【ゲスト寄稿】ユーザーエクスペリエンスデザインの本質とものづくりの未来

iconこの記事を寄稿をしてくれたのは株式会社ネコメシのディレクター兼UXデザインエンジニアの山本郁也氏。ネコメシでIA及びUXデザインの領域で活動する一方で、個人でもスタートアップ企業へのWeb制作支援をおこなっている。人間中心設計推進機構やヒューマンインターフェース学会、UX Tokyo所属。UXデザインワークショップの講師もしていただいた山本氏より、UXとものづくりの未来について書いていただいた。


UX、UXと様々なところでこの言葉を聞くようになりました。私が初めてUXという言葉と出会った数年前(2004年くらいに、IBMにユーザーエクスペリエンスデザインセンターという部署があり、そこの紹介の記事か何かを読んだのが最初だったと記憶しています)に比べると、本当に多くの「UX」という言葉を耳にするようになりました。

なぜ、今「UX」と騒がれているのでしょう?なぜ、今「UX」が大切なのでしょう?

Some rights reserved by Z Σ Μ Σ
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高度経済成長期を過ぎ、日本には十分な「もの」が用意されるようになりました。それにより人それぞれの価値観は多様化し、また価値観をそれぞれが堂々と主張できる世の中になりました。既に十分過ぎる程のものに溢れた現代。今なお一つのものが生まれ、その問題点を埋めるかのように別のものが生まれ、またそれとは違う価値観を持った人の手によってまた別のものが生まれ、ひたすらにそれを繰り返しています。

ものが増え、人々が能動的に好きなものを選択し手に入れることができるようになった今、もはや出せば売れる時代ではなくなりました。ものが生まれる度に売れていたのは、人々の生活にものが足りていなかったからです。

しかし、今や十分過ぎる程にものはあります。人々はその中から選択し、喜ぶこともあれば悲しくなることもあるでしょう。生活が変わることもあれば、時間の無駄と嘆くこともあるでしょう。では、どうすれば人々が喜ぶような「良いもの」が作られるのでしょうか。

「デザイン」の本質は”問題の解決”です。誰かの何かを解決するのがデザインです。

それは誰ですか?問題は何ですか?

その人に知ってもらう為に、使ってもらう為に、使ってもらって喜んでもらう為に、使い続けて幸せになってもらう為に、もう二度と同じ問題で悩まない為に「もの」には何ができますか?

多くの人に見てもらいたい。それは確かにそうでしょう。しかし隣に居る人を見てください。その人はあなたと同じ問題を抱えていますか?同じ食べ物が好きですか?同じ色が好きですか?

あなたが救いたいのは誰ですか?

デザインの本質は問題の解決です。問題があるからデザインは生まれるのです。そして、問題を発見する時にはその先に必ず人間がいます。それはあなた自身かもしれませんし、あなたと同じ問題を抱えている人かもしれません。そして、それを救いたいと考えてデザインしたのではないのですか?

あなたなら、そこにある広告に気づきますか?あなたの友人は毎朝ニュースを読みますか?あなたが救いたいその人は、どうやってあなたの作ったものを知りますか?

「UX」は、ものが持つ全てのタイミングから生まれます。それを知った時、それを使おうと準備している時、それを使っている時、それを使い終わった時。ものづくりに携わるすべての人が意識しないことには、優れたUXは生まれません。

Some rights reserved by Linh H. Nguyen
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冒頭で述べたように、今の時代は十分過ぎる程にものが溢れています。出せば売れる時代でないのは明らかです。ただ生まれただけの「もの」が「良いもの」だとは思えません。ちゃんとそこにいるその人に届く、そこにいるその人が使える、そこにいるその人が使って幸せになれる。それだけの価値があるからこそ、現代における「良いもの」ではないでしょうか?

だから「UX」を考えることは大切なのです。

しかし、他人を想像したところでその想像が正しいとは限りません。いくら考えたところで自分は自分。自分は他人にはなれません。自分の頭の中のユーザーの気持ちを想像したところで、それが正しいか間違っているかの判断すら、実際は困難でしょう。

その問題を解決する為に、昔からいくつもの手法が考案されてきました。ユーザー像を具現化する為の「ペルソナ・シナリオ法」や、タッチポイントごとのユーザーの思考を可視化する「ユーザーエクスペリエンスジャーニーマップ」、「カスタマーエクスペリエンスマップ」、少し前に話題になった「ビジネスモデルキャンバス」も、ビジネスと顧客の双方向から価値を導き出すUXデザインのテンプレートと呼べるでしょう。

このように、UXデザインの為の手法はいくつも存在します。ペルソナ・シナリオ法の為のユーザーリサーチの手法も数多く存在します。

しかし、無闇やたらに手法に飛びつくことは良い選択と言えません。

例えば、ペルソナを作成するには何百万といったお金を必要とする場合もあります。ユーザーリサーチを前提としないペルソナには、精度を保証できないという問題があり、精度の保証できないペルソナには意味はありません。そして、精度の高いペルソナづくりの為の精度の高いユーザーリサーチには、莫大な時間と労力を必要とするのです。

だから、無理をしてペルソナを作る必要はありません。もちろん、無理をしてユーザーエクスペリエンスジャーニーマップを書く必要もありません。本当に重要なのは、「心がけ」です。誰かの何かを解決することにそのものの本来の価値があると、今一度理解することです。

頭では分かるでしょう。理想だと思うでしょう。

しかし、いざやろうとするとそう上手くはいきません。資金の問題、スケジュールとの相談、自分の欲との戦い、周りからのプレッシャー等いろいろあると思います。ユーザーの気持ちを中心にデザインすることは、簡単なことではありません。”心”という目には見えないものを相手にするわけですから、自分がやっていることに自信を持つことも難しいかもしれません。

ビジネスをやるからには、一部の人にだけ使ってもらえれば良いわけではなく、ターゲットを極端に絞りこむことも不安に思うでしょう。”ふるい”は大きく持ちたいのが正直なところでしょう。

それが普通だと思います。そして、それで良いと思います。本当に大事なのは、その不安を持ちながらも目的と価値を見失わないことです。そこにいる人間を忘れないことです。

私たち日本人には、思いやりという文化があります。自分ではなく、相手の気持ちを優先的に考える能力です。今、それがまさに必要なのです。

誰かの何かの為にデザインすること。それがUXデザインです。それは日本人こそ得意なはずの、ものづくりの一つの形です。

良いものづくりをしましょう。ただ作られたものではなく、考えて作られた「もの」を増やしましょう。時には作らない勇気を持ちましょう。私たちの子どもたちにとって住みやすい世の中になるよう、私たちの子どもたちが、人のことを大切に考えられる良い大人になれるよう。

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