ある起業家が事業を売却するまでの道のり

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起業の現場で経験談に勝るものはない。

今年の3月、ある事業がヤフーに売却された。映画館オンデマンド上映サービスの「ドリパス」だ。クーポン共同購入全盛期の2010年に創業した彼らは、約2年半の独立経営を経てヤフー入りを果たす。

私は先日、創業メンバーの五十嵐壮太郎氏と遠藤彰二氏のお二人に話を聞く機会を頂いた。五十嵐氏は現在ヤフーの社員としてドリパスを運営し、遠藤氏はまた新たな起業に向けて準備中だ。

これからお伝えする彼らの歩んだ道のりは泥臭い。世に出回る成功談よりリアルだし、日々触れている起業家たちの姿に近い。これから起業を考える方の参考になれば幸いだ。(文中敬称略)

起業家とニートの創業コンビ

創業メンバーの五十嵐氏と遠藤氏は大学時代、海の家のアルバイトで「年に一回、一カ月を共に過ごす」という変わった関係の友人だった。大学卒業後、二人は違った道のりを歩む。

遠藤彰二氏

遠藤氏は新卒でベンチャー企業に入社し、24歳で独立。その後創業していた就活カレッジをネオキャリアに事業譲渡するなど、起業家としての経験を積んでいた。そして当時まだ5人ほどだったリブセンスに取締役として参加する。

遠藤:「大きくしたい」という村上(代表取締役の村上太一氏)の誘いを受けて参加しました。リブセンスの事業は自分がやっていた求人情報とはまた違ったアプローチでした。

しかし、起業家として自分で創業したい、という想いから約1年半で取締役を辞任。また新たな創業に向けて起業準備を始める。

遠藤:やっぱり自分でやりたかったんでしょうね、一度そちら側を味わってしまっただけに、自分で全ての決裁権を握って切り盛りしたかったんです。

五十嵐壮太郎氏

一方の五十嵐氏も個性的だ。新卒で博報堂に入社した後、サラリーマンでありながら同期と一緒に始めたバンド活動がヒット。メジャーデビューの勢いで4年勤めた博報堂を飛び出してしまう。

五十嵐:博報堂在籍時に、HIPHOP好きで曲作ってて、メジャーデビューしちゃったんです。それでなんとなく「音楽っていいなー」って。退社の時に言ったのが「アーティスト活動に専念するため」って、今思えばかなり痛々しいですね(笑。

当然、そんな簡単にアーティストで食べていける訳がない。フラフラしてるところに起業のきっかけがやってくる。

五十嵐:別に起業しようとかそういうアテがあったわけじゃなく、その後もしばらくニートしてました。ある日、映画関係者の方と話す機会があって今のドリパスの原型になるアイデアを話したんです。そしたら面白いねってことになって。でもその段階でも起業するぞっていう感じはありませんでした。

起業の魅力にとりつかれた遠藤氏と、ニートの五十嵐氏。海の家の友人がこの後再会する。

バンドのノリでドリパス創業

アイデアに手応えを感じた五十嵐氏はサービスの立ち上げを考えるも、ネットに関する知識が乏しく、当時、赤坂で再会を果たしていた遠藤氏に助けを求める。リブセンスを辞めた遠藤氏は自分の会社を立ち上げながらサイブリッジの執行役員も務めていた。

遠藤:グルーポンって知ってる?っていう電話がきっかけです。実は初期のドリパスは当時私がお手伝いしていたサイブリッジのASPを使っていたんです。会社の定款とか設立に関するものからほぼ全て準備しました。

こんな調子なので、当然資本政策などのテクニカルな話題も全てふんわりと進む。

五十嵐:会社設立も後付けです。バルト9での企画実施が決まっていたので。取引先に大手が多く、法人でなければ取引できなかったんです。最初はバンドのノリですよね。利害関係者や友達が「面白いね」って出資してくれて。友人もちょっとお金あって数十万円ぐらいは出せたんです。

ただ、資本政策とかそういう知識が皆無だったので、このままの計算だと設立当初から自分の株比率が30%を切っていて。気が付いたらマイノリティでした。

最終的に遠藤氏が調整して適正な持ち株比率に戻し、700万円ほどの資金で創業。従業員は役員となる五十嵐氏ひとり。アドバイザーとして取締役となった遠藤氏は無給。オフィスは自宅兼のアパートだった。

時はクーポン共同購入全盛期。周囲の期待と安定しない事業

クーポン共同購入のコピーキャットが溢れかえるなか、ドリパスは決済の仕組みは共同購入に近いものの、劇場と提携してユーザーのニーズを元に上映をさせるという、全く違うコンセプトだった。どちらかといえばクラウドファンディングなどの方が近いかもしれない。

当然、新しいコンセプトは受け入れられるのに時間がかかる。

五十嵐:まず、チケットの選定が今のような自動じゃなくて、当時は私が勝手にやってたんですね。結局当たりもあるけどハズレも多い。それと予想以上に映画館側に理解がされなかったのも大きかったです。これまで自分たちで映画を選定していたフローを「ユーザーが選ぶ」という流通モデルを逆にする訳ですから、既存の流通モデルの中で当初は抵抗がありました。

一方で面白いねっていう人も多くて。それが今でもこのサービスが残っている理由でもあります。最初の頃、映画館側からはこの構造の逆転というおもしろさに期待してもらった感は強いですね。

バルト9の全スクリーンを埋めて1600人の集客に成功するなど手応えを感じるものの、ムラが多く安定してくれない事業。ここから資金繰りとの戦いが始まる。

大学時代からの友人の経営参加。アパートで共同生活開始

創業期の1年間を遠藤氏と一緒に運営したドリパスに新たなメンバーが加わる。COOの岡崎駿介氏だ。五十嵐氏とは大学生からの親友で博報堂も一緒に在籍していた。その彼が会社を辞めてやってくる。

