「日中間のビジネスをもっともっと盛り上げたい」ーー隠れたキーマンを調べるお・メタップス婁飛(ロウ・フェイ)氏インタビュー

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編集部注:「隠れたキーマンを調べるお」は、国内スタートアップ界隈を影で支える「知る人ぞ知る」人物をインタビューする不定期連載。毎回おひとりずつ、East Venturesフェローの大柴貴紀氏がみつけた「影の立役者」の素顔に迫ります。

アプリ収益化サービスをいち早くリリースし、グローバルにサービスを展開するメタップス。特にアジア圏内は重要なエリアとして設立から注力していたように感じます。メタップス佐藤航陽CEOを支え、中華圏の事業戦略という重要な任務を担当する事業統括部中華圏事業戦略チーム部長の婁飛(ロウ・フェイ)さんにお話を伺ってきました。

大柴:今日はよろしくお願いします。

フェイ:よろしくお願いします。

大柴:日本語上手ですね。

フェイ:11歳から日本語を勉強していました。東北育才学校というのが中国瀋陽にあって、そこに入るために勉強し始めました。数学オリンピックを目指すクラス、エンジニアを目指すクラス、英語のクラス、日本語のクラスと4つのクラスがあり、私は日本語クラスに入りました。

大柴:なるほど。その育才学校というのは当然入るのが難しいんですよね。

フェイ:そうですね。最初に3,000人くらいが受験して300人が合格します。この300人が4クラスに分けられます。英語のクラスが一番人気がありました。で、私は先ほどお伝えした通り、日本語のクラスに入りました。そこから試験をしてさらに30人程度に絞られ、高校入学時にさらに4分の3に絞られます。

大柴:入学するだけじゃなくて、そこからも大変なんですね。授業もハイレベルなんでしょうね。

フェイ:そうですね。東大に留学するための授業を受けていました。中2で日本語能力テストで1級を取りました。日本の大学に入学するために必要でしたので。

大柴:日本語検定1級を中2でですか。すごい。

フェイ:成績優秀者3名が「大友太郎記念中国育才奨学助成」を受けられるのですが、そこに選ばれ日本に来ました。半年は日本語学校に通い、99年4月に東大工学部に入学しました。ちなみに育才学校のクラスメイト30人のうち10人くらいは東大に入学しました。

大柴:凄いなぁ・・・。

フェイ:3年になりシステム創成学科に入りました。システム創成学科一期生だったんです。

大柴:へー。そうなんですね!

フェイ:大学院では茂木源人先生の下でリアルオプション、自然エネルギー、工学、金融などを学びました。

大柴:就職活動はどうされたのですか?工学系?金融系?

フェイ:最初は金融系にいこうと思っていました。それでインターンをしてみたのですが、違和感を感じまして。そのあとコンサルティングファームを受けてみました。

大柴:コンサルはどうでしたか?

フェイ:面接した後の感触は「これは落ちたなぁ」って思ったんです。でもその日の夜に「内定」って電話をもらいました。ビックリしました。同期は10数人くらい。freeeの東後さん(freee取締役COOの東後澄人氏)は同期です。

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大柴:freeeの東後さん、以前に「隠れたキーマン」で取材しましたよ!

フェイ:あ、そうなんですね(笑)。

フェイ:2005年4月にマッキンゼーに入社しました。そして研修が終わってすぐにドイツに派遣されました。アジアハウスというアジアと欧州の架け橋になるようなプロジェクトで、日本、韓国、東南アジアからコンサルが派遣されていました。

大柴:具体的にはどんなことをされていたのですか?

フェイ:私はドイツ企業の中国展開をサポートしていました。

大柴:ドイツでの勤務はどうでしたか?

フェイ:まず英語が身に付きましたね。あとはマネジメントの違いを勉強できたのは大きかったです。日本ではマイクロマネジメントが多いのですが、ドイツは違う。まず大きなビジョンを示してから、そこから落とし込んで目の前のタスクを教えていく。それが勉強になりましたね。

大柴:どのくらいドイツには赴任されいたのですか?

