マッキンゼーやソニー変革室を経てたどり着いた「リーダーを変える」という近道、チェンジウェーブの佐々木裕子さん【後編】

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Hiroko-Sasaki-ChangeWave

「どの球を受けてどの球は見送る」かの判断を誰もが瞬時にできるように、進化の方向や判断軸は明確にするようにしています。細かいプランニングはしません。その通りにやろうと思うと無理が発生したり、目の前にすごいチャンスがあるのにそれを見逃してしまったりすることがあるので。

「「こうじゃなきゃいけない」を捨てて現場に化学反応を起こす:チェンジウェーブの変革屋、佐々木裕子さん」の後編をお届けします。【前編】はこちらをどうぞ。

日銀からマッキンゼー、直感で歩んだキャリア

三橋:佐々木さんは、昔から起業したいと思われていたんでしょうか。

佐々木:まったくなかったですね。私、まったくキャリア設計をしていなくて、今でも行き当たりばったりなんですけど(笑)もともと新卒で日銀に入ったのも偶然で、あまり確たる理由はありませんでした。今しかないなら入ろうかなって。

日銀の次がマッキンゼーでしたが、深く考えて転職したわけではありませんでした。日銀には5年間いましたが、当時は金融危機の時代で不良債権の真っ只中だったので、まさに「半沢直樹」の黒崎検査官みたいなことをやるわけですよ。私はメガグループの海外部門担当で、海外から撤退する企業のレポートを書く仕事。でも、レポートを書いたからって企業を救えるわけでもサポートができるわけでもない。誰もありがとうって言ってくれない仕事だなって思いました。

もっと高い視点から、「日本国とは」みたいな話ができる自分であれば、楽しんで仕事ができたと思うんですが、あまり抽象的なことで満足できない自分に気がつきました。

顔が見える仕事がしたいと思った。そんな時に、たまたまコンサルティングにいる友人に、佐々木さんはコンサルに向いていると思うって言われてマッキンゼーに入社しました。

三橋:でも、ご自身で必ず動いてらっしゃいますね。違和感か何かをきっかけに。

佐々木:はい、わりと直感派なので。あまりロジックでやっていません。今日の取材に同席してくれている広報スタッフの採用も面接はたった30分。カフェで話して、じゃあ今度からよろしくって即決しました。採用も直感でやっていますが、あまり外れないんですよね。

ソニーの変革室を経て起業、リーダーを変えるという近道

三橋:ご自身の人生を振り返って、大きなターニングポイントと思うのは。

佐々木:それは起業した時ですね。あと、子どもが生まれた時はすごく大きかった。もともとマッキンゼーで9年くらい働いてずっと幸せでした。でも、この先パートナーになっていくかという大きな選択肢があって、いろいろ考えた結果、違うなって思ったんです。そう思った瞬間に会社にも辞めると宣言しました。

当時35歳で、その前に離婚もしていたので独り身だし、大きな人生の転換点だなと。これまで行き当たりばったりでやってきたけれど、このタイミングで中長期的に自分の生き様を考えようと思っていろいろやりました。普段はほとんど読まない自己啓発本を読んでみたり、それまでお会いした素敵な方達に片っ端からお会いしたり。

でも、結局3、4ヶ月考えて自分で腹落ちしたのは、やっぱり自分が得意で好きなことをやらなきゃなってこと。私が得意なことは何かっていうと、マッキンゼーの時に採用や育成もやっていたので、人に関わることでした。その人の変化にこだわること。単純にスキル育成するのじゃなく、その後ろにある企業戦略や中長期な組織の意図、ひとりひとりの人生や想いをすべて踏まえた上で、人の変化に関わっていくことは得意かもって思ったんです。

三橋:それが変革屋という今につながっているわけですね。

佐々木:その人たちが変化して目に見える結果が出るっていう瞬間がとても好きなんです。それをずっとやり続けるってことにコミットしたいなと思って、「変革屋」にたどり着きました。

どうやるかについては、1.それに近いことをやっている会社に勤める、2.会社にそういうポジションを用意してもらう、3.起業する、の3つの手段を考えたのですが、丁度そのときソニーの変革室の仕事のお話があって。これは絶対にやりたいと思って、まずはそこから始めることに決めました。

三橋:ソニー変革室の仕事はその後の起業にどんな気づきをもたらしましたか。

佐々木:当時のソニーの変革室というのは、どんなことであろうと必要な「変革」を仕掛けることをミッションとしていました。ある意味何でもできるし、何でもできないというか。何を仕掛けても良いけれど、自分たちには予算も権限もないので、協力者がいないと何も起こらない。試行錯誤の日々でもありました。

実際にやってみて思ったのは、組織のリーダーから自ら変革を仕掛けていく方が絶対早いし、インパクトも持続性もあるということでした。多くの企業のリーダーが自ら変わるきっかけを作りたい。だとしたら起業だなと。

出産をきっかけにオフィス隣接の託児所をオープン

三橋:お子さんが生まれたのはその後ですか。託児所もオフィスに隣接しているとか。

佐々木:そうですね、出産はチェンジウェーブを立ち上げてからです。起業して自分で走り始めて、当初は私が仕事をする=会社の売上でした。子どもを産み育てるため私が仕事を休むということは、この会社が止まってしまうことなので、なるべくその時間を短くしたい。出産後かなり早いタイミングから子供を見てくれる人が必要だと思いました。

一方で子どもを犠牲にするとは思いたくないから、それ自体が子どもの幸せにもなる形にしたかった。それなら、自分が理想の託児所を社内に作ればいいのだと思いました。誰かに家で子どもを見てもらうより、自分の近くにいて授乳もできるようにしたくて。

