「国内スタートアップの資金調達額は2100億円で前年比2割アップ」ーー5月に公表された国内投資事情を示す数値は、米中に比較してまだまだ見劣りするというものから、少なくとも増加という観点では悪いものではないという意見まで様々だった。
調査会社ジャパンベンチャーリサーチが公表したもので、国内の未公開企業979社が対象。1社あたりの平均投資額も約3億円と数年前に比較して隔世の感がある。2010年や11年頃はリーマンショックの残り香に加えて震災と資金調達どころではなかった。
資金的な面での起業エコシステムの充実が図られる一方、その投資対象については一筋縄での拡大は難しい。ウェブ3.0という言葉の良し悪しは別として、そこで語られている内容を実現するには相当の技術力、理解力、何よりも「見たことない」未来を人々に夢見させる強いビジョンが必要になる。
このような状況でひとつ、個人的に目を惹かれる動きがある。それが特化型のファンドだ。
特にバーチャルリアリティ(VR)特化が先行しており、gumi創業者の國光宏尚氏がゼネラルマネージャーとして参加しているThe VR Fund、コロプラのColopl VR FundやグリーのGVR Fundなどが昨年から今年にかけて矢継ぎ早に発表されている。
もちろんそれぞれ注視している領域はあるものの、日本ベンチャーキャピタル協会(JVCA)に参加するベンチャーキャピタルの多くが複数領域を取り扱っていることを考えるとその違いは鮮明だ。
特化型は特定技術の「一点突破」が強いメッセージとなって挑戦者や支援者に届きやすいという利点がある一方、当然ながら「突破できない」場合のリスクも併せ持つことになる。
そして今月からこの非常に挑戦的なスキームに新たに取り組もうというチームが現れた。それが千葉功太郎氏率いるドローン特化ファンド「Drone Fund(以下、ドローンファンド)」だ。
彼はどのようにしてこのチャレンジに向かおうとしているのか。そのアイデアを少し紐解いてみたいと思う。
起業家であり個人投資家であるドローン・パイロットが手がけるファンド
そんな彼が設立を発表したドローンファンドは10億円規模のサイズで、既に11社のスタートアップが出資の対象として決定している。ドローン関連人材(パイロットなど)の育成や紹介事業、空撮による地方自治体向けの観光PR促進、ドローンレース競技や農業向けプラットフォーム、自立運行ソリューション、物流プラットフォーム、ホバーバイクなどなど、その顔ぶれはよくあるインターネット系事業者とはやはり一味違う。
もちろん単にドローンという技術に特化して資金提供だけをしているわけではない。当然ながらここには多種多様なサービス・ハードウェア開発を支援するためのノウハウが必要になる。その構成が興味深いのだ。
まず、これを支えるために集まった個性的なボードメンバーの面々だ。尾原和啓氏は多くのネット企業を渡り歩いた経験からビジネスモデルに精通しているし、ORSOの坂本義親氏は千葉氏同様、ドローン黎明期から空撮などのソリューションを積極的に提供してきた「ネット系」起業家で、千葉氏と共に慶應大学SFC研究所で「ドローン社会共創コンソーシアム」に携わっている。
知財関連のフォローアップも特徴的と感じる。同ファンドには出資先のひとつとして知財管理機関「Drone IP Lab」があり、支援先のIP管理を一手に引き受ける。ドローン技術には大手企業の特許が潜んでいる場合が多く、スタートアップにとっては「地雷の海」なのだそうだ。
インターネット的な発想、ハードウェアの開発技術、ディープラーニング関連の解析技術、自律飛行など研究開発が必要な範囲。これに知財やドローンの場合は飛行に許認可が必要なため、そういった規制に対する知識も必要になってくる。
千葉氏はこのファンドを立ち上げる以前に、起業家育成の一貫として自身が出資する支援先を集めた「千葉道場」なる企画を運営している。半年に一度の合宿形式の起業家勉強会で、今回のドローンファンドも正式名称に千葉道場の名称が付けられている通り、千葉道場と連携が図られるという。
ベンチャーキャピタルが特定の業種・技術に対して特化したハンズオン支援をするスタイルは「スタジオタイプ」と分類されることがあり、国内ではBEENOSやMistletoeなどの方法がそれに近い。千葉道場はそもそも個人投資家としての活動の延長線上だったが、今回のドローンファンドはそれを拡大し、組織化したものと言えるかもしれない。
