皆さんが活き活きと仕事をすることが私の仕事:精神科医で産業医のプロヘルス代表、石井りなさん

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OLYMPUS DIGITAL CAMERA精神科専門医で産業医、プロヘルス代表の石井りなさん

24時間休まず稼働するデジタルサービスで勝負するITの業界では、労働時間が必然的に長くなってしまいがち。結果として、鬱などに悩む人材を抱える企業も少なくありません。

またメンタルヘルスの不調は、企業の社風と、本人の価値観や仕事に求めるものとが一致していないことでも発生します。企業のメンタルヘルスを改善し、将来に向けて強化することに取り組むプロヘルス代表で産業医の石井りなさんにお話を伺いました。

データだけでは診断できない精神科を志す

三橋:日経BP社のヒューマン・キャピタル・オンラインで、石井さんの「メンタルヘルスにまつわる産業医からのアドバイス」というコラムを拝読しました。石井さんは、精神科医でもいらっしゃると伺いました。なぜ精神科医になろうと思ったんでしょうか。

石井:研修医になると、初期臨床研修でいろいろな科を回ります。当時必須だった精神科に行った時に、直感的に面白いと感じました。他の科は、発達した医療機器を使って、多くの検査値や客観的データを元に判断ができます。

一方、精神科に関しては、画像検査などはあるものの、データだけで診断することができない部分が多いのです。お会いした中での、患者さんの対応や行動特性などを見ながら、治療に結びつけて行く。自分の面接技術や感覚が診断治療の大きな割合を占めるところが、面白いなと思いました。

三橋:それを自分の力量が試されるという風に捉えたんですね。その後、産業医を目指した理由は何でしたか。

石井:診療をしていくなかで働き盛りの30代40代がメンタル不調で働けなくなることを目の当たりにして、復職支援や働く人の現場に寄り添ったサポートをしたいと思うようになったからです。そもそもの問題が職場に起因していることも多かったので、企業に入って改善に取り組める産業医なら、より大きな範囲で変化を起こせると考えました。

平均3ヶ月の復職を実現した産業医導入の実例

三橋:従業員のメンタルヘルスは、企業規模に関わらず、どんな会社にとっても大切なテーマだと思います。会社側はどんなことに気をつけるべきなんでしょう?

石井:産業医として仕事上の配慮を提案しにくいのは、企業の社風と、本人の価値観や仕事に求めるものとが一致していない時です。逆に言うと、そこが一致していることが雇用主と従業員の双方にとって最良の状態だと言えます。ポストが限られている中小規模の企業こそ、採用時のコミュニケーションは特に大切だと感じています。

三橋:産業医というプロフェッションにあまり馴染みがないのですが、具体的にはどんなことをするんですか。

石井:従業員が50人以上いる企業は、産業医を選任することが法律で義務づけられていて、産業医による月1回の訪問が定められています。定期的に企業を訪問しながら、企業の体制や健康管理の仕方を包括的にコンサルティングすること、また、不調者の方と個別に面談して対応すること。主にはこの2つですね。

三橋:産業医さんが入ることで、企業の健康管理が大幅に変わったような具体的な事例について聞かせてもらえますか。

石井:従来、不調者が出てから都度都度対応を考えていた企業さんがいらっしゃいました。私たちはそこに入らせてもらって、不調者が出た場合の対応フローを作成しました。その流れを社員の皆さんにも周知していただくことを徹底しました。

その結果、産業医への相談件数も増えて、病気になる手前で相談に来てくれるようになり、改善につながりました。また、メンタル不調や鬱で休職に入る人の数が一瞬増えたのですが、その理由はこの仕組みを知って自ら手を挙げてくれる人が増えたからです。

でも、休職に入った後も産業医がフォローして復職への道のりをサポートすることで、用意している半年間の休職期間より圧倒的に短い、平均3ヶ月で復職できるようになりました。

個々の企業に応じて提案するメンタルヘルス対策

三橋:休職期間が半分の長さにまで短縮されたのは、大きいですね。一般的に、IT企業の労働時間は長いと言われたり、そこから生じて鬱になる人も多いと言いますが、メンタルヘルス対策というのはそれを未然に防いでくれるものですか?

石井:メンタルヘルス対策は、一次予防、二次予防、三次予防に分けられます。三次予防というのは、既に具合が悪くなってしまった後にどう対処するか。復職した後の再発予防もここに含まれます。二次予防は、早期発見・早期対応で、休職に入る手前で不調を発見して改善してあげるもの。一次予防というのは、そもそも社風や職場の環境、労働時間を含めて、メンタル不調が起きづらい環境を創ろうという未然の対策を指します。

三橋:なるほど。お話を伺っていると、企業の人事の方との協力体制で進んでいく感じがします。それに、企業のメンタルヘルスのあり方そのものを改善するとなると、かなりの長期戦の勝負ですね。

石井:そうですね。それに多くの場合、企業への訪問は月に1回なので、1年〜5年というスパンをかけて取り組んでいくものが多いです。企業ごとのマンパワーや余力を確認しながら、短期目標と長期目標を立てて取り組んでいきます。

