世界を旅する人にとって、訪問先のリストの中から外すことができない街があるとすれば、その一つはイスタンブールだろう。そこはヨーロッパとアジアをつなぐ街であり、シルクロードの終点であり、地中海や中東の国々の人々が行き交う。トルコの人口は約7,500万人と比較的大きいため、トルコのスタートアップはトルコ市場をターゲットにしたものが多い一方、近隣諸国のスタートアップがこの地に集い、独特のメルティングポット的なスタートアップ・コミュニティを作り上げているのも事実だ。
今年2月、筆者はトルコの保養都市アンタルヤで開かれた Startup Turkey というイベントを訪れた。このイベントを主催したのは、イスタンブールのインキュベータ eTohum(ちなみに、tohum とはトルコ語で「種やシード」の意味)で、ターキッシュエアラインズの機内エンターテイメントでスタートアップのピッチが見られるサービス「Invest on Board」なども展開している。
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Startup Turkey ではトルコの起業家が地元やヨーロッパの投資家から資金調達の機会を獲得することにフォーカスしているが、中東や西アジアの起業家が互いに知り合うために、eTohum がよりカジュアルな場を提供しようとして始めたのが Startup Istanbul だ。第一回が今年9月に開催され、日本のスタートアップ・シーンについての知見を披露してほしいとの依頼で、筆者も招かれることになった。
パネルやピッチセッションには、500 Startups の Dave McClure、Justin.tv 創業者で Y Combinator のパートナーである Michael Seibel も招かれ、中東のスタートアップ・シーンにシリコンバレーの流儀を広く知ってもらおう、という意図も隠されていたようだ。
その地域のスタートアップ・イベントのピッチに登壇したスタートアップを知れば、その地域のスタートアップ・シーンやトレンドが見えて来るというのが筆者の信念なので、例によって、Startup Istanbul のピッチ・コンペティション「Startup Challenge」に登壇したスタートアップの中から、入賞表彰された4チームをビデオ付きでご紹介したい。
〈第1位〉 Connected2.me(トルコ)

世の中に存在するチャットアプリは、ハンドルネームであれ、実名であれ、自分の素性を明らかにする必要のあるものがほとんどだ。対して、全く個人認証をしないしくみであれば、無責任のあまり相手のことを誹謗中傷するなど、ユーザが不愉快な思いをすることになってしまう。
Connected2.me は Facebook 認証しながらも、ユーザは互いのハンドルネームや実名を公開することなくチャットすることができる。タブーの多いイスラム圏においても、匿名性を担保することで自由闊達な意見交換やコミュニケーションが可能になる。
〈第2位〉 Lix Pen(イギリス)
3Dデータを作成するのは手間のかかる作業だ。既に形のあるものであれば3Dスキャナで取り込めるが、そうでなければ、3D CAD を作ってデータを一から作り上げなければならない。メモ用紙とペンがあれば、簡単にアウトプットが製作したり複数が作れたりする 2D の世界とは大きく異なる。
Lix Pen は立体を描き上げながら、3Dデータを取り込むことができるペンだ。ペン先からは特殊なインクが出て立体が形成されてゆき、ペンからは USB 経由でその動きが3Dデータとしてパソコンに転送される。この3Dデータを補正して3Dプリンタに流し込めば、立体を簡単に複製することができる。3D CAD に不得意な人でも3Dデータを簡単に作成できるので、3Dプリンティングの可能性を飛躍的に高めることができるだろう。今年5月に行った Kickstarter での資金調達キャンペーンでは、3万ポンドの目標額に対し24倍以上の73.1万ポンドを集めた。
〈第3位〉 Silkroad Images(ヨルダン)
Silkroad Images はアラブ特化型の写真販売サイトだ。2011年にヨルダンでローンチし、400人の写真家が登録、85,000枚以上の写真が常時アップロードされている。最近、500 Startups のインキュベーション・バッチに参加、これまでにヨルダンのインキュベータ Oasis500 や 500 Startups などから累積総額45万ドルほどの資金を調達している。
CEO の Riham Mahafzah に聞いたところ、資金調達の関係などもあり、現在はヨルダンやトルコよりもサンフランシスコで活動していることが多いとのことだ。世界的な写真販売サイト Shutterstock などを見ていても、写真は欧米中心で中東やアラブ社会のものは少ないことから、このニッチに対するニーズは中東に限らず世界中に潜在していると考えられる。
〈特別賞〉 ZarinPal(イラン)
ZarinPal は、イラン国内向けのオンライン決済プラットフォームだ。欧米をはじめ西側諸国であれば、日常的に Visa や MasterCard が使える。送金においても Swift などの銀行間決済システムが使える。しかし、イランではそうはいかない。イランの人口は7,700万人、その約半数がインターネットにアクセスできるので、インターネット人口で言えば、東南アジア最大の市場とも言えるインドネシアをも凌ぐ。このようなポテンシャルの高い市場で栄えるのはEコマース。したがって、ZarinPal は、Eコマースとは切っても切れない関係にある決済ビジネスが大きく伸びるだろう、というシナリオに基づいたビジネスだ。
Visa や MasterCard、あるいは、海外のオンライン決済システム会社が本格的にイランに進出するときには、おそらく、ZarinPal は買収/統合されるという運命をたどるのだろう。近年、決済系事業を営むスタートアップはバリュエーションが高くなる傾向があるが、イランのようにインターネット人口が多い割に決済システムや物流サービスが未発達の国においては、この種のスタートアップの動向に要注目である。
本稿では入賞したスタートアップ4チームのみを紹介したが、それ以外にも11のチームがエジプト、インド、パキスタンなどから登壇していた。彼らのピッチの模様も収録してあるので、興味のある読者はチェックしてみてほしい。
なお、次回の Startup Turkey 2015(前述したように、Startup Istanbul ではない、スタートアップの資金調達を意図したイベントの方)は2月26〜28日にトルコのアンタルヤで開催される予定だ。シンガポールで開催される Incubate Camp Asia(2月25日)や Asia Leaders Summit 2015(2月27〜28日)とスケジュールが重なっているが、幸いシンガポールとトルコの間には、ターキッシュエアラインズがオーバーナイトの直行便を飛ばしており、時差も手伝って、これら全てのイベントを制覇するのも不可能ではなさそうだ。Startup Turkey からは、日本からも投資家や起業家を呼びたい、日本にフォーカスしたパネル・ディスカッションを企画したいと聞いているので、参加に興味のある読者がいたら教えてほしい。
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