人を罵倒するコスト

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Studygiftの一件は運営側による全額返還という形で一旦仕切り直しされることになった。説明不足やビジュアルの問題、大学の奨学金制度そのものなど、激しい議論は多方面に飛び火し、また再開する時にこれらの事実を元にした検証がなされるのだろう。彼らはメディアにを通じてメッセージを出したし、たとえ乱暴なコメントを投げたとしても、説明から逃げることはしなかった。

「随分と人を罵倒するコストが安くなったもんだよね」ーーある関係者の言葉だ。livertyのメンバーを取材しているとき何気なく出てきたこの言葉が私の中でずっと残っている。

このプロジェクトで問題だったこと、それに対して多くの人達が疑問を感じ、それを投げかけたことそのものはよかったと思う。活動そのものの意義は大きく、たとえこのプロジェクトでなし得ないとしても、問題点を精査し、一人でも多くの学生が学ぶ環境を手に入れることができるのであれば、私はそれは世の中にとってプラスと信じている。

山田進太郎氏が言及した挑戦することの意義、やまもといちろう氏の厳しい指摘、その他「顔の見える」識者が綴るブログの数々は賛否両論ありつつも、中身のある「意見」が多かった。

しかしTwitter、ブログ、掲示板、で大量に目にしたのは単なる投石行為だ。言葉によるリンチ。大量に投石される罵詈雑言の数々が正しい批判の意見を押し流してゆく様子は痛々しかった。100歩譲って支援を申し出た人達が、実際の問題点を知る過程で嫌悪し、期待に対する裏切りと彼らに投石したのであればそれは仕方のないことなのかもしれない。

根拠もなく、関係者でもなく、火の粉が降り掛からない場所から執拗に詐欺だバカだとののしりを続ける人達は本当に立ち止まって考えられないのだろうか?言葉は薬にも、そして毒にもなる。毒を吐けば自分も毒におかされる。言葉を扱う一人として、あえてそのことを投げかけてみたい。

livertyの活動はしばらく慎重になるかもしれないが、追いかけるよ。

Photo by Images_of_Money

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