三橋:お恥ずかしいながら、今日お話を伺うまで産業医さんという職業を理解していませんでした。

石井:まだまだ、事案が出た時だけ対処してくれればいいという危機感を持たない企業さんもいらっしゃるので、今後はもっと産業医について啓蒙していくことも必要だと思っています。

また、50人未満の小さい規模の会社では、産業医と契約する義務はないのですが最近増えています。その他、50人未満の会社では地域産業保健センターというところで、従業員の健康相談やメンタルヘルス対策について無料で相談や支援を受けることもできるんですよ。

女性の労働力の増加とともに高まる女性産業医のニーズ

三橋:石井さんは以前から起業しようと思っていましたか。

石井:まったく思っていなかったですね(笑)産業医として仕事をするうちに、起業という形も一つの手段かもしれないと意識するようになりました。周囲に、男性産業医で独立されている方が多くて、彼らのプロ意識に感銘を受けたんです。

産業医には、人材派遣型で仕事をしている方も多くて、私自身、最初の頃はそうでした。でも、仕事がなんだか物足りなくて、また企業もどこか不満そうで。女性医師のニーズは確実にあるし、周りにも独立している人がいる。じゃあ、女性という特色を活かして自分もやってみようと決心しました。

三橋:なるほど。産業医さんの普段のライフスタイルについて聞かせてほしいです。

石井:専門職なので、子どもがいても比較的働きやすく柔軟です。そして自分の裁量権も大きいです。また、人によっては週1回だけ働くとか、週2日午前中だけ働くなど仕事のペースを選ぶ方もいらっしゃいます。結果的に、子育てと仕事を上手く両立している人が多いです。

三橋:ママやパパにとっても働きやすいプロフェッションだと。

石井:そう思います。病院で働いていると、学校の保護者会や行事がある時に休むことを言いづらい方が多いのですが、産業医の場合は月何社担当するかを自分のペースに合わせて決めていけばいいので、工夫次第では両立できると思っています。

三橋:女性の産業医さんって多いんでしょうか。最近、日本にも女性の力をもっと活用しようという流れがありますが、企業が女性の産業医さんを希望することもあったり?

石井:女性の産業医のニーズは最近すごく増えています。企業で働く女性社員さんも増えていますし、妊娠や産後、育児のことなども女医さんのほうが相談しやすいようです。今後は、うちの会社としても女性医師の雇用を生み出していきたいと思っています。

三橋:石井さんの今の会社の、その他の産業医に比較した大きな差別化のポイントはどこですか?

石井:アプローチや個性が異なる先生たちが集まってくれていることと、チーム制で動いていることが大きいですね。一人の先生に任せたら任せっきりではなくて、お互いに企業訪問の内容を報告し合ったりディスカッションしたりして最適な方法などを導いていきます。情報や状況を共有しているため、本部に担当者が不在でも対応することができて企業の安心にもつながります。

限られた労働力の健康をいかに守るか

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三橋:石井さんはご結婚もされていてお子さんもいらっしゃいますが、旦那さまは起業の決断をサポートしてくださいましたか?

石井:主人は、私の仕事に理解があるので助かっています。お互いに夢というか目標がはっきりしているので、同士というか運命共同体として家庭も子育ても二人で力を合わせて取り組んでいます。

くじけそうになることもありますが、そんなときはお互いに励まし合いながら、今まで来ています。もし、送り迎えは絶対母親がやるべきとか、家事は女性がやるのが原則といった考えでは、起業は無理だったと思います。

三橋:たぶん、そうだったら、そもそも一緒にならない気がします(笑)起業してからの経験を振り返って、やり直せるならやり直したいことはありますか?

石井:あまりないですね。過去をあまり振り返らないタイプなんです。もちろん反省点を次に活かすことはしますけど、起きてしまったことに関して「あの時、こうしていれば」って思うくらいなら、今後そうすればいいって思います。

三橋:ポジティブですね。ポジティブに考えることって訓練して習慣化できるものなんでしょうか。

石井:訓練もひとつあると思います。認知療法では、精神科医と一緒にそうした訓練をします。ビジネス上はポジティブであるに越したことはないかもしれませんが、必ずしもすべてをポジティブに捉える必要はないんです。極端ですけど、沈みかけている舟に乗っているのに、「大丈夫、沈まない」って必死に考えて逃げないのは逆に危険ですよね。常にポジティブというよりは、状況に応じて柔軟に考えて、妥当な対処ができることが大切ですね。

三橋:確かにそうですね。最後に、石井さんがこれから目指すことを教えてください。

石井:まだまだ数名で運営している事業になので、これからもっと一緒にコミットしてくれるメンバーを増やしていきたいです。世間での産業医の認知がもっと高まるように啓蒙していきたいですし。

日本の労働力は減る一方ですし、これから限られた労働力の健康をいかに守るかが鍵になってきます。皆さんが活き活きと仕事をして、将来の病気をいかに予防するかが私の仕事だと思っています。

三橋:本日はどうもありがとうございました。