シンガポールから見た日本——東南アジア進出の先人に聞いた、日本の起業家が進むべき道

SHARE:
CC BY-NC-SA 2.0: via Flickr by stupz

初めてシンガポールを訪れたのは、もう20年程前のことだ。当時、私はシンクタンクの仕事を手伝っていて、建国30年を迎え、新興国から先進国へと変貌しつつあるシンガポールを垣間見ることができた。シンガポールは、昨今のようにインターネットが普及し、世界のスタートアップが集うようになる以前から、「IT立国」の名を冠し、国の細部にまで情報産業を浸透させてきた。

これまで数十回にわたり渡星しているが、「日本のスタートアップがなぜシンガポールを目指すのか」「シンガポールがなぜ起業家にとって魅力的なのか」ということを、常々考えている。実は、その答はある程度わかっている。シンガポールは日本には無いものを持っているからだ。もちろん、日本にもポテンシャルはあるが、シンガポールが持つポテンシャルを、日本のポテンシャルにアドオンできれば、この国はもっと強くなれるだろう。そのためには何ができるか、というのが自問を繰り返している理由である。

多様な価値観に触れ、いろんな人のインサイトが聞けることは、私がこの仕事をしていて得られる最大の歓びである。先週のシンガポール滞在にあたって、東南アジア進出の先人で、シンガポール・ビジネス界の生き字引とも言える親子に話を聞く機会を得た。最近、日本のテレビ局各社との共同出資で、東南アジア11カ国向けのテレビチャンネル「Hello! Japan」を立ち上げた、森幹雄氏と森玲雄那(れおな)氏だ。

<参考> 共同出資社の電通によるプレスリリース(2013年2月20日)

「日本株式会社」の東南アジア進出と共に発展

hellosingapore森氏らが事業を開始したのは、今から約30年前にさかのぼる。シンガポールで日本人の海外赴任者向けの引越事業を立ち上げ、そのネットワークをマレーシア、インドネシア、タイ、中国、UAE(アラブ首長国連邦)、ベトナムへと広げていった。

サラリーマンの夫婦が海外赴任地への引越を終えた後、旦那は日本の会社の現地オフィスに行くので問題ないが、困るのは奥さんの方だ。時は30年前、インターネットも無い時代に、慣れない異国の地で、頼れる日本人コミュニティがどこにあるのかもわからない。シンガポールやマレーシアは英語が公用語ではあるものの、それぞれ、シングリッシュやマングリッシュだったりするので、アメリカの大学を卒業した人でも最初は言葉が通じなくて困ったものだという。

そんな中で生まれたのが、生活に密着した情報を集約したフリーペーパーだ。どこに行けば何が手に入るか、誰に会えるか、そのような情報を海外現地の日本人コミュニティ向けに提供していた。今となっては、需要の一部が、CraiglistYelp、そのコピーキャットなどに取って代わられつつあるが、東南アジアの日本人向けメディアというニッチでは、まだ大きなパラダイムシフトは起きていない。

しかし、森氏らは紙メディアに固執しようというつもりはなく、むしろ、インターネット時代にふさわしい、海外在住の日本人向けのコミュニティ・メディアの形を模索している。海外に住んでいる日本人は、日本に住んでいる日本人よりも、日本人としてのアイデンティティを強く意識する傾向があり、日本のことをよく理解している。それゆえ、現地コミュニティのみならず、日本に対しても情報発信できるメディアの構築を目指したいと語った。

起業家が国に期待を持つのは間違いか

reona_mori
J Food & Culture TV Pte Ltd. 森玲雄那(れおな)氏

他の先進国の事例を見ていて、日本政府はスタートアップや起業家に対する支援が小さ過ぎるのではないか、ということを私は常々憂慮している。都道府県庁や地方の市などがスタートアップ支援に積極的なのとは対照的に、霞ヶ関周辺からは「特定の民間の活動に、国民の血税は使えない」という声をよく聞くのだ。この話を森氏にぶつけてみたところ、興味深い答えが帰って来た。

日本もシンガポールも、民主主義の国です。民主主義の世界で、民衆の力、個人の力が強く求められるようになったのは、本来あるべき姿に回帰したのだと思います。むしろ、これまでは企業の力が強すぎて、その時代が長過ぎました。国に何かを期待するということは、自分から何かを仕掛けるのではなく、機会を待っているということに他なりません。一方で、人口の減少や財政の逼迫などから、日本の地方自治体の2割は滅亡の危機にあります。彼らは生き残りがかかっているから、スタートアップの支援をはじめとする活動に積極的なるのでしょう。

社会主義の世界に生きているなら、困ったことがあれば国に頼ればよい。しかし、ある種、資本主義社会の極みとも言える起業家が、「この国のスタートアップ・エコシステムは成熟してないから」とか「国が助けてくれないから」と愚痴をこぼしてばかりいてはいけない。「自ら道を拓くことこそが起業家だ」という森氏の強い言葉は、後進の人々にとっても大きな励みになるだろう。

