経済成長鈍化の中国から、インドが生むテクノロジーの未来に希望を見出す人々

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Tian Siwei 氏は北京大学でヒンディー語を学ぶことを選んだ
Photo credit: Tech in Asia

北京大学キャンパス内の並木道には、夕暮れどきの静かで穏やかな空気が漂っていた。まだ春も初めの頃で、木々には葉がついておらず、枝はただの棒のようだった。それが灰色の石造りの建物とよく調和していた。

Tian Siwei 氏が装飾の施されたカラフルな屋根を指さした時、私は初めてその100年の歴史を知ることができた。彼女の実家は北京にあるのだが、彼女はキャンパス内の寮で生活し、勉強している。そうすることで、他の学生とより多くの時間を過ごせるうえに、より深く大学環境に浸ることができる。

私と彼女が出会ったのは、スタートアップやインキュベータ、投資家向けのコワーキングスペース/オフィスが集まる、Inno Way(中関村創業大街)と呼ばれる北京の「スタートアップストリート」だった。Dotcoffee、Garage Cafe(車庫咖啡)、3W Cafe が軒を連ねたその通りは北京大学のすぐそばということもあり、インスピレーションを求める学生のたまり場だった。私はインドからのゲストの一団と共にその通りにいると、Tian 氏がヒンディー語で話しかけてきたので、私は驚いた。それから彼女はキャンパスを案内してくれた。

彼女は現在、北京大学の学士課程でヒンディー語を専攻している。

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北京大学の近くにある北京のスタートアップストリート「Inno Way(中関村創業大街)」にはインキュベータやコワーキングスペースが軒を連ねている
Photo credit: Tech in Asia

22歳の Tian 氏は、中国の成長が減速することはいつかは避けられないことであって、次に大きなチャンスが来るのは近隣の国インドだと考えている。ヒンディー語を流暢に話せれば、現地の文化をより深く理解することができる。彼女は以前インド北部を旅行したことがあり、その国の活気に心を打たれた。

彼女の母親は会計士で、父親はネットワークエンジニア。相次ぐ改革は中国を世界二位の経済大国へと押し上げた。そんな改革の時代に生まれた彼女は、外に目を向けた新世代の中国人だ。北京の光輝く高層ビルから学生のお気楽な楽観主義まで、こうした時代の前向きな雰囲気が至るところに見受けられる。

中国政府のネット規制によってどのような影響を受けているか?彼女にこの質問をしない訳にはいかなかった。Tian Siwei 氏はそれついて誠実に語ってくれた。彼女の周りの学生のほとんどは、世界中の仲間が持っている知識へアクセスできないことを恐れていて、インターネットがオープンになることを願っているという。それと同時に、私が旅行中に出会った他の中国人の若者たちと同じように、彼女は、経済成長に重点的に取り組む上で、政府が体制を維持する必要性があることを認めている。

経済成長の成果は、中国人の生活スタイルや働き方、通勤方法だけでなく、政府が解禁した民間企業の波にも現れている。政府が低付加価値の製造業や輸出に依存し過ぎた経済のバランスを取り戻そうとイノベーションを推進する中で、Tian 氏と彼女のような学生たちは最新の波に乗っている。

モバイルインターネットブーム

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上海街に停められた Ofo(共享単車)の自転車をスマートフォンのアプリを使って解錠する女性
Photo credit: Steven Millward

製造業および輸出から得た収入とインフラへの財政投資は、過去30年間で中国の GDP を押し上げた。その結果、購買力を持つオンライン人口が7億3,000万人を超え、Baidu(百度)、Alibaba(阿里巴巴)、Tencent(騰訊)のいわゆる BAT トリオのような巨大ネット企業が誕生した。しかし、こうした企業は中国国外で他よりも目立っているだけにすぎない。

モバイルコンシューマインターネットの分野では現在、シリコンバレーよりも中国にいた方が最新のイノベーションに出会える確率は高い。目を見張るのは、モバイル技術の導入が当たり前になったこの国では、こうしたイノベーションの回転が猛烈に速いということだ。

