台湾のインキュベータappWorks(之初創投)創業者・林之晨氏インタビュー後編「スタートアップの育成は、最低10年見るべき」

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本稿は、台湾の appWorks(之初創投)の共同創業者・林之晨(リン・ジーチェン、英文通称 Mr. Jamie)へのインタビューの後編である。(前編はこちら。)

  • 取材:張育寧(チャン・ユーニン)/鄒家彥(ゾウ・ジァヤン)
  • 構成:鄒家彥(ゾウ・ジァヤン)/楊文心(ヤン・ウェンシン)
  • 翻訳:池田将

台湾には、起業の気運はあるものの、インターネット企業とエコシステムが不足

TechOrange(科技報橘)編集長・張育寧(以下、張と略す):

スタートアップの実践トレーニングの話題に戻したいと思います。appWorks がそのようなことを提供する以前、どのような組織がそのような機能を提供していたのでしょうか。

appWorks(之初創投)創業者・林之晨(以下、林と略す):

通常はネット企業、インターネット企業の人たちは、収入を得るだけでなく、実践的なトレーニングを得るために仕事をしています。そして彼らは会社から飛び出して、ビジネスを興そうとするのでしょう。ゲーム情報SNS「巴哈姆特(バハムート)」の創業者Sega Chenは Yahoo を出て起業、レストラン口コミサイト「愛評網」CEO何吉弘(フー・ジーホン)氏は Yahoo から出て起業、オンライン・カラオケ・サービス「iKala (愛卡拉) 」のCEO程世嘉(チョン・シージャ)氏は Google から出て起業しました。つまり彼らは、起業以前に、実践的なトレーニングをネット企業で積んでいたことになります。

もちろん、良いネット企業で働くと、外に出て起業しづらくなってしまうというリスクもあります。このような状況は、あらゆる場所で見受けられますが、特に台湾の状況は深刻で、起業に対する障害があまりに多い割にインセンティヴが低過ぎる。そういうことから、台湾の優れたネット企業から出て起業する人は、指で数えられるしかいないのです。

張:

起業を支援するために、なぜ、appWorks のような組織が必要なのでしょうか。

林:

今年の第一四半期、全世界のPC販売台数は14%下落しました。過去30年間、台湾はPC生産によって生きてきましたが、PC業界は明らかに斜陽産業になりました。我々の全員がPCのOEM生産に移行したら、売価がますます低くなる産業の現実に直面し、台湾全体の生産報酬指数は低下します。より利益が高いものはどこにあるのでしょうか。消費者は安いPCを買った後、節約したお金を使って、コンテンツやゲームを買います。したがって、我々はコンテンツ、サービス、ゲームなどを創り出すべく、ソフトウェアのエコシステム、ネットワークのエコシステムを構築すべきです。

私はソフトウェアやネットビジネスの起業を推進したいと考えており、それを世界一のソフトウェアやネットビジネスにしたいと願っています。台湾には、資訊策進會(III, Institute for Information Industry)という政府機関、工業研究院、各大学のインキュベーションセンターなどがあります。しかし、彼らは特定の産業分野をサポートすることはできません。スピーディーに、テック・スタートアップの分野に集中的に力を入れる方法が必要だと確信しました。そこで、私は appWorks を設立したのです。

張:

なぜ、そこまで、台湾にはインターネット企業が必要だと思うのですか。

林:

ハードウェアはコモディティ化が進み、最大価値が生み出されるようになったのが、インターネット企業だからです。

シリコンバレーでは、現在最大価値を生み出しているのは、インターネット企業やソフトウエア企業です。Google や Facebook は、ソフトウェア企業ではないでしょうか。ある意味、Apple は最大価値を作ってきましたが、ハードウェアを売るためにソフトウェア開発をしてきたと見ることができるでしょう。科学技術開発のサイクルの中では、最初にハードウェアが立ち上がり、それがソフトウェア業界を牽引するので、次に価値を生み出す主流となるのはソフトウェアなのです。

もちろん、台湾には、バイオテクノロジーやカルチャー・クリエイティブなど、発展している多くの産業があります。しかし、いずれの産業も問題を抱えています。バイオテクノロジーは莫大な投下資本が必要であり、カルチャー・クリエイティブは、単体では成立しづらくコンテンツが必要です。インターネット企業は、リスクが少ないビジネスなのです。