政府が優秀過ぎると、国が滅ぶ?

singaporeforsingaporeans
2/16にシンガポールで開かれた、移民拡大反対デモの様子。
(CC BY-NC-SA 2.0 via Flickr by redsun81)

「末は博士か大臣か」という言葉がある。そもそも、日本で、国や役人のことを「お上(かみ)」と言って崇めたてるコンセプトは、古くは、科挙(古代中国における官僚の試験)にルーツがあるらしい。役人が優秀であれば、国民は多くを考えなくても、国は一定の繁栄を遂げられる。しかし、それがあるレベルまで達したとき、今度は衰退の道をたどるというのだ。さらなる発展を遂げるには、外部からの刺激が必要になる。

シンガポールの建国の父、リー・クアンユー(李光耀)も、国の継続的な発展のためには、外部からの刺激が必要だと唱え、シンガポールは移民を受け入れるべきだと考えました。この考えを踏襲した現政府が移民をさらに受け入れる法案を可決したところ、シンガポール国民からは大きな反対の声が上がりました。

政府が優秀であるばかりに、結局、ビジネスの成功を目指すシンガポール人が考えるのは、政府から仕事をもらうか、政府に投資してもらうか、政府頼みばかりになってしまった。国にばかり何かを期待していて、もはや考える行動がストップしてしまっているように思いました。

シンガポール社会が抱えているのは、〝日本病〟と言えるのかもしれない。日本の役人は優秀で、世界ランク3位の経済を牽引してきた。幸いなことに、日本には、一定規模の内需があって、国外市場を意識しなくても売上を創り出すことができた。他方、世界経済で見れば、内需など皆無に等しいシンガポールで、シンガポール人が国外市場に出ることをやめたら、それは死を意味するに等しい。

転じて考えるなら、シンガポールのスタートアップにとって、グローバルになることは宿命だ。日本のスタートアップがグローバルになるべきかどうか、私はまだ結論が出せていないのだが、少なくとも、グローバルでないよりはグローバルである方が、何かと可能性が広がるのは間違いない。

日本人に足りないのはアピール力

hellojapan_screenshot
シンガポールで放映されている「Hello Japan」
Copyright by TBS & StarHub

韓流ドラマや、少女時代に代表される K-POP のブームと、韓国スタートアップが世界各国で活動を活発化させている背景には、共通のファクターがある。韓国コンテンツ振興院(KOCCA)の存在だ。KOCCA はスタートアップを含む、コンテンツ産業の輸出促進をミッションとし、韓国コンテンツのプロモーション活動を支援している。東南アジアのいくつかの国々では、これらの活動が功を奏し、K-POP の人気が高まりつつあったり、韓国ドラマの専門チャンネルの契約者数が増えていたりする。

森氏らが東南アジアに、日本のテレビ番組専門チャンネル「Hello Japan」を立ち上げた背景には、そのような現状に対する危機感もあるようだ。

韓国をライバル視する必要はないでしょうが、韓国の企業やコンテンツが成功している理由を検証し、よい部分は我々の活動にも積極的に取り入れるべきでしょう。韓国企業が広告にかける予算は、日本企業の5〜10倍以上。見えない部分に技術やこだわりを持つのは日本企業のよい側面ですが、もっと世界にアピールするべきでしょう。孫正義氏、柳井正氏、三木谷博史氏のように、もっと、世界にモノを言う起業家が多く出て来てもいいはずだ思います。

日本のコンテンツ、サービス、意見を世界に届けることは、世界に日本を理解してもらう上で極めて重要だ。我々 SD Japan の活動もそうだし、Tokyo Otaku ModeKawaii Museum JPN など、さまざまな形で日本のテックシーンやコンテンツを紹介しようとしているスタートアップは同志と言ってもよいだろう。他の日本のスタートアップにとっても、世界に対する情報発信は、ビジネス拡大において重要なカギを握る。我々が最近リリースした DATA は、英語・日本語のバイリンガル表記に対応しているので、これらの機能も十分に活用してもらえれば幸いだ。


mikio_mori4月18日(木)、森玲雄那氏の父上、森幹雄氏が前出の東南アジア向けの日本番組テレビチャンネル「Hello Japan」の立ち上げや背景等について、東京でプレゼンテーションを行うのだそうだ。

森幹雄氏がシンガポール支局長を務める、一般社団法人アジア経営者連合会の集まりだが、一般参加も募っているということなので、興味がある読者の方々は足を運んでみるとよいだろう。詳細はこちらから(4/18の項を参照)。

BRIDGE Members

BRIDGEでは会員制度の「Members」を運営しています。登録いただくと会員限定の記事が毎月3本まで読めるほか、Discordの招待リンクをお送りしています。登録は無料で、有料会員の方は会員限定記事が全て読めるようになります(初回登録時1週間無料)。
  • 会員限定記事・毎月3本
  • コミュニティDiscord招待
無料メンバー登録