五十嵐:本当にこの間まで、自分の妻と子供、それと岡崎で一緒に住んでました。彼がやってくるということがわかった段階で、家賃を節約しよう、と。元々大学の時から仲がよかったのもあって、1家族世帯と親友のシェアリングというミラクルを実現させました。

この共同生活を受け入れてくれた妻と岡崎には本当に感謝してます。

しかし厳しい資金繰りが続く。その頃は受託仕事も始めていた。

五十嵐:途中で資金調達したのですが、これも私、本当に経営とか経理とか疎くって、資金繰りが特に苦手だったんですね。数カ月遅れで支払いが大きくやってくるタイプの事業だったので、それである時銀行口座を見たら「これはヤバい」と。

受託開発とか映画企画に関するコンサルティングのようなこともやっていました。出資者の紹介で仕事を回してくれて。食いつなぐためのギリギリの選択です。

受託かサービスか。残された時間は60日

サービス運営をしながらの受託仕事は実はよく聞く話だが、なかなか厳しい。ドリパスもやがてある決断をすることになる。

五十嵐:受託やるとやっぱりサービスの進みが悪い。受託をこのまま続けるのか、それともサービス一本に絞るのか。ブルームってドリパスをやるための会社だったんです。受託をやるブルームってイメージがどうしても沸かなかった。それで決心しました。

通帳に残っている残高から残された時間は約二カ月。当然、目処が立っている訳ではない。ここからシートベルトなしのジェットコースターが始まる。

「海の家のノルマは厳しかった」と振り返る二人

やりたいことをやる

サービス一本に絞った五十嵐氏がまず取りかかったのがシステムの内製化だ。イベントをきっかけに知り合った開発会社にリニューアルを依頼。

五十嵐:浅海さんと川原さんという二人のエンジニアが今、このドリパスを作ってくれているのですが、彼らもまた受託の開発会社をやっていたところだったんです。最終的にはこのドリパスを気に入ってくれて、こちらに参加してくれました。本当に嬉しかったです。

システムを内製化すると数字が徐々に改善。五十嵐氏が当初やりたかったことに近づいていくも、開発予算は乏しいまま。

五十嵐:無茶苦茶な発注でした。「1カ月後にこれやりたいんだけど作って」というオーダーで、しかも開発にかかる費用は言い値でいいですと伝えると、意を汲んで良心的な価格でやってくれました。人に救われてますね。本当に。

事業は好転するも、経営は依然火の車

残された時間は60日。徐々に改善が進むが、経営状況は一気には改善しない。

五十嵐:報酬は二年目までなかなかスムーズに支払えてませんでした。ちなみに遠藤には最後まで払ってません(笑。役員報酬とかそいういうものじゃないですね。生活費です。事務所は出資者でもあったリヴァンプの一区画を使わせて貰って。OpenNetworkLab(ONL)にも参加していたのでそのスペースも使ってました。

ただ、定常的に売上は立ってビジネスは回っていたので、なんとか頑張ればどうにかなる、という意識はありました。あと、受託を経験してて、本当に厳しくなったらなんとかできる、というのもどこかに自信としてありました。

本当に資金ショートのタイミングもあったらしい。ただ、その時には五十嵐氏の奥さんが働いて貯めていた通帳を出してくれたのだという。

KPIに置いていたリクエスト数はどんどん上がっていく。劇場の提携数も増える一方。100館を越えたあたりでこれはいけるかも、という感触を手にする。

ヤフーへの売却

ドリパスが事業売却を果たす裏側については、様々な取り決め上ここに詳しく書くことはできない。しかし、彼らは最終的にこの事業を売却することを決心する。

五十嵐:状況的には上向きになってるわけです。独立系でいくか、それとも新たに出資者を探して次のステージにいくか。社員と役員では考え方が違っていて、社員はサービスに対してのロイヤリティというか、思い入れがあるんですね。同じように役員は会社に対して思い入れがある。

正直、サービスがどう変わるのか想像がつかなかったです。事業に一番よいと思える方向を選ぼうと。考える時間もそんなになかったので、1カ月ほどで決心しました。

この起業ジェットコースターに同乗したメンバーたちもそのまま移籍した。

五十嵐:それぞれのメンバーに話をして本当はどう思っているのか、聞いてみました。今は新しい環境を楽しんでいる、という感じですね。全員そのままですし、少しだけホッとしたのもあります。ただ今度はあの時経験したハングリーな精神をどうやってキープするか、そこが課題と思っています。

おわりに

創業者が大きな売却益を手にして資産家になる、そんなイグジットの話題ではない。正直地味だし、けど今の起業の現場で起きている自然なストーリーのひとつだと思う。

最後に五十嵐氏にまたこの苦しい起業をやってみたい?と聞いてみたらこんな風に答えてくれた。

五十嵐:起業というか、今まで世の中に無いモノを作るのはこれからもしていきたいです。ドリパスに初めてお客さんがやって来てくれた時、スゴい嬉しかったんです。ドリパスじゃなきゃ、観たい作品を観たい時に劇場で観るということはできないわけですから。

ドリパスの事業に関しては、経営者として明確なスキルやビジョンを示せればよかったのかもしれないけど、正直、わかんなかったからみんなで考えようよ、という時も沢山ありました。議論はいつも白熱しますよ。合宿とかやったら終わんなくって。

ちなみに彼の起業を支えた五十嵐氏の奥さんもこの海の家が出会いのきっかけだったそうだ。(了)

※当初タイトルと内容に「バイアウト」を使いましたが、起業家側から見た場合、正しくは「セルアウト」となります。タイトル表記は「売却」に変更しております。ご指摘ありがとうございます。

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