Facebook は5,000人の従業員で、全世界の11億人ユーザにサービスを提供できています。インターネット業界は投資は少なくても、operation leverage(訳注:販売量を増やすと、固定費を吸収した後の貢献利益分が利益増加分となる)が非常に高いビジネスで、国境を越えてサービスすることも簡単です。また、こんな考え方もあります。中国は自動車を初めとするあらゆる商品を生産し、世界に輸出してきましたが、中国のインターネット・サイトは、世界へのゲートウェイとなることは難しいでしょう。インターネットは、台湾に残された数少ない可能性と言えます。

台湾には優れたエンジニアの文化があり、台湾のエンターテイメント産業は世界に影響を与える力を持っています。台湾のインターネット産業をもってすれば、エンターテイメント、カルチャー・クリエイティブなどの産業を推進することもできます。多角的に見てみると、インターネット産業は台湾の産業全体を活性化させる上で、非常に理にかなったビジネスだ言えるわけです。

張:

appWorks の経営を通して、他の事業形態よりもインターネット企業の起業を増やそうと考えられるているのでしょうか。さらに、台湾に起業のエコシステムの構築が必要だともおっしゃっています。appWorks は6回目のインキュベーション・プログラムを迎えておられますが、最初におっしゃっていた「ソフトウェア・ビジネスの起業を推進したい。特に、インターネット・ビジネスの起業を推進したい」という思いは、appWorks 創業から3年が経過してみて、どの程度、達成されましたか。

林:

達成するまでの道のりは長いものです。しかし、Richi、TechOrange、EZTABLE(易訂)、PubGame、5945、GameApe、LuxJoy、Tagtoo などの起業を支援してきました。少なからず言えることは、我々の形成しつつあるエコシステムはこれらのスタートアップにとって役立っており、彼らはまた、さらなるチャンスを見出すことができるでしょう。

2008年のことを思い出すと、そのときは皆互いを牽制し合っていました。私はそんな状況を変えたいと思っていました。台湾はこんなに小さく、台湾市場は海外に目を向けるべきなのに、彼らは互いにリソースを奪い合っていました。その背景には、インターネット・サービスはコピーしやすいから、という理由があると思います。そう考えれば、互いを牽制し合うのは、ごく自然な流れです。

張:

インターネット・サービスに関して、シリコンバレーでは、そのような問題を防ぐために、何かしらの動きはあるのでしょうか。

林:

2000年、シリコンバレーのベンチャーキャピタルはインターネット企業に簡単には投資しなくなって以降、起業エコシステムでスタートアップは互いに団結するようになりました。

これは教育と関係があるように思います。欧米の教育では、競争することが重要ではありません。先日、Hot or Not の創業者 James Hong が appWorks にやってきて、こんな話をしてくれました。Max Levchin が Slide.com(訳注:Google に買収された後、昨年3月にシャットダウン)を始めたとき、彼は自分のサーバがなかったので、人のサーバを借りていました。James は YouTube の創業期も手伝いました。事業の可能性の模索は、アメリカという場所だからこそ可能なのでしょう。市場で互いのパイを奪い合うような競争を考えることもなく、彼らはある種の相互幇助の文化を持っているのです。

張:

ここまで話をお聞きしてみて、あなたがもう一つ言及されようとしているのは、台湾は国際市場を見ることに慣れておらず、市場が小さいと思い込んでいることですね。さらに、統一大学試験のように、非常に受験者が多い状況下で人を押しのけなければならないような、そんな国民性についても考える必要があると思います。

林:

シンガポールの話を冒頭にしたとき、彼らが優れているのは、国際的な見方を吸収しやすいことだと述べました。私は台湾は国際的な見方を持つべきだと言うつもりはありません。既にこれまで言ってきましたから。過去5回の appWorks でインキュベーション・プログラムでチームを指導してきた中で、不十分なところがあることはよくわかっています。

インキュベーションは、少なくとも10年は見るべき

張:

確かに、ここ最近になって、そう悪くもないチームが出て来るようになりました。しかし、まだ十分とは言えません。例えば、利益が上がっていませんよね。この点については、どのように思われますか。私の意見を言わせていただくと、時まだ早しなのだと思います。シンガポールでインタビューをしたとき、シンガポール政府が設定したテック・スタートアップの投資計画を聞く機会があり、彼らは起業して3年以内のチームをシードとし、その後方向を見定めて、5年でチームはアーリーを迎え、プロトタイプへのステップを進む、と位置づけています。しかし台湾では、3年経って利益が出ていないと、成功できなかったチームだと言われてしまいます。