フェイ:11ヶ月です。2006年の夏に帰国しました。それからは仕事を選ばずいろいろやりました。相当忙しかったし、タフな期間でした。その後2008年にアソシエイトに昇格しました。アソシエイトはある程度自由がきくんです。

大柴:一息ついた感じですね。アソシエイトになってどんな業種を担当されていたのですか?

フェイ:インダストリーとしては自動車とハイテク関連です。ファンクションはオペレーション、ストラテジーです。

大柴:なるほど。そういうマトリクスで選ぶんですね。勉強になります。

フェイ:そうなんです。その時期は主に中国関連の仕事をしていました。やはり中国関連のグローバルな仕事をするのが自分の使命だと思っていますので。

大柴:2011年に転職しますよね。そのきっかけは?

フェイ:その頃にEM(エンゲージメント・マネージャー)になりそうなタイミングだったんです。そのままマッキンゼーでやっていくか、どうするかを考えた時に「そろそろ実務がやってみたいな」って思ったんです。

大柴:ほう。

フェイ:ちょうどその時にとある知人からDeNAを紹介され、転職することになりました。2011年8月から中国DeNAのVPとして赴任しました。最初は30人くらいしかいなかったのですが、去年の春には250人くらいの規模になりました。急拡大のタイミングに立ち会えたのはよかったです。そこではプロモーションやアライアンスなどを中心にブランディングなど幅広い業務をやりました。中国での日本のゲーム展開や中国のゲームを日本に輸出することなどもやりましたね。

大柴:なるほど。

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フェイ:2012年10月には台湾、香港、マカオという繁体字圏の責任者になり、その期間は業績を伸ばすことに成功し、2013年4月に帰国しました。帰国したし、新たなチャレンジのタイミングかなって思っていました。

大柴:そしてメタップスですね。

フェイ:今メタップスの上海オフィスにいるリチャードさんから声がかかったんです。それですぐに(メタップス代表取締役CEOの)佐藤に会わせてもらいました。翌日久野(メタップス取締役の久野憲明氏)、さらに次の日には山崎(メタップス取締役CFOの山崎祐一郎氏)に会い、再度久野と話した後に月次の納会に参加しました。そしてすぐにメタップスに入ることを決めました。

大柴:佐藤さんに最初に会ってどう感じましたか?

フェイ:最初に会った時、一時間くらい語られたんです(笑)。いや、単純に「凄いな」って思いました。凄い考えているし、先の事を数字から落とし込み、マイルストーンも設定し、明確だった。夢のような話だけど、実現可能だと感じる事ができた。全てを正直に話してくれました。

大柴:なるほどなるほど。

フェイ:佐藤の凄いところは大きく3点あります。一つ目は「先見の明がある」ところです。1年や3年ではなく、もっと先。世の中の流れを感じる事ができる点。二つ目は「懐が深い」ところ。任せたら最後まで任せてくれる。苦難に陥ったら一緒にやってくれる。リスクをおってくれる。三つ目は「実力がある」ところです。いろんなスキルが高い。特に問題解決力。

大柴:なるほど。そういうところを感じてメタップスに転職を決めたのですね。

フェイ:そうですね。さらに久野や山崎やその他のメンバー。このチームと一緒に仕事をしたいなと思ったんです。

大柴:今はどんな業務をされているのですか?

フェイ:中華圏(中国、台湾、香港)にかかわる業務全般です。プロモーションはもちろん、中国企業と日本企業のアライアンスなどもやっています。メンバーは上海、台北、香港合わせて10数名弱です。

大柴:今後メタップスの一員としてフェイさんがやっていきたいことは何ですか?

フェイ:日中間のビジネスをもっともっと盛り上げていきたいです。モバイルインターネットという業界の中で重要な役割を担っていると感じています。メタップスのサービスを用いて、日中クロスボーダーで展開し、みんなの成功を支えていきたいと思っています。それが自分の役割です。今までの経験や経歴をふまえて、自分が最も活躍できるのはグローバル、特に中国ビジネスです。その分野を中心に会社に貢献していきたいです。

大柴:個人的には今後の夢などは?

フェイ:いろんな人に喜ばれたいです。「ありがとう」を言われたい。自分の影響の範囲を広げていきたいです。超個人的にはお店を作りたいですね(笑)。みんなが集まれる場を作っていきたいなと思っています。

大柴:なるほど。今日はありがとうございました!

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