中国のオンライン小売業にとって新たな武器となる、ファッションインフルエンサーという存在

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Dannie Li 氏による本稿はもともと、Tencent の Online Media Group 系列のリサーチ部門で英語の記事を扱う「China Tech Insights」に掲載されたものです。


Zhang Dayi(張大奕)氏

このコートはピュアウール製で、普通のウール製のオーバーコートよりも軽くて薄いんですけど、暖かいですよ。

画面の中の女性は、ライブストリームを通してファンに説明しながら、薄いピンクで両面カシミアのオーバーコートを羽織って見せた。ファンの一人が 「でも、軽すぎたりしませんか?」と、画面右上にあるチャットボックスにメッセージを入力すると、彼女は 「南部では冬に着るのに良いと思います。北部だと風が強すぎて冬には無理かもしれません」と、そのファンに丁寧に説明する。

フチなし丸メガネで甘い笑顔の彼女は、ライブストリーマーの Zhang Dayi(張大奕)氏。中国では有名なネットセレブだ。上記のような光景は今や一般的で、ファッションインフルエンサーがライブストリームを通じて商品を紹介することが中国では新たなトレンドになっている。この1時間ほどのライブ動画で、Zhang 氏は前半30分で10枚のコートとセーターを紹介している。彼女はショッピングガイド、モデル、スタイリストの役割を同時にこなし、さらにカスタマーサービスの役目も担っていて、チームがデザインした洋服の紹介をしながら、スタイリングの相談や洋服のデザイン、生地、価格に関する質問に答えていく。このライブ動画は過去2か月で973万回の視聴回数を記録している。

この親しみやすい普通の女の子が、Alibaba(阿里巴巴)のオンラインマーケットプレイス Taobao(淘宝)でトップセールスのストアを運営し、数億ドルの記録的な売上を叩き出すことになると、誰が予想できただろうか?

1988年生まれの Zhang 氏は、2009年にファッション雑誌のモデルとしてキャリアをスタートし、そこから有名になり始めた。2014年には、ネットセレブ専門インキュベーター Ruhan E-commerce(如涵電商)の設立者 Feng Min(馮敏)氏と協力し、Taobao に自分のショップを構えた。巧みに管理された彼女の Weibo(微博)アカウントがブームとなり、それまで25万人だったフォロワー数は、1年半で400万人以上に膨れ上がった。彼女がこれほどまでに有名になった理由の一つは、彼女が持つ伝説的なセールス記録にある。彼女は Taobao で2日間開催される「独身の日(光棍節)オンラインショッピングフェスティバル」でレコードセールスを樹立したと言われている。 2016年の独身の日には、彼女の Taobao ショップは女性衣料品のカテゴリでトップ10に入った。

Zhang 氏は、中国で最も有名なネットセレブの一人だ。彼女が小売で大成功を収めた背景には、中国における「ネットセレブ経済」の台頭がある。

中国の網紅(ワンホン)業界

ネットセレブ(中国では彼らのことを網紅(ワンホン)と呼ぶ)は、インターネットが出現した当初から存在した。掲示板からオンラインフォーラム、ソーシャルネットワーク、ショート動画サイトや動画ストリーミングプラットフォームまで、様々なソーシャルプラットフォームの浮き沈みに合わせ、入れ代わり立ち代わりで異なるタイプのネットセレブが現れた。

WeChat(微信)に掲載された記事の中で、Alibaba の CSO(最高戦略責任者)であるZeng Ming(曾鳴)氏は、次のように語っている。

我々がネットセレブの登場を認識したのが2014年後半ごろで、2016年には爆発的な成長を見せました。

検索エンジン Baidu(百度)のビッグデータプラットフォーム、Baidu Index(百度指数)によると、2015年11月から「網紅」というワードの検索数が急増しているという。2016年2月、Papi Jiang という女性のショート動画がバイラルし、彼女は一躍有名人になり、2016年のトップ「網紅」と言われるまでになった。インターネットを拠点とするネットセレブに誰もが注目するようになった。 その後すぐに、ライブストリーミングプラットフォームにおいても彼女は現在のような活躍を見せるようになる。