林:

そうですね。ですので、私たちは、10年で見るようにしています。

会社が成功してIPOした後、会社は新しい存在になります。シリコンバレーの例をあげるなら、エコシステムが作った大変重要なもの(力)の一つに PayPal Gang というのがあります。PayPal が上場した後、中に居た多くの人はバラバラになって、新たな起業をしました。Google は2004年の上場後、多くの人はバラバラになって、新たな起業をしました。Facebook が上場しようとする矢先にも、多くの人はバラバラになって、新たな起業をしました。こうやって、人が出て行くことで、新しい会社が増殖してゆき、エコシステムの形成が助長されるのです。私たちは現在、エコシステムの形成を推進していますが、まだ本格的には回り始めていません。

しかし、私は楽観的です。まだ(appWorks を始めてから)3年しか経っていないのに、こんなに多くの優秀な会社がいるのです。6年したら、どのようになっているでしょう。成長のスピードは加速度的です。政府にこんなことはできないと言いましたよね。政府の事情からすれば、3年間やって成果が出なければ、それでおしまいにされることでしょう。

張:

政府の役割の話に戻りましょう。今年になって、政府はインターネットやソフトウェア産業の振興において、これまでと違うやり方を進めており、その中には appWorks の提案も含まれています。林さんが政府に提案したアドバイスとは、どのようなものですか。政府の現在の姿勢や状況については、いかがでしょうか。

林:

台湾政府は、大きく2つの勢力に分けることができるでしょう。経済部(日本の経済産業省に相当)は発展経済が必要だと考えるタカ派であり、財政部(日本の財務省に相当)や金管会(金融管理監督委員会、日本の金融庁に相当)は、規制を設けてコントロールしようとします。したがって、経済部に対して提言をすると、彼らはほとんど反論をせず、提言を進めようと考えます。しかし、その話が金管会や財政部にたどりつくまでに、一つずつ葬り去られていくのです。問題は、数が多く必要のない規制が障害になっていることです。

しかし、本当の問題は、台湾の行政院長(日本の首相に相当)が毎年一回変わることです。このようなことで、長期に及ぶ計画が祟られるでしょうか。役員に立派な仕事がしてもらえると期待できるでしょうか。

(出版・メディア界の有名人である)詹宏志(チャン・ホンジー)が言っていたように、下の方で(市民が)騒いでいても意味がないのです。一度は話を上(=行政)に上げる必要があり、それが金管會や財政部に話を聞いてもらえる唯一の方法です。

張:

詹宏志さんがおっしゃっているその方法、すぐに始めるには何が必要だと思いますか。すぐに始めなければ、台湾の全産業の発展や国際市場での競争において、長期的に悪い影響があるでしょうか。

林:

私は、「物極必反(行き過ぎた物事は、必ず真ん中に戻る)」という言葉を信じています。台湾は一本の道の上に居ますが、一度それを完全に壊すことで、より大きなものを構築できると思うのです。心の中で密かに思うのは、今、いろいろもがいていても大した意味は無く、むしろ、一度、壊した方がいいと思っています。事実、韓国は1997年の経済危機で全てが壊れてから、より大きなものを構築できています。

張:

appWorks の現在のインキュベーションは、3年前と比較して、どのような変化がありましたか。

林:

大きな変化はありませんでしたが、我々の知名度が上がったため、経験豊かな起業家が多く応募してくれるようになりました。もし、自転車に乗ることもできなければ、いろいろなテクニックを教えても意味がないでしょう。

例えば、商品のプロモーションの方法を教えたとします。しかし、市場の需要が理解できず、市場が受け入れてくれる製品を作れなければ、プロモーションの方法を教えても意味が無いのです。

例えば、私はあなたにどのようにあなたの製品を広めるように教えて、あなたが続けて市場ニーズを調べることがで、市場の歓迎の製品をしてすべてまた、それでは、私があなたにどのように製品を広めるように教えるのは意味がないのです。まずは、市場がその商品を求めているかどうかを探ってからでないと、外部の人間は手伝うことが難しいでしょう。