たまたま託児所をやりたいという女性に出会うことができて、彼女が会社を辞めて来てくれました。2013年の頭ですね。当時は託児所を大きくするつもりはなかったですが、今は複数のお子さんを預かっています。働くお母さんからのニーズもありますし、ちゃんと複数のお子さんを抱えながら運営することで見えてくることが絶対あると思ったので。

三橋:託児所とチェンジウェーブの変革屋の事業との連携はありえますか。

佐々木:はい。既にそういうプロジェクトが走っています。託児所で育児体験をしながら、女性がキャリアとプライベートの両立についてリアルにシミュレーションしながら自分の人生設計をするというプロジェクトです。とある企業の人事の方からお問い合わせをいただいて実現しました。女性のキャリア間も子育てに対する価値観も、おひとりおひとり本当に多様です。

どうキャリア形成し、どう子育てと両立したいかは、ご自身がご自身と向き合ってプランニングしていく必要がある。ただ、体験してみないと全く想像がつかないのが子育ての大変さです。わからないからこそ、却って不安になりすぎてしまう。だから、実際に子育てを体験していただきながら両立プランニングをすることで、誰もがより確信をもって両立するという選択ができると考えています。

会社は、社員が自分のやりたいことを実現するためのプラットフォーム

三橋:会社のトップにいらっしゃって、悩んだ時はどなたに相談するのですか。

佐々木:友人などに相談することもありますが、多くの場合、会社のことはスタッフ全員と話して決めるようにしています。皆それぞれプロフェッショナルとしてやりたいことがあって、実現したい人生がある。私はそのプラットフォームを提供していると思っています。

私が決めることは彼女達の人生や、やりたいことに影響する。だから、大きな決断をする時はけっこう話して意見を聞きますね。決める人、言われたことを実行する人という関係ではなくて、皆で常に新しいチェンジウェーブを作り続けていくような、そんな会社でありたいと思っています。

三橋:家族のような会社のメンバーにはどんな人材を求めますか。

佐々木:自分が何かの形で日本、世界、社会を良くしたいと思っている方に来ていただきたいと思っています。うちの会社に来てしんどいのは、自分がやりたいことがないことかもしれません。ここは譲れないとか、こういう風に仕事をしたいっていうものがない方にとっては、ある意味つまらないと思うんです。別に指示があるわけではないし、日々の業務が決まっているわけではない。そういう中で自分がやりたいことを見つけて進化していく。

ちょっと青臭いけれど、自分の夢みたいなものがあって、それを恥ずかしくもなく言い、本気でやる。そういうことに抵抗がない人ばかりが集まっています。チェンジウェーブの中で、自分たちも変革できるようにありたいですね。

三橋:過去を振り返って、やり直せるならやり直す大きな失敗はありますか。

佐々木:会社の運営において言うと、一時期すごく忙しすぎた時期がありました。それで私も社員のみんなも体調が悪くて、ちゃんと話すことすらできなかった。会社が何となくドヨンとした感じになってしまって、その時に体調管理はめちゃめちゃ大事だなと改めて思いました。あと、ちゃんと話をする時間が持てないと物事は上手くいかなくなるっていうことも学びました。

娘との関係もそうで、もの凄く忙しかった時に、朝のお迎えも夜の寝かしつけもスタッフにお願いして、ほとんど寝顔しか見てない時期があったんです。そしたら、娘が笑わなくなったんです。これはまずいと思って、自分の仕事する時間を明確に制限して生活を抜本的に変えました。

仕事を遂行していく、お客さんに価値を提供していくというのもとても大事なんですけど、やっぱりそこのエンジンになっている自分たちの一番大事なもの、チームの結束力だったり、自分自身の人生の安定だったり、子どもの幸せだったり。そこを譲らない。その努力はすごく大事だなと思いました。

やりながら進化すれば、近道になる球を打てる

三橋:最後に、これからチェンジウェーブをどうしていきたいですか。

佐々木:大きな話でいうと、オリンピックイヤーの年には、何らかの形で大きく世の中を変えていたいと思っています。それは、子ども達の未来という意味でもそうだし、企業という単位で世の中を変えるということでもある。少なくとも、大きな規模で仕掛けたことが実を結んで、「結構変わったね」っていう形にしたい。

それに向けて、多様なプロフェッショナルに加わってもらって、チームをより大きくしていきたいと思います。また、今の私のネットワークや日本の中だけではなくて、例えばグローバルなファームと提携するなどして多様な人たちとコラボをしていきたいですね。

あとは、託児所と企業や大学の人材育成をもっと沢山つなげたいと思います。子どもが発するエネルギーって大きくて、大人も気づきを得ることがすごく多い。女性のキャリア設計はわかりやすい例ですが、例えばうちの学生インターンの男の子を見ていても人としてすごく成長する。

社内託児所っていう単純なことだけじゃなくて、子どもを育てていくことを、世の中のいろんなコミュニティの人がやっていくことは子どもにとっても幸せのはず。そんな世界を作って行きたいです。

三橋:会社のビジョンに向かって行く際に必要な調整は走りながら、ですか。

「どの球を受けてどの球は見送る」かの判断を誰もが瞬時にできるように、進化の方向や判断軸は明確にするようにしています。細かいプランニングはしません。その通りにやろうと思うと無理が発生したり、目の前にすごいチャンスがあるのにそれを見逃してしまったりすることがあるので。

共有された目標があって、それをみんなが信じていれば、たぶんそれに一番近道になるだろうっていう球がきたときに絶対掴めると思うんです。打席に立たないと成果は出なくて、成果が出なければ世の中に発信もできないし、変えてもいけない。ある意味アジャイル型というか、やりながら進化していくってことかもしれませんね。