アメリカにおいても中国においても「ネットセレブ」という言葉には様々なタイプが含まれている。彼らはそれぞれのスキルと才能に応じた異なるプラットフォームを利用し、その知名度を上げている。人気ゲームのライブストリーマーもいれば、百万人ものフォロワーを抱えるお笑い専門の Weibo ブロガーもいる。また、Michelle Phan 氏のようにコスメ関連で才能を発揮する者もいる。そして、彼らのような人たちがまとまって、「ネットセレブ」現象、つまり、インターネット(現在では特にモバイルインターネット)を活用して大衆のイメージに入り込む現象を生み出しているのだ。緻密な計画とパーソナリティを中心とした視聴者の育成を通じて、彼らはその巨大なファン基盤をマネタイズする様々な方法を編み出している。

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中国やアメリカでは、こうしたエコシステムの発展に伴い、ネットセレブは今やファンから収益を得ることができるようになった。アメリカにおいて、ソーシャルメディアで有名になったネットセレブには様々なタイプの者がいるが、その中でも巨大なファン基盤のマネタイズに最も成功したのは、いわゆるファッションアイコンだ。彼らは、スタイリングに関する記事をブログに上げたり、メイクアップのお手本動画をアップしたり、YouTube や Instagram のパーソナリティとなり、ブランド企業とのスポンサー契約から大金を稼ぎ出す。

しかし、中国で最も利益を上げているネットセレブは、Weibo や Taobao を拠点に活動するファッショニスタと呼ばれる人たちだ。彼らは現在、中国のオンライン小売業界において重要な武器となっている。

中国のファッショニスタはどのようにファン基盤を築いているのか? Zhang Dayi 氏を対象としたケーススタディ

ファッションインフルエンサーが小売業界で成功を収めている現状を本質的に理解するための第一歩は、彼らがファンをそのまま買い手に変えてしまう方法を見つけることだ。まず、小売業界で機能しているメカニズムを見ていく。

たいていの場合、ファッションの売り手は、中国大手ソーシャルメディアプラットフォームである Weibo を拠点としてビジネスをスタートさせる。彼らは定期的に自分のアカウントにコンテンツを公開していく。その内容は日常生活の光景からオススメのファッションに至るまで幅広く、写真、動画、ライブストリームなど形式も様々だ。彼らがファンを引きつけている大きな理由として、多くの要素が併せ持っているという点が挙げられる。 Zhang Dayi 氏を例にして、これらの必須要素が何であるかを見てみよう。

カリスマ性:

優れた容姿、センス、人柄の良さ、もしくは人が羨むほどのライフスタイル。可愛らしい顔立ちとスリムな体型を持つ Zhang Dayi 氏は、誰の目から見ても魅力的だ。さらに、9年間も続けたモデルの仕事を通して自分に合ったスタイルを構築しており、カメラ慣れもしている。

視聴者を引きつけるもう一つの鍵は、羨むほどのライフスタイルを公開するという手法だ。Cherie(雪梨)氏もまた、中国においてトップのファッションインフルエンサーの一人。インタビューの中で彼女は次のように語っている。

写真を通して、本当に完璧な生活を送っているのだとファンに信じ込ませないといけません。ただ振りをするだけではダメです」とし、さらに「私たちはファンに写真を公開することで、ある意味ライフスタイルそのものを彼らに提供しているのです。そしてそれは、彼らがその写真の洋服を着た時に私たちと同じくらい素晴らしい生活を送ることができる、という幻想を満たすものでなくてはなりません。

Zhang Dayi(張大奕)氏 の WeChat(微信)から

スタイル:

彼らの専門知識と美的センスは忠実なファンを育て、彼らを消費者へと変えていくための鍵となる。 2016年5月発表の CBN Data のレポートによると、ネットセレブが経営する Taobao ショップ関連の消費に貢献しているのは、主に都市部に住む22歳~28歳の女性だという。このグループの人々は主として美容商品に強い消費傾向を示している。

