エストニアが教えてくれる、アフターコロナ時代のインターネット投票のあり方

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ブラジルの電子投票機
Photo credit: 国営ブラジル通信 / CC BY 3.0 BR

アメリカが電子投票機や郵送投票をめぐる論争に取り組む一方、エストニアは、新型コロナ後の世界における選挙についての多くの懸念に対処すべく遠隔投票システムを開発した。

15年以上かけて改良されたエストニアの投票システム「i-Voting」では、政府発行のスマートカードを使って自宅のコンピュータから投票を行うことができる。現在、国民の46.7%がこのシステムを利用しており、この数字は年々着実に上昇している。

しかし依然として、エストニアはこの方法で投票する唯一の国である。問題は技術ではない。世界中のどの政府が使ってもいいように オープンソース化されている。本当の障害は「政府発行」というフレーズだ。システムが機能するためには、住民は電子身分証明と個人情報を政府に託さなければならない。

世界中の政府、特にアメリカでの政府に対する信頼の低下は、コロナウイルス追跡アプリのような中央集権型技術の障害となっている。政府がパンデミック時の投票などの問題を解決するために、データ集約型のテクノロジーを使用することを検討するには、透明性を高めることで市民との関係をリセットしなければならない。

e エストニア・ブリーフィングセンターのデジタルトランスフォーメーションアドバイザー Florian Marcus 氏は、次のように語った。

信頼は絶対的に重要だ。ほとんどの政府は、データの使用方法について透明性を欠いているため、社会からの信頼を完全に失っている。とはいえ、デジタル化は常にツールだと思う。正しいやり方もあれば、間違ったやり方もある。そして、何が正しくて何が間違っているかをどのように認識するかは国民次第だ。

パンデミックの最中にあるアメリカでの投票の課題は、ジョージア州で混乱した一次投票をきっかけに、ここ数日で浮き彫りになっている。投票用紙を投じようとする有権者は、大行列と長い遅延に直面した。電子投票機の故障も問題だったが、ジョージア州はまた、投票用紙を配送する上での物流問題に加え、ボランティアの大幅な不足に直面した

投票権活動家は、電子投票機の問題を避けるため紙の投票用紙に戻すことを要求しているが、それでは投票所の不足やスタッフの人手不足を解決することはできない。活動家らは郵送投票の拡大使用も求めているものの、トランプ大統領は有権者の不正行為につながるだけと吹聴し、この案が暗礁に乗り上げるのを狙っている

エストニアの電子 ID システム
Photo credit: e-Estonia Showroom / CC BY 2.0

一方、エストニアは「e-Estonia 構想」によって、世界で最もテクノロジーを推進した国の一つとなった。このプログラムの目玉は、2048ビットの公開鍵暗号化を使用したチップを搭載した国民 ID カードだ。住民はこのカードを、エストニア政府のさまざまなサービスで確実な身分証明書として使用することができる。国民健康保険証として、銀行口座へのアクセスにも、デジタル署名や納税や創業申請などにも利用できる。

もちろん、投票にもだ。

i-Voting は2005年の地方選挙で開始された。Marcus 氏によれば、その年に i-Voting を使用した人は多くなかったが、選挙を経るごとに利用者数は増加している。

i-Voting の普及スピードは速い。時間が経つに連れ、i-Voting に夢中になる人が増えている。

今日、エストニアでは、投票のために身元を確認する方法が2つある。1つ目は、電子 ID カードを直接使用する方法だ。エストニアでは現在、ほとんどのラップトップにはカードリーダーが内蔵されているが、住民は外付けのリーダーを手に入れることができる。外付けのリーダーの価格は、約15米ドルだ。

投票するには、住民は投票アプリをダウンロードし、カードを使ってログインする。アプリはすぐにユーザの投票区を認識し、選挙区と候補者のリストを表示する。住民が選択をすると、アプリは住民に選択を確認するように求める。最後のステップは、法的拘束力のある署名として機能する PIN コードの入力だ。