特に経験豊かなチームを求めているというわけではありませんが、先の自転車の例で言えば、我々が教えられるのは、より面白い自転車の乗り方ということになります。私たちはゆっくりとインキュベーションを段階的に行っています。ステージによって、違った支援が求められるからです。

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張:

appWorks に対する、外部からの批判はどのようにお考えですか。

林:

前進できていると思います。完璧に美しい品は永遠にできないでしょうし、路上で売られている洋服を、品質が良くないとか、色がよくないとか、あるいは、今日、Android や iPhone の出来が気に入らない、という人も居ます。本当の意味で完璧な製品など、世界には存在しないのです。

我々のチームがボロボロだと言われても、私は気にしません。前進しているからです。起業家というのは、常に物事を試さなくてはなりません。製鉄においても、常に水で冷やし続けて、ようやく鉄ができるのです。

張:

張さん個人に対する批判については、どうですか。

林:

私がEコマースや第三者決済を理解していないという人も居ますが、別に構いません。そういう言葉を耳にすれば、私は余計にこれらのことを理解しようと、努力するだけのことです。

彼らが誤解している点で重要なのは、私が有名になりたいと思っている、ということです。有名になりたいと思ったことはありませんし、私に対する攻撃は大したことではありません。もし有名になりたいなら、「痛い、腕をつかまれた」と思うでしょうが、私の出発点は有名になりたいということではないのです。

「台湾にソフトウェア産業なんて必要ない」と言って来る人が居れば、それが本当に私にとっての痛みでしょう。私が今やっていることはすべて、台湾にインターネット産業が必要だと思って、やっていることですから。

張:

今までアメリカ、日本、シンガポールなどの国々で、イノベーション経験をお持ちですが、台湾はどの地域から特に学べるでしょうか。

林:

アメリカの経験でしょう。Google 以降、アメリカで成功したインターネット企業は台湾に支社を設立しなくなりました。理由は台湾市場が小さ過ぎるからで、Facebook などは一人も台湾に送り込んでいません。台湾に来なくても、事業ができるからというのはもちろんですが、彼らは、台湾にとてもよいエンジニア文化があり、支社を設立する意味があるということを理解していないのです。極端に言えば、台湾とタイの違いさえ、よく分かっていないアメリカ人は少なくありません。

2008年〜2009年、ニューヨークではインターネット産業の復活が見られ、インターネット産業に対する毎年の投資案件数は、シリコンバレーのそれに匹敵するものでした。その背景には、多くの銀行が金融危機で倒れたことに加え、エンジニア達が変化を求めたことがあります。Facebook、Google、eBay などは次々とニューヨークに支社を設立し、エンジニア達は Google や Facebook に入社していきました。それから数年後、エンジニア達は起業すべく、居た会社を再び飛び出していったのです。

全く問題が無い場所というのはありません。しかし、シンガポールや香港からは、国際感覚について、もっと多くを学ぶべきだと思います。

張:

でも、国際感覚は、どのように学べばよいのでしょうか。

林:

シンガポールで好例だと思うのは、Facebook、Twitter、AirBnB までもが支社を開設し、多くのシンガポールのインターネット産業の人材や起業家に、理解を深められるよう訓練の機会を与えていることです。これは台湾が学べることです。世界を持ち込むという考え方です。

一方、メディアは、決して台湾が国際市場から孤立していないということを、もっと知らしめるべきです。毎日のように、女の子が指をケガして、消防隊が彼女を電動のこぎりで助けるニュースばかりを見ているわけにはいきません。

(関心を得やすいニュースばかりを報道し、視聴率を過信するあまり)メディア・カオスな状態が続くならば、Nielsen を台湾から追い払うべきでしょう。わずか2,000人の視聴者動向で台湾を制御しようとするなら、それは誤りです。

【原文】

【via TechOrange】 @TechOrange


著者紹介:鄒家彥(ゾウ・ジァヤン)

人々のため記事を書きたいと思っている。興味深い話、読んでほしい話、見逃せない話を執筆してきた。起きているときはリラックスし、寝ているときは夢を見るのが好き。最近見た印象的な夢は、俳優・余文楽(Shawn Yue Man-Lok)が TechOrange(科技報橘)で仕事していたシーン。

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