一方で、この最も急速に成長している市場セグメントは、1995年以降に生まれた人々によって創り出されたものだ。20代前半の中国人に見られる特徴として、ファッショントレンドやパーソナライゼーションを追求する傾向があり、それと同時に、スタイルという強固なセンスを形成していないため、ネットセレブのオススメに影響されやすい。ネットセレブのオススメを参考にすれば、eコマースプラットフォーム上に無数に存在する選択肢の中から商品を選び出すという手間を省くことができる。また、こうしたオススメはユーザに特別感を与え、ユーザは自分と他者とを差別化する独自性を感じることができる。

親近感:

コンテンツの更新とは別に、網紅にとっての重要なルーチンがファンのメンテナンスだ。ファンとの交流を頻繁に行うことで親しみやすいイメージを維持することにより、ファンとの距離を大幅に縮めることができる。スーパースターと触れ合うことで、優越感や距離感を感じるのではなく、ファッションインフルエンサーとファンとの関係は、平等であって双方向に親密ものだという気持ちが強くなるのかもしれない。

Zhang Dayi 氏 は、ファンの前では、フランクで正直な親しみやすい女の子というイメージを守っている。ファンは彼女のことを「おばさん」、自分たちのことを「Eカップス」と呼ぶ。Weibo 上でファンとコメントのやり取りをするのも彼女のルーチンの一部だ。このコミュニケーションは、ソーシャルメディアの投稿を通じたファンのデザインの好みに関する定期的な調査も兼ねている。商品の品質を非難する人々が彼女を困らせていれば、ファンがそうした人々と戦って彼女を援護する。

価値観の共有:

ネットセレブのブランドが成功するもう一つの理由は、ファンの間で共通の価値観が存在することだ。ネットセレブはウェブ上に投稿するソーシャルイメージを通じて価値観を形成する。消費と自己投資に向かう個人主義的な姿勢に感心するファンもいるだろう。たとえば、Zhang Dayi 氏の投稿で「あなたのショッピングはただの浪費ではありません。自分がこうなりたいと思う人のために理想的な帝国を築いているのです」と述べている。世間はネットセレブに対して、彼らが魅力的であるというだけでなく、若くして収益性の高いビジネスを営む強さと高い能力を持っている、というイメージを抱いている。

中国の網紅は絶えずこうしたイメージの強化に励み、ソーシャルメディア上の会員限定コミュニティを通してファンに価値観を伝えている。そして、これらの価値観をファンが認識することで、コミュニティの結束力や帰属意識が高まる。ネットセレブはあらゆる場面において価値観の体現者であり、その強烈な魅力の虜となったファンが彼らの周りに集まるのだ。

Weibo プラットフォームのエコシステムでは、埋め込み型のショート動画やライブストリーミング機能などの様々なコミュニケーションチャネルをアプリ内で提供されており、インフルエンサーの仕事の円滑化が図られている。 また、Weibo アプリはその設計においても、視聴者をショッピングに誘導するための工夫がなされている。たとえば、Weibo 内でインフルエンサーが販売した商品を、ユーザが閲覧できるようにするウィンドウショッピング機能を提供しいる。さらに、Taobao アプリ(Alibaba は Weibo に戦略的投資をしている)ともシームレスにつながっているため、ユーザはアプリ内リンクを通じて簡単に Taobao へ移動することが可能だ。

成熟段階に入ったビジネスモデル:どのようにインフルエンサーは小売業界に革新をもたらすのか

ここ最近のeコマースビジネスの成功には、ネットセレブのための効果的なソーシャルメディアの存在が必要不可欠になっている。そうしたソーシャルメディアを活用することで、コスト(特に新規ユーザ獲得のために発生するコスト)を大幅に削減することができる。とはいえ、ファンから収益を得る試みはまだ道半ばだ。

インフルエンサーがオンライン小売ビジネスの最終ステップを完了させるには、洋服のデザイン、サプライチェーン、製造、在庫管理、eショップ運営、アフターサービスなど幅広い分野の専門家の協力が必要となる。これらの多様な業務をすべてインフルエンサー一人でこなすことは不可能で、特に大量の注文が入った場合には大変なことになる。

