのネットワーク効果から利益を上げる最適なポジションにある。

Go-Pay
Image credit: Go-jek

現在 Go-Jek は自国の市場に加えてシンガポール、タイ、そしてベトナムで経営を行っている。Grab の稼働地域はさらに大きく、マレーシアとシンガポールから拡大してインドネシア、フィリピン、タイ、ベトナム、カンボジア、ミャンマーまでカバーしている。

両社とも店舗との提携も行っており、ネットワークを拡大し、それぞれの e ウォレットの採用を加速させている。

しかしながら、Grab や Go-Jek、その他の無数の競合が同地域には存在しているものの、消費者が現金を使わなくなる速度は規制や市場の統合にかかっているのかもしれない。変化を早めることは利益にはなるであろうが、現金が君臨する場所では簡単にはいかないだろう。

【via Tech in Asia】 @techinasia

【原文】

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