目指したのは人間らしさの実装ーー開発に2年を要したビジュアルコミュニケーションアプリ「Picsee」

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共同創業者の遠藤拓己氏(左)とドミニク・チェン氏(中)、取締役の山本興一氏
共同創業者の遠藤拓己氏(左)とドミニク・チェン氏(中)、取締役の山本興一氏

2009年に後悔したことやショックを受けた出来事などを匿名で投稿できる「リグレト」というコミュニティサービスが誕生した。残念ながら大きくヒットすることはなかったこのサービスを開発していたのは、ディヴィデュアルという会社だ。

ディヴィデュアルは、コンピュータ上でのタイピングを時間情報とともに記録・再生するソフトウェア「TypeTrace」の開発なども行っているウェブ系ベンチャー。同社は「いきるためのメディア」を開発することをコンセプトに掲げている。同社は、共同創業者たちからして興味深い。2008年4月にアーティストの遠藤拓己氏と研究者のドミニク・チェン氏によって創業された。

同社が開発した「リグレト」の画面
同社が開発した「リグレト」の画面

遠藤氏は大学を卒業後、文化庁派遣芸術家在外研修員として、英国、インド、フランスに留学していた経歴を持つ。以降、フランス外務省招聘作曲家、財団法人ポーラ美術親交財団在外研修員などを歴任してきた。独立行政法人情報処理推進機構(IPA)の未踏ソフトウェア創造事業に採択されており、スーパークリエイターとして認定されている。

ドミニク・チェン氏は、東京大学学際情報学の博士号を持ちながら、NPO法人コモンスフィア(旧クリエイティブ・コモンズ・ジャパン)理事を務めている。同氏による『DOTPLACE』での連載「読むことは書くこと Reading is Writing」は非常に興味深い。

共同創業者のプロフィールからも、ユニークなベンチャーであることがわかる同社には、これまでにエンジェル投資家が何人か出資している。SmartNews代表の鈴木健氏、DeNA共同創業者の川田尚吾氏、MIT Media Lab所長の伊藤穰一氏、FreakOut代表の本田謙氏、 East Ventures/クロノスファンド パートナーの松山太河氏、Inspire副社長の見満周宜氏など錚々たる顔ぶれだ。

そんな彼らが2014年の終わり、12月24日のクリスマスイブに、新たなサービスをリリースした。「Picsee」というビジュアルコミュニケーションサービスだ。話を伺ってみると、彼らの強みを活かしたサービスであるように感じる。まずはどのようなサービスか紹介していこう。

ビジュアルコミュニケーションサービス「Picsee」

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「Picsee」はアカウントを作成すると、友人とグループを作成する。グループの作成には写真が一枚必要になる。ユーザはグループのメンバーに見せたい写真を、撮影した瞬間に共有することができる。

テキストなしで、写真のみをまず共有する。それをきっかけに互いにコメントを付け合い、コミュニケーションをすることもできるが、あくまでその瞬間の写真を送ることがメインとなっている。写真を撮ってから共有するのではなく、撮影と共有が同時になっており、写真で語り合うようなサービスとなっている。

picsee

ディヴィデュアルの面々は加工せず、その場の写真を共有する体験を「デジタルな生写真」と呼んでいるそうだ。ドミニク氏は同サービスについてこのように語る。

ドミニク氏「関係の近い人たちと、またはこれから仲良くなろうとする間柄で使ってもらえたらと思っています。今見たものを、生のまま送る。そこから「生写真」という表現をしています。加工されない写真を、その場で送る。

自分のために写真を撮ってくれた、そのアクションが嬉しいもの。相手が今見ているものを送られてくることで、相手の視覚を通じて世界を見て、それが溜まっていくことでコンテキストが生まれ、それを通じて仲良くなっていきます」