そこで登場したのが、ファッションインフルエンサー専門のインキュベーターで、そうした業務の一部を担い、業界において新たな重要な役割を果たしている。現在、ネットセレブ関連の Taobao ショップの大半は、裏方役のインキュベーターによって支えられている。 Zhang Dayi 氏を支援するインキュベーター Ruhan は、この種のインキュベーターの中では今やトップ企業であり、最も成功したケースと言える。

Ruhan E-commerce の協力によって、Zhang 氏はプロモーションとカスタマーリレーションズ、つまりファンのマネジメントに集中できるようになった。

Ruhan E-commerce は、サプライチェーンマネジメントとeショップ運営の役割を担っている。サプライチェーンマネジメントの面では、生地の購入、パターンメーキングやデザイン、提携工場への製造委託を行う。オンラインショップ運営の面では、日常業務やアフターサービスの他に、従来のアパレル業界にとって根深い問題である過剰在庫を避けるために、先行販売やタイムセールなど新たな手法を提供している。

スタイリングやソーシャルメディアの運営に不慣れな初心者のために、Ruhan E-commerce はデザイナー、バイヤー、さらには撮影やサンプルの選択、パターンメーキングを支援するアシスタントを提供している。さらに同社はタレント管理も行っており、その一環として、クライアントごとにスタイルやイメージをプロデュースしたり、ブログの書き方、撮影の際のポージング、ファンとの交流の仕方などの指導を行っている。

障害となるマイナスイメージ

中国のネットセレブはビジネスにおいて自身の有用性を証明してきたが、彼らに対する認識は、ファンのグループごとに異なり、世間一般においても様々だ。 China Tech Insights による調査の結果、ネットセレブがビジネスで叩き出す驚異的な売上と、彼ら自身や彼らのビジネスに対する概ね否定的な見方という、劇的なコントラストが浮き彫りになった。

その調査によると、回答者の41.7%がネットセレブへの不快感や嫌悪感を示し、その理由の多くはネットセレブに対する固定観念からくるものだった。 何とも思わないという回答が51.1%で、よく知らないからという理由がほとんどだった。肯定的な回答を得られたのは残りのわずか7.2%だ。

実際には多くの中国人にとって、中国語の「網紅」という言葉にはマイナスの意味が含まれているのだ。中国のネットセレブに対する固定観念というと、たとえば、成り上がりを目指すあまり誇大広告を行ったり、スキャンダルを起こしてしまう女性がその例だろう。 網紅はキレイでカワイイと受け取られがちだが、美容整形の流行や過度の画像修正のせいで、実際に会うと誰だかわからないということもよくある。さらに悪いことに、いわゆる東アジアの理想的な美人(手のひらサイズの顔、明るい肌色、大きな目、スリムな体型)というのは、すでに市場に山ほどいるのだ。

Photo credit: travel.sohu.com

このようなネガティブな印象は、既存のファン基盤以外でも信頼を確立しようとする新興ブランドにとってはただの障害でしかない。Ruhan E-commerce の設立者はインタビューの中で、自分のクライアントが「網紅」と呼ばわれことを嫌っていることを明かし、「KOL(Key Opinion Leader、キーオピニオンリーダー)」という言葉を使ってもらいたいと考えているようだ。彼自身はクライアントのことを「ファッション業界のプロコンテンツクリエイター」と表現している。

何もない状態からファッションインフルエンサー兼 Taobao ショップオーナーになったZhang Dayi 氏は、ネットセレブの最も成功したケースであることは間違いない。しかし、その一方で、ファンの獲得がますます難しくなっていると感じているファッションインフルエンサーも非常に多い。ネットセレブ業界にとって、ネガティブなイメージを払拭することが最優先事項となっており、長期的な発展には不可欠なことなのだが、そのプロセスは辛く長い道のりになりそうだ。

とはいえ、ネットセレブに対する世間の見方がいつ変わるかは不明だが、揺るぎない事実として、中国のオンライン小売ビジネスにおいてネットセレブは既に主要な武器となっている。そして、その好調ぶりはどうやら今後も続きそうだ。

【via Technode】 @technodechina

【原文】

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