未就学児の子どもに、音楽と触れ合う場を年間100回以上届けるNPO「みんなのことば」渡邊悠子さん【前編】

SHARE:

めずらしく電車を乗り過ごしてしまい、息を切らして初めて降り立った大江戸線門前仲︎町の駅。早歩きで10分もすると、その日のコンサート舞台の保育園に到着しました。

入り口付近まで、お母さんと一緒に腰掛ける子供たちで溢れる保育園の一室。部屋の奥には、おとなの付き添いなしに座る子供たちの姿も。そんな子どもたちの視線の先には、男性はスーツ、女性はロングドレスを見にまとった4人のプロの若手音楽家。

由緒正しいクラシックから、となりのトトロの「さんぽ」まで、時に耳覚えのある音色で、時には遊び心が効かせたアドリブで子供たちのために演奏していきます。目の前で奏でられる音楽に耳を傾ける、というよりは全身で反応する子どもたち。

Minna-no-Kotoba-kidsNPO「みんなのことば」のコンサートを楽しむ子どもたち

先日、年間100回のコンサートを開催するというNPO団体「みんなのことば」のコンサートにお邪魔しました。その中心で、子供たちの注意を引きながら会話のキャッチボールをし、にぎやかなコンサートをうまく進行させて行く女性の姿がありました。みんなのことば、略して「みんこと」の代表理事の渡邊悠子さん。みんなのことばは、今日ちょうど5周年を迎えました。

コンサート後、近くのカフェで悠子さんにお話を伺いました。インターンとして入った会社を、後に社長として引き継ぎ、その中で子どもに生演奏を届ける今の活動に目覚めたそう。「みんなのことば」という団体名称には、音楽が言語を越えた世界共通言語であるという彼女の実体験が込められています。

未就学児に生演奏を届ける「みんなのことば」

三橋:初めまして。まずは自己紹介をお願いします。

渡邊:NPO「みんなのことば」の代表理事をしている渡邊悠子です。プロの音楽家の皆さんと一緒に活動していて、0歳から6歳までの未就学児に、生の音楽を通して感性や心を育てるための活動をしています。2009年の3月に立ち上げたので、丸5年になります。あっという間ですね。

三橋:みんなのことばの活動拠点は東京ですか。

渡邊:そうですね、東京23区内の幼稚園や保育園がほとんどなんですけど、震災以降は東北でも活動をしています。

三橋:生演奏の依頼は、公式ウェブサイトを通してくるんでしょうか。

渡邊:ウェブサイトもあるんですけど、口コミでじわじわ広がっている感じです。保育園の先生や、お母さんたちからご依頼いただくことが多いですね。

インターンとして入社した会社で社長を引き継ぐ

三橋:みんなのことばを始める以前はどんなお仕事を?

渡邊:学生の頃にさかのぼってお話すると、当時ちょうど就職氷河期で。これはヤバいと思って、社会人経験をするためにベンチャーでインターンを始めたんです。音楽家の派遣ビジネスの会社で、結婚式やイベントの生演奏、音楽家庭教師の派遣なんかを手掛けていました。入ってみたら仕事がめちゃくちゃ面白くて、他のアルバイトも全部辞めてのめり込んでしまって。

三橋:そのお仕事のどんなところが魅力でしたか。

渡邊:それまで接客みたいなアルバイトしかやったことがなかったので、自分が営業として提案して、お客さんが喜ぶ姿を見ることも嬉しかったし、小さな会社だったので会社の回り方みたいなものが見えたからかな。バリバリ社員以上に働いて、そのまま会社を引き継いでしまったんです。

三橋:社長になられた?

渡邊:そうです。そのまま就職活動をしようかなって思っていたら、その時の女性社長が、自分は次のビジネスをやるから「この会社の社長をやりたい人!」って募集をかけて。社員として働いていて急に社長になると思うとハードルが高いけれど、学生のわたしには、「え?手を挙げたら社長をやれるの?」ってチャンスだと思いました(笑)

会社を立て直して目覚めた、子どもと生演奏が起こす化学反応

三橋:インターンからいきなり社長になられたんですね。

渡邊:でも、インターンをやっていたと言っても、何も知らない学生が急に社長になったものだから、社員の人たちはみんな辞めてしまいました。1ヶ月後には、7人いた社員がわたし一人になってしまって。仕事に追われながら、学校の試験も重なって大変な時期もありましたね。

三橋:あ、そうですよね。まだ在学中ですよね。

渡邊:それでも、自分より年下のインターンに入ってもらったりしながら人を増やしていって、1年半くらいかけて元の会社以上の状態にするところまで持って行きました。結局4年半くらい音楽の派遣ビジネスをやる中で、みんなのことばの活動を見つけたんです。

まさに今日見ていただいたような、子どもが生演奏に触れたときの化学反応というか。子どもの表情がパッと変わって、まだ言葉を発さない子どもが身体で感情表現をする様子だったり、憧れや夢を持つ姿を目の当たりにして。すごく意味のあることだし、この会社としてやらなきゃいけないことかもって感じました。

三橋:なるほど。

渡邊:あとは、今日演奏してくれていたような若い音楽家が活躍できる場を増やしたいという思いもありました。みんなフリーでプロとして活動しているけれど、それこそオーケストラの一員のような安定した道はすごく狭き門だから。演奏で生活をしていきたくて努力している人たちと、子どもたちが化学反応を起こせる場所をつなげる。そんな新しい価値を作っていきたいなと。

感性を育てる一番大事な幼少期に生演奏を届ける

三橋:活動に本腰をいれるために、会社からNPOに?

渡邊:子ども向けのコンサートをやりたいけれど、0歳から6歳の未就学児に関しては予算がまったくないんです。例えば、ママがお腹の中の赤ちゃんに音楽を聴かせるみたいに、みんな音楽や生演奏がいいことはわかっている。国としても大切な心の教育の一環として、小学校からは文科省による芸術鑑賞の予算があります。

三橋:そうなんですね。

渡邊:でも、感性や心を育てるという意味では、0歳から6歳の時期がいちばんピークで、80%を占めると言われています。試行錯誤しましたが、ビジネスとして続けていくことの難しさを感じて、賛同してくださる方の支援を得ながら続けられるNPOを立ち上げることにしました。

三橋:演奏家の方たちも、みんなのことばの目的に賛同してくれる人たちなんですね。

渡邊:そうですね。前の会社には音楽家の登録者が2000人いましたが、当然こだわる音楽家の方もたくさんいる。音響や湿度も整った環境で、黙って聴くお客さんを相手に演奏したいとか。でも、今日見ていただいた通り、みんなのことばの活動の舞台は基本的に幼稚園や保育園です。また、一緒に手をたたいたり、笑ったり、子どもたちなりに自由に音楽を楽しむ感じなので(笑)

三橋:たしかに子どもたちがだいぶにぎやかに楽しんでましたね(笑)

渡邊:そうなんです。でも、距離が近い分、より音楽が伝わったり、夢や希望、感動そのものを与えることができる。目には見えないものだけれど、そこに価値があると思っているので、その哲学に賛同してくれる音楽家と活動を続けています。最初は賛同者を集めるのに苦労しましたが、徐々に良いネットワークが育ってきているかなと思っています。

後編につづく。