パーソナライズ医療の分野で次に来るのは「3Dプリント薬」

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Hitesh Badgujar氏は、Aranca社に所属するテクノロジーおよび特許専門調査分析アナリストである。

via Flickr by “A Health Blog“. Licensed under CC BY-SA 2.0.
via Flickr by “e-Magine Art“. Licensed under CC BY-SA 2.0.

この10年間、3Dプリント技術は想像と製作の境界をあいまいにしてきた。

マサチューセッツ工科大学(MIT)で開発されたコンピューターによる3Dプリント技術により、オーダーメイド医療における新たな刺激的かつ画期的な可能性が見えてきた。

MITが様々な分野における3Dプリント特許技術の使用を認可する中、米国に拠点を置くAprecia Pharmaceuticals社は2007年、製薬目的で使用する3Dプリント技術の独占権を獲得した。

Aprecia社は同技術の実用化に成功し、てんかん患者の発作を治療する薬品である、世界初の3DプリントSpritam(化学名:Levetiracetam)を開発した。パウダー状にした同薬品を液状物質で挟み、光顕レベルで結合させることで作られるこれらのプリント錠剤は、非常に多孔質で液体に触れると素早く溶解する。これがまさに他に類のない特性であり、突然の発作への対処という主要な目的に対して著しい効果を示す特性でもある。

高用量で速く消散する錠剤の製造が3Dプリントで可能となり、医者は信頼のおける薬剤のカスタマイズを提供できるように、また投薬の即効性と強度を完全に管理できるようになった。

複雑な形状のプリントを通して錠剤の表面を変更することで、放出される投薬の強度だけでなく放出時間も調整できるようになった。これは投薬の安全性を高めるだけでなく、効果を大幅に上げるのにもおおいに役立つ。

製造業者はまた、カスタマイズされた用量強度、錠剤の大きさ、味、色などを選択することで、個人の選択に合うよう製品を変更することもできる。医薬品をパウダー形状で簡単に入手できると仮定した場合、患者は扱いづらい錠剤、カプセル、あるいは液剤をやめ、摂取がずっと容易な薬を選ぶことが可能である。また幼児や身体障害者など、嚥下が困難な患者用の投薬を調合する場合、カスタマイズ性は特に役立つ。

オーダーメイド医療と患者の状況に応じた治療が’求められるこの時代において、3Dプリントは重要な突破口を象徴する技術だ。

またこの画期的技術により、製造者は製造および流通プロセスをより顧客に合わせることができる。設計や操作上の効率性が常に向上する中、様々な大きさや性能のプリンターを患者にとって都合の良い適切な場所に展開することができる。病院や薬局は施設内で処方薬を作り、大量のジェネリック医薬品を仕入れる必要もなくなる。また特殊な調剤や普段はあまり処方されない調剤を施設内で製造することができ、患者の待ち時間も大幅に減るだけでなく、時間的制約のある危機的状況においてより多くの生命を救うことすらできるかもしれない。サプライチェーンがこのような柔軟性および拡張性を手に入れることで、供給者と消費者は共に、運用の効率化がもたらす低コスト・低価格の恩恵を受けることができる。

3Dプリントが当たり前になり、患者が自分用の薬を自宅でプリントすることすらできるようになるという予測もある。

理論上は、同技術を用いることで使用者はすべての大きさ、形状、用量の薬品を簡単にプリントできるようになる。必要となるのはダウンロード可能な処方箋(レシピ)だけであり、これは基本的には、プリンターが読み込みその通りに動作するための一連の指示書である。自宅のプリンターに必要な主剤が補充されている限り、使用者は必要な全ての製剤を合成できる。料理本のレシピを使うのと同じようなもので、仕事量が半分程度だという点だけが異なる。

たとえば、初めてのクッキーを焼くのに必要なプロセスは次のようなものだ。

  1. 好みのレシピを探す
  2. コピーをダウンロードする
  3. プリントする
  4. レシピ通りに作業する
  5. 焼く
  6. 後片付けをする

一方で、初めての調剤処方箋を1回分作るには、次のプロセスを踏む。

  1. 好みの処方箋(レシピ)を探す
  2. コピーをダウンロードする
  3. プリントする

クッキーを1焼き分作るよりも薬を1回分作る方が簡単となると、首をかしげてしまうのも仕方ないだろう。

現在の医薬品製造プロセスでは不正を働く余地がほとんどないが、3Dプリント技法を導入した場合は、その可能性に対する懸念がいくらかある。また改変されたプリンターで偽造薬品が作られたり、違法薬物を合法薬品として偽装するために使われたりする可能性もある。

このような技術は影響を及ぼす範囲が広く、またグローバルな性質をもつため、責任の境界線もあいまいである。

製薬会社は、自社製品の処方箋や規制基準が順守されていることを確実にする必要がある。人的ミスや妨害行為から保護できる、確実なプリントプロセスを確保しなくてはならない。また、悪徳団体が有標製品に対してリバース・エンジニアリングを試みた場合に備え、装置の安全性を十分に確保する必要もある。医薬品規制当局もまた、大量に出回る3Dプリント薬品向けに、先例のない承認ガイドラインを制定する必要が出てくるだろう。

さらに重要なのは、技術的なミスや誤動作の結果、調剤が不正確にプリントされ、患者に被害が生じたり、死亡したりした場合は誰の責任になるのかということだ。

責任は処方箋を作成した製薬会社にあるのか、処方箋をプリントした患者にあるのか、あるいは薬の製造会社やプリンターの管理会社といった仲介者にあるのか。

3D医薬品プリント技術が一般化する前に対処しなくてはならない重要な課題はいくつかあるが、利益を考えると対処する価値は十分あると言える。

これは医薬品製造業界に革命をもたらす技術であり、サイエンス・フィクションさながらの可能性を秘めている。薬の混合剤を一定間隔で放出するような錠剤が登場すれば、丸1日分の用量を、簡単に飲み込める1粒の錠剤にまとめることができるかもしれない。あの古い錠剤ケースを捨てるよう、おじいちゃんに伝えよう。必要なすべての成分を1粒の錠剤で、手間も飲み忘れもなく摂取できるのだ。また珍しい病気の治療に役立つ特別な錠剤の可能性も想像してみてほしい。現在のコストのほんの一部で、処方箋と個人の好みに合うように調整された錠剤の開発と製造が可能になるのだ。

もしかすると、何にでも適用できる錠剤がいつの日か登場するかもしれない。

【via VentureBeat】 @VentureBeat
【原文】

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