Tian 氏は北京大学キャンパスの舗道に並んだ黄色い自転車を私に指し示した。ユーザは Ofo(共享単車)というスマートフォンアプリで QR コードをスキャンして、自転車のロックを解除することができ、使い終わったらどこでも好きな場所に置いていくことができる。これは博士課程の学生の Dai Wei 氏と他の2人による2014年のキャンパスプロジェクトとして始まったものだ。Ofo は3月初めに4億5,000万米ドルの資金調達を行い、世界初の自転車シェアリングのユニコーン企業となった。

自転車シェアリングを行っているのは Ofo だけではない。Tencent 傘下の Mobike(摩拜単車)もそうだ。これらの明るい色の自転車は現在、中国主要都市の至る所にあり、シンガポールとアメリカへも進出している。そのビジネスモデルは先が見えない部分もあり、ドッキングステーションのない自転車に対する規制についてはよくわからない状態で、本来の目的と異なる形で利用されることもしばしば。だが、交通渋滞で大気が汚染された都市において計り知れない可能性を秘めている。

イノベーションを促す触媒

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北京のスタートアップストリートに立ち並ぶコワーキングスペースの中にある Dotgeek Cafe(極客珈琲)
Photo credit: Tech in Asia

2014年の北京大学での Ofo の誕生と同時期に、そのすぐ近くで Inno Way(私が Tian 氏と出会った場所)が立ち上げられた。これらは表裏一体と言える。一方は起業家精神であり、他方はトップダウン刺激である。中国における初期のテック起業家は、実践的な改革と経済の大部分からの政府の撤退を受けて、海に飛び込むことを選んだ教師や官僚、サラリーマンだった。Alibaba の創業者で現在中国で最も裕福なテック界の超大物、Jack Ma(馬雲)氏は元英語教師だ。

Tian 氏の世代は教育レベルが高く、経済的にも安定しており、学生起業家として、もしくは大学を卒業してすぐに自分たちで事業を立ち上げるだけの自信を持っている。国内市場の規模が大きいため、彼らは自分たちのアイデアを試してそれを発展させるための機会を豊富に得ることができる。市議会もまた、民間の不動産デベロッパの参加した北京のスタートアップストリートなどイノベーションを促す触媒に投資している。中国の指導者たちも、中国の成長と雇用を維持するための鍵となるのは工場での低賃金労働ではなく起業家精神である、と公に述べている。

中国では、ある方針が多数の利害関係者から急激に後押しを得ることがある。学生の起業家精神がそうだ。すべての主要大学で、起業家コースとインキュベータチームが導入された。これらは「ディスラプション」や「自由な発想」ではなく、「従順さ」と「権威尊重」に重きを置く伝統的な儒教教育とは正反対にあるものだ。

インドのチェンナイ出身の Shameen Prashantham 氏は、スコットランドで博士号を取得し、上海にある中欧国際工商学院(CEIBS)で准教授を務めている。彼は、こうした方針があることを上海で初めて知ったと言い、上海ホテルで朝食をとりながらこう話してくれた。

起業家精神は優れた能力と才能を持つ者を引き付けています。私たちのビジネススクールではこの1年半ほど、過去よりも多くの人が起業家になることに関心を示しています。

Shameen 氏は中国で暮らして6年になる。

CEIBS は、2014年に李克強首相が起業家活動の支援を約束したことを受け、その後すぐにテクノロジーイノベーションのための電子研究所を開設した。

その年、インキュベータやアクセラレータへの経済的インセンティブが要因となり、北京のスタートアップストリートにおいてこうした活動が最も目に見える形で実現された。上海、杭州、深圳といった新興都市においても、不動産デベロッパなどが流行に乗っかったこともあり、多くの活動が芽を出している。

チャインディア・コネクション

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北京とグルガーオンに拠点を置く ZDream Ventures が開催したカンファレンス「Chindia」
Photo credit: Tech in Asia

Shameen 氏はこう説明する。

中国人は、一度何かを決めるとそこにたくさんの資源を注ぎ込みます。

スケールとスピードが不可欠なのだ。たとえそれがスタートアップのエコシステムをシードする最も効率的なリソースの利用手段でなかったとしてもだ。Shameen 氏は、数万とあるスタートアップの大部分は一定の基準を満たしていないと指摘する一方で、わずかでもその一部がトラクションを得ることができれば、それは非常に大きなものになるだろうとしている。

