国内外の人材業界で積んだキャリアを活かして起業、プロビティ・グローバルサーチの高藤悠子さん【前編】

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Yuko-Takato

プロビティ・グローバルサーチの高藤悠子さん

「先が読めてしまっている感じがしました。自分でゼロからやるならまったく先が見えない。そこが面白いなと思って。日本に帰国してたくさんオファーをいただいて、海外での経験がどれだけ評価されるかを実感しました。でも、先が見えない面白さを選びましたね。」

人材業界で10年以上のキャリアを持つ高藤悠子さん。夫の仕事を機にタイに渡り、一度は専業主婦を試みてみたものの、自分には向いていないと断念。その後、タイに進出してきた日本の人材会社の立ち上げに携わり、執行役員にまでなった。帰国後、国際ビジネス経験者専門にヘッドハンティングを行うプロビティ・グローバルサーチ株式会社を立ち上げる。

人材業界を長く見てきた悠子さんに、グローバルに活躍する人材の共通点、彼女自身が「消去法起業」と呼ぶ自身の起業体験、これから目指すものについて伺ってきました。

女性の活躍が多い人材業界に転身

悠子さんのキャリアは、いすゞ自動車から始まった。もともと海外への関心が高く、当時いすゞはアジアでナンバーワン。念願の海外営業に配属されたものの、当然、製造業ならではのメカニカルな知識が求められる。この舞台で優秀な営業マンになるには技術的知識があまりにも足りないと考え、転職を考えるようになった。

登録した転職エージェントから引き抜きに合い、まずは国内で手に職をつける道を選んだ悠子さん。主にコンサルティングファームやITベンチャーなどにMBA人材を紹介する仕事を任され、着々と実績を上げて行った。順風満帆なキャリアを歩んでいた頃にご主人と結婚し、彼の仕事でタイについていくことに。

「最初はタイで専業主婦を目指して頑張ったんですが、あまり適性がなくて(笑)専業主婦も立派な仕事だと思っていたので、どれだけ出来るか挑戦してみようと思ったのですが。自分が適材適所の仕事をしているので、こんなに向いていない仕事をしていることに違和感を覚えました」

その頃、当時業界3位だった日系の人材会社がタイに進出。すでにアジアではシンガポール、マレーシア、インドネシアにも拠点を持つ優良企業。悠子さんはタイオフィスでの紹介業務の立ち上げを任され、テレアポや飛び込み営業、セミナー企画まで何から何までやった。結局、産休を挟んで6年半ほど勤めた会社で最後は執行役員になり、立ち上げ当初数人規模だった会社は40人にまで大きくなった。

「この日企業のオーナーも女性でした。人材業界は、女性が活躍しやすい環境だと思います。ご登録者の人生のことを考えたり、きめ細かい対応や親身になることが求められる。女性でも、どんどんステップアップしていく方が多いです」

長い会社員生活にピリオドを打ち、起業を選択

出産してからというもの、責任ある立場は変わらないまま時短で働くようになり、一度子育てに集中しようと会社を辞めた悠子さん。ところが、ちゃんと休む間もなく、彼女の頭に「起業」というひとつのキーワードが浮かんできた。その後の日本への一時帰国でも、人材業界の重鎮と言われる人物に「グローバルな人材紹介なら今」と悟られ、自分で何かを始める決意が固まった。

思い立ったらすぐ行動の悠子さん。さっそくタイに帰ってご主人に相談し、その半年後には家族みんなで日本に本帰国。この時、起業という選択肢が自然に思えたことには、ご主人の影響も大きいと振り返る。

 「主人は、タイで父親がつくった会社の経営を任されていました。自営業なので時間的な融通が利いて。会社員として毎晩のように深夜作業に追われる私の姿を見て、普段から独立したら?って言われていたんです。自分には会社員が向いているし、会社の成長が自分の成長。起業なんて私とは別の世界の話って思い込んでいました」

選んだのは、まだ未知のチャレンジ

また、この先仕事に復帰することを考えた時に悠子さんが求めたのは、未知のチャレンジだった。日本国内と海外の人材業界で経験を積んできた彼女にとって、これから別の会社に入ることはその点で少し魅力に欠けていた。

「先が読めてしまっている感じがしました。自分でゼロからやるならまったく先が見えない。そこが面白いなと思って。日本に帰国してたくさんオファーをいただいて、海外での経験がどれだけ評価されるかを実感しました。でも、先が見えない面白さを選びましたね」

 プロビティ・グローバルサーチを立ち上げて1年半。人材業界での経験が全て役に立っていると話す悠子さん。起業は彼女のイメージ通りだったのか。それとも現実は全く違うものだったのか。

「私の場合、起業のための勉強をしたこともないですし、そもそも「起業」のイメージすらなかったので。私は「消去法起業」って言ってるんです。主婦もできないし、会社員もできないし、だったら起業するしかない(笑)だから、理想と現実のギャップに悩むこともなかったです」

後編につづく。