経営をデザインとマーケティングから考えるーー500名を集めた「HEART CATCH」がスタートアップに投げかけたもの

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会場となった寺田倉庫には500名を超える聴衆が集まった。

スタートアップがデザインとマーケティングに向き合い、具体的な成果を導き出すという意欲的なプロジェクト「HEART CATCH」の初となるお披露目会に参加してきた。

会場となった寺田倉庫のフロアは、寒い季節ながらも500名を超える満場の人々の熱気で汗ばむほどとなり、このプロジェクトに対する人々の興味と期待を感じるには十分だった。

スタートアップが「生き残る」ために必要なデザインとマーケティング

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メンターを務めた面々

「デザインでもマーケティングでも打ち上げ花火みたいなそこまで派手な話はないんじゃないでしょうか?」。

冒頭に今回デザイン面のメンターを務めたTHE GUILDのインタラクティブデザイナー、深津貴之氏はこのプロジェクトの趣旨を説明するにあたり、参加するスタートアップに対して重要なポイントを「生き残ること」と語る。

「見た目の良いものが出来たとしても、資金が尽きてしまえばスタートアップは死んでしまう。そのためにデザインが何を見て、全体の施策の中で何が欠けてて、定着させるためにはどうしたらいいか」(深津氏)。

ふわふわした表面的な話ではなく「サバイバル」のためにデザインやマーケティングがどう具体的に役立つのか。会場に集まった聴衆に向かってこのプロジェクトのコンセプトを伝えていた。

デザインとは経営である

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イベントの最初のセッションではグロービス・キャピタル・パートナーズの高宮慎一氏をモデレートに、IDEOの野々村健一氏、takram design engineeringの田川欣哉氏の三人がデザイン・シンキングを中心に、スタートアップや事業経営に必要なデザインの考え方を議論した。

まず、IDEOが長期に渡って使い続ける「デザインシンキング」という言葉を野々村氏は「必ず人のニーズに立ち戻って何かを作っていくこと」とコンパクトに表現する。

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この「作る」という部分には、ビジネスモデルやサービス、体験など、単なる表面的な意匠だけでない、事業の本質が含まれている。例えばIDEOが手がけた事例にサムソンがあるが、シリコンバレーにあるIDEO本社の隣にスタジオを立てて、プロダクトの開発プロセスに至るまで深い助言を求めたことは逸話となっている。

どんなスタートアップにも理念があるはずだ。

これをしっかりとプロダクトに反映させるためにはどうしたらいいか。デザインを単なる表面的な意匠と捉えている経営者は、おそらくいつまでたっても、自分の考えをプロダクトに反映させることはできないだろう。意匠としてのデザインと彼らの言うデザイン・シンキングの違いはこの辺りにある。

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では、どのようにしてプロダクトに「魂」を込めればいいのだろうか。田川氏はこう語る。

「マーケターもデザイナーもプロトタイプを回してフィードバックをもらい、そこに企業のミッションやコアバリューを掛け合わせていく。ややもするとマーケットの声になびいてしまいがちだが、ここだけは譲れないというものを発見しつつ、その中の特徴をプロダクトにビルトインしていくことができるか」(田川氏)。

また田川氏はプロジェクトの最初の方にデザインやプロトタイプを入れて何度もユーザーに当てて反応を確かめ、市場に入れた段階で成功すると分かるような状態にすることを「後出しじゃんけん」と表現していたが、これも当然ながら重要なポイントだろう。

企業はプロダクトを使ってユーザーと会話する。

もしそのプロダクトを考え方も捉え方もバラバラのチームが作ったとして、本当に企業や創業者の声を伝えられるだろうか?