投票が登録されるとQR コードが表示され、スマートフォンでスキャンすると投票が正しく登録されているかどうかを確認できる。10日間の投票期間中は、最終期限までに何度でもシステムに戻って投票内容を変更することができる。

また、コンピュータ上での投票は、ID カードではなくスマートフォンを使って確認することもできる。エストニアの通信事業者は、同じ政府身分証明書が入った特別な SIM カードを販売している。利用者は電子スマートカードと一緒に SIM カードを購入し、政府のアカウントにリンクさせる。そして、オンライン投票の際には、その SIM カードを使って個人認証ができる。

エストニア政府は信頼を得るために、投票システムのコードをすべて GitHub に公開している。国民は自分のデータハブにアクセスでき、政府がどのような個人情報を持っていて、それがどのように使われているかを見ることができる。Marcus 氏によると、選挙のたびに参加者は徐々に増えているという。

エストニアでは今のところ、インターネット投票システムが事実上、人口の約半分の人々にとって郵送投票に取って代わった。残りの半分の人たちは、まだ公的な投票所に出向き、伝統的な方法で投票している。また、エストニアでは最終的な投票が集計される前に結果が公表されることはない。

e-Estonia ブリーフィングセンター内部。Skype や TransferWise などエストニアから生まれた有名スタートアップが紹介されている。
Photo credit: Masaru Ikeda

Marcus 氏は任務の一環として、e-Estonia ブリーフィングセンターで仕事をしている。しかし、i-Voting システムに関しては、エストニアの足跡をたどった国はほとんどない。Marcus 氏によると、地方政府2つがパイロットプロジェクトを行っているが、他の国ではシステムを採用していないという。

これは信頼の問題に帰着する。投票以外にも、アメリカでは政府発行のIDカードというアイデアは、いまだに難しいものだ。ほとんどの国民は社会保障番号を持ってい流ものの、標準的な ID カードは運転免許証のままだ。

約20年前、オラクルの Larry Ellison 氏は国民 ID カードの導入を試みた。9.11同時多発テロの後、オラクルはそのようなシステムを作成するための無料ソフトウェアをアメリカ政府に寄付した。Ellison 氏は自身の書いたこの提案の中で、社会保障カードや運転免許証などの ID はクレジットカードと同じ機能を持つべきであり、政府が保有する個人データはすべて一元化されるべきだと主張した

多くのアメリカ人は、国民 ID カードが基本的自由を犠牲にし、個人のプライバシーを侵害するのではないかと本能的に恐れている。表面的には、IDカードを発行することは重要なステップのように見える。私たちの名前、住所、勤務先、収入額、収入源、資産、買い物、旅行先などのデータベースを維持するために政府を信頼することは、大きな飛躍のように思える。

オラクルの提案に対する反発がきっかけで、この構想は頓挫してしまった。20年後、アメリカ市民とテクノロジーや政府との関係は対立しているため、このアイデアを再検討する可能性は低いと思われる。それでも Marcus 氏は、コロナウイルスが政府や企業にあらゆるアプローチを見直すきっかけになっていると考えているという。

そして、多くの国が長い間国民 ID カードを発行してきたヨーロッパでは(チップ無しではあるが)、i-Voting のための準備ができているかもしれない、と Marcus 氏はより楽観的に考えている。EU は加盟国に対してそのようなシステムを黙認しているが、まだ導入に向けた努力をしている国はない。

政府がステップアップする時が来たと認識しているため、デジタル化全体が今後数年間で後押しされると思う。政府がまず導入したいと思っているのは i-Voting だろうか? 私はそうは思わない。e ヘルスシステムやビジネスのためのデジタルインフラの方が優先順位が高いかもしれない。しかし、個人的には、i-Voting は非常にエキサイティングなトピックであり、ほとんどの国がそれに乗るべきだと考えている。

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【via VentureBeat】 @VentureBeat

【原文】

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