サポートシステムの補助金だけではない。起業家精神を奨励するための方針は、新たなコースやルールを設けるなど教育システムに深く浸透している。例えば、高等教育を受けるために海外から中国に来た留学生は卒業後に就労ビザを取得するのが難しい。過去に働いていた経験が必要とされているためだ。しかし、起業家になることを選んだ者にはこれが免除されていると Shameen 氏は教えてくれた。

スタートアップが成長し、その規模が大きくなると、中国の起業家は緑豊かな牧草地を海外に求めるようになる。インドでは10億人の消費者が待っている。不足しているのは連携の手段だ。

シリコンバレーには多くのインド人が定住しているため、シリコンバレーの企業にとって、インドのテクノロジーエコシステムや市場と連携することは容易だ。インドの VC のほとんどは、その根をたどれば米国に行き着く。The Indus Entrepreneurs(TIE)のような団体は、民族的な結び付きからシリコンバレーで誕生したものだ。そういうコネクションが中国にはほとんどない。だから、中国とインドの大規模なテクノロジーエコシステムの連携は、当然起こり得ることのように思えても、そうすんなりとはいかないのだ。

言葉の壁だけではなく、個人間の繋がりで克服できる「心理的距離」が存在すると Shameen 氏は感じている。そのうちのいくつかは、米国のテクノロジーカレッジに通うインド出身留学生と中国出身留学生の間で起きている。中国で勉強したり、働いているインド人もチャネルを開いている。Alibaba や Tencent のような中国の大企業はインドに進出している。しかし、重層的に相互利益を増加させるためには、こうしたコネクションに対するより制度化されたメカニズムが必要となるだろう。

インディアンドリーム

中国のテクノロジーハブを巡るツアーでインドから起業家と投資家の30人のグループで旅行した時、最初のそうした試みを目撃した。それは、インドの首都デリーに近いテクノロジーハブであるグルガーオンと北京に拠点を置く先駆者的なベンチャーキャピタル、ZDream Ventures(竺道) によって設立された。

ZDream は、スタートアップデータ分析企業 Xeler8、テック系メディアサイト Iamwire、食料品配達スタートアップ Milkbasket に戦略的投資を行っている。その主な目的は、インドのエコシステムに関する十分な見識を得ることだ。同社は、中国の起業家や投資家がインドのテクノロジーエコシステムを理解しアクセスできるように支援したり、その逆も同様で、インドの起業家や投資家の支援も行いたいと考えている。3月に北京で開催されたカンファレンス「Chindia」と中国のインドスタートアップツアーは、それに向けた第一歩だ。

共同設立者兼 CEO の Jason Wang(王超)氏はインドに馴染みがある。China Radio(中国国際放送)のインド支局長を務めていたのだ。その後、彼は中国でブログ「GI Gadgets」をスタートさせた。また、ブラジルで中国の織物を販売する会社を経営し、イグジットさせた経験もある。その頃に、インドで Huawei(華為)の広報部長を務める Li Jian 氏から電話を受けた。それは数年前のことだ。彼らは中国からインド市場へ早い段階で参入するには絶好の時期だと感じ、ZDream を共同設立し、その前哨基地をグルガーオンに設けた。

それ以降、インドのスタートアップシーンは調整段階にある。インドは中国におけるオンライン個人消費やインフラを模倣できるようになるまでには依然として長い道のりが待っている。過大評価されてきたコンシューマインターネットスタートアップの多くがこうした厳しい現実に直面し、勢いを失っている。しかし、Jason 氏には確信がある。

共同設立者の Li Jian(黎剣)氏もそうだ。彼は Amit Li というインド名も持っている。中国人は英語の名前を使うことも多く、それは他の言語にも広がっている。Tian Siwei 氏と同様に、Li Jian 氏は北京大学の大学院課程の一環としてヒンディー語を学び、インド名として Amit Li と名乗っている。中国語、英語などの国際的な言語は今やパスポートである。インドは5年以内に世界で最も急速に成長する経済大国になることが見込まれており、インドに関心を持つ起業家にとって、ヒンディー語はこれ以上にないほど魅力的だ。

【via Tech in Asia】 @techinasia

【原文】

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