グループ内での共有と、生写真での共有に軸を置くことで、「Instagram」など加工した写真をパブリックにシェアするサービスとはユーザの利用シーンが異なってくる。多くの人に見せたい写真は”お化粧”をして既存のSNSへ、そしてグループメンバーだけに見せたい写真は”素の状態”で「Picsee」へ、といった具合に。

2年の月日をかけて開発

一見、シンプルに思えるこのサービス。プロトタイプの作成は1時間で終わったものの、その後2年間の開発期間があったという。友人や知人、家族に使ってもらい、コンセプトの確認をしながらどこに価値があるのかを探ってきていたそうだ。

ドミニク氏「最初は、娘の写真を妻と共有するのに困ったという体験から着想しました。互いにスマホで大量に写真を撮りつつも、iPhoneの本体の中で送信されずに死蔵してしまっているものが多い。それを何とか共有できないかと考えたものの、DropboxなどではUXがビジネスユース過ぎる。これを解決するサービスができないか、と考えました。

写真の質は下げず、かといって同時性を重視するために、送信には時間をかけないように。そこのバランスをギリギリのところまで追求しました。地方からでは送るのに時間がかかることもわかり、3G回線でも快適に利用できるよう改善し、シャッター速度、フォーカスの性能、撮影から送信までの快適さ、セキュリティ面など、様々な改良を重ねてきました」

ドミニク氏は、自分と妻、そして双方の実家とでグループを作成し、写真を共有している。東京、長野、神戸でバラバラにいながら、同時に娘の写真をきっかけにコミュニケーションをとっているそうだ。

このエピソードからは、子育てに特化した写真アプリ「Famm」などを思い浮かべる。だが、「Picsee」では、写真をきっかけにコミュニケーションすることが前提であり、グループで写真がストックされていくのは結果的なものだ。実際、ドミニク氏は家族の他にも、多くの友人たちと複数のグループで日常的にコミュニケーションしている。

このスタンスの違いは2年間の開発期間に色んなユーザに使ってもらうことで徐々に明確になってきたものだ。コンセプトや軸となる考えは、その後のサービス展開やユーザに提供する価値に大きく影響してくる。その土台を発見することができたと考えれば、2年という月日は長いものではなかったと言えるかもしれない。

視覚の共有から始まるコミュニケーション

インターネットを通じたコミュニケーションは、テキストだけで行われていたものが、徐々にスタンプや顔文字などを利用してビジュアルも織り交ぜながら行われるものへと変化してきた。

「Picsee」はそれをビジュアルをメインにし、テキストで補足する形となっており、ネットコミュニケーションとしての新しさを感じる。ドミニク氏は近い属性のサービスは「Snapchat」だと考えているが、それもストックの有無やテキストでの補完の面などで大きく異なっている。

人間が対面で行うコミュニケーションは、視覚情報を共有しながら言葉を通じて行われるのが一般的だ。「Picsee」のまず見ている光景を写真で共有し、テキストで補足する。これをリアルタイムに行っていくのは、実際に対面した際のコミュニケーションをスマホに実装する試みのようにも感じられる。

人間らしさの実装

ディヴィデュアルの面々が「Picsee」にどのような想いを込めているかは、彼らのブログを読んでもらうのが一番いいかもしれない。

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彼らが「親しみ」と表現しているように、”人間らしさ”をデジタルに実装しようとしているように筆者には感じられた。

言葉ですべてを説明するのが難しいサービスなのだが、たしかな楽しさがそこには存在している。フォトグラファーはもちろん、デザイナー、建築家、アーティストなど、ビジュアルに感度の高い人々からの評判は高い。

すでに「Picsee」は英語版でも提供されており、韓国語と中国語の開発に入っている。年明け、2015年にはスペイン語、フランス語など各言語に対応していく予定だ。現在はiOS版のみだが、Android版の開発も予定している。

言葉で十二分に表現できないからには、彼らが時間をかけて実施してきたようにユーザの反応を知ることが重要だ。ディヴィデュアルが新たなコミュニケーションの領域をどのように切り開いていくのか、楽しみだ。

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