ユーザーの質問率が2.5倍に成長したマナボ

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以前、このプログラムをご紹介した際、取り上げたのがスマホ家庭教師のマナボだ。このビフォーアフターのプレゼンテーションについては別稿でお伝えするのでそちらをご覧いただきたいのだが、同社のメンタリングに当たったのが、深津氏とBloom & Co.代表取締役の彌野泰弘氏だった。

両氏のメンタリングを受け、マナボは具体的にユーザがトライアルを始めて最初の質問するまでの確率を25%から64%に引き上げることに成功した。

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「2カ月前に始まり、毎週1日、夜の8時から深夜に至るまでメンタリングプログラムを実施しました。事業目標を1年、3年、5年と考えてさらにそれをブレイクダウンして、それを達成するためにどうするのかを考えましたね。B2Bなのか、B2Cなのか、規模感はどの程度なのか、そうであればどのぐらいのユーザーにリーチしてコンバートすべきなのか。こういうことを考えてマーケティング戦略に落とし込む作業をしてきました」(彌野氏)。

マーケティング視点でのメンタリングを続け、ユーザー・ベネフィットが明確になったところで深津氏にバトンを渡して具現化する。このように深津氏はデザインだけでなく、マーケティングのパートにも最初から参加していたそうだ。

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「デザインってパートが2つあって、誰が誰をどういう風に幸せにするか、我々な何なのかを定める部分と、それを現実に作る部分があるんです。グラフィックがどうとかという話ではなく、デザイナとマーケティング、事業が最初から最後まで、一緒にやることが重要なのです」(深津氏)。

深津氏は当初の課題を「ページで理念としてのマナボ、マナボの約束してくれること、プロダクトとしてのマナボっていうのがズレてた」と振り返る。

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「マナボって何だっけ?っていうところから始めて、施策を整理して、足りないロジックを埋めていきました。ロンチページに入って、マナボを起動して、最初の質問をしてユーザーを定着させるまでの「一本のライン」に抜け漏れがない、ということをびしっと保証する。これをデザイン、マーケティングの両サイドからブレなく、さらに必然性があるという状態を目指したんです」(深津氏)。

HEART CATCHの成果と課題

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HEART CATCH代表取締役の西村真里子さん

冒頭でも書いた通り、このプロジェクトは大きな成功に向かって意味のある一歩を踏み出したと思う。

私たちもメディア・パートナーとしてこのプロジェクトの応援をしている立場であり、成功を願っている一員でもある。

ただ当初、この話を HEART CATCH代表取締役の西村真里子さんから聞いた時、大きな違和感を感じたのははっきり覚えている。というのも、ただでさえスタートアップ関連のイベントが飽和状態にあり、また、一部には本当にスタートアップのためなのか、ただ彼らを自社のPRに使いたいだけなのかわからないものが増えつつあるという状況があったからだ。

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一番最初の企画がステージショー的なものだったのも多分そういうことを連想させたのかもしれない。けど、元々西村さんがそういう内向きな考え方をする人でないことはわかっていたし、最終的にどういうプロジェクトに仕上げるのか期待もしていた。

結果、非常に具体的な成果をスタートアップに対して提供する、また、デザインとマーケティングという、ややもすると広告や表面的な意匠の話題に留まる内容を、ここまでわかりやすく表現してくれたのは書き手としても感謝したい。

お金でなんとかなる話題じゃないのだ。

一方で心配事もある。この手のかかるプログラムは次があるのだろうか、という点だ。メンタリングはあくまでペイ・フォワードの精神に則って実施される以上、忙しい面々がいつまでも本業そっちのけでボランティアを続けるわけにはいかない。

こういうプロジェクトは最初は盛り上がるのでいいのだが、継続となるとやはりビジネス的な側面が重要になってくる。この辺りはスタートアップメディアを運営する私たち自身のチャレンジとも重なる。

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プロジェクトを支援したスポンサーの数々

すごくふんわりした言い方だと、やはり業界全体で、新しい雇用と経済をつくってくれるスタートアップたちに敬意を示し、ペイ・フォワードの精神で彼らを成長させる仕組みを作るべきなのだろう。これは何処かの誰かではなく、このインターネットという新しい可能性で人生を切り開いた人たち全員で取り組むべきことだと考える。

個人投資家、起業家、ベンチャーキャピタル、大企業、行政。本当に一体となって考えるためにも、今回、西村さんや支援した人たちが一緒になって打ち上げた花火はひとつ、大きな意義を持ったものになったのではないだろうか。

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