何れにしても代表自らがドローン操縦のエキスパートであり、起業家であり、個人投資家でもある、という例は希だろう。逆に言えば、そういう経験を持つ人材でなければこういった特化型支援を牽引するのは難しいということなのかもしれない。
ドローン前提社会
少し話を巻き戻そう。
千葉氏のドローンに関するプレゼンテーションで必ず耳にするのが「ドローン前提社会」というビジョンだ。経済産業省が公表しているロードマップにはレベル1(目視内での操縦飛行)からレベル4(有人地帯での目視外飛行)までの計画が記されている。この計画通りであれば、2020年には私たちの頭上を自律飛行するドローンが飛び交うことになる。
千葉氏はこの状況を踏まえたドローンが当たり前になる世界を「ドローン前提社会」と呼んでいた。市場規模も現在、200億円程度のものが2020年あたりになると1400億円規模になるとする試算もある。
「インターネットが始まった時のように、ドローンが全ての産業に入り込むことになる」(千葉氏)。
もちろんこれを懐疑的に見る人もいる。
ここ最近の話題としては米テスラ等を手がける起業家、イーロン・マスク氏の指摘が挙げられるかもしれない。彼は今年になって交通渋滞緩和のために地下にトンネルを掘るという構想を発表しているのだが、その際、ドローンの可能性についてこんな風に返している。
「ロケットも作ってるので、空飛ぶのは好きなんですが、空飛ぶ車というのは非常にうるさく、大きな風を生みます。そこら中にこれが飛んでいるというのは、あまり落ち着ける状況ではないですよね(抄訳)」(イーロン・マスク氏)。
ドローン前提の社会というのがどのレベルで実装されるのかはまだ未知数だ。しかし来る・来ないの二元論ではなく限りなくグラデーションになるのだろう。重要なのは来るべき未来を強いビジョンで示し、そこに必要な技術を支援、育成する。これがなければテクノロジーは進化しないし、新たにやってくる社会課題は解決できない。
リアルテックファンドという、もうひとつのエコシステムとの連携
それがエアリアルラボの発表した1人乗り有人ホバーバイク「疾風(しっぷう)」で、この実現に重要な役割を果たしたのがリバネスになる。
同社は博士/修士号持つ理系メンバーが集まり、大学や町工場といった「リアルな」現場に眠るテクノロジーを世の中に解放する活動を進めている。彼らは特化型ファンドを考える上で大切な視点を与えてくれているのだが、そのリバネスと千葉氏をつなぐキーワードが冒頭でも触れた「リアルテックファンド」の存在になる。
「以前参加していた会社もそうだったのですが、やはり技術者のバックグラウンドのある方と一緒に働くことに生きがいを感じているんです。だから(リアルテックファンドでの)役割って明確で、コアなテクノロジーとインターネット的な要素で良い部分を繋ぐ。例えばアライアンスやマーケティング的なアプローチにKPI管理など、どんどん取り入れていけばいいと考えてます」(千葉氏)。
インターネット的な発想は常に「リーン」だ。個人投資家としての数十件のLP、スタートアップ投資やリアルテックファンドとの連携、コロプラなどを通じた幅広いネットワークを無駄なく繋ぐことで新しい価値観を素早く生み出す。
どれだけ素晴らしい技術も解くべき「課題」がなければ持ち腐れになる。千葉氏の持つ「繋ごうという意思」というのだろうか、こういったネットワーク力は特化型ファンドを支える上で必要不可欠な要素に思えた。
日本ドローン株式会社という考え方
ここまで整理してみて改めて、新しいテクノロジーを社会に実装することのハードルの高さを感じている。千葉氏はドローンファンドのことを「日本ドローン株式会社」を作るようなイメージと説明している。

実際にドローン特化の企業を立ち上げて、各部門でこれだけのサービスを手がけるには多岐に渡りすぎているし、それぞれが持つリスク可視化も困難が予想される。
それよりも独立した責任を持つスタートアップを小さな社内チームとして捉え、そこに資金と支援を提供し、数多くのトライアルアンドエラーを繰り返した方が正解に早くたどり着ける可能性が高まるように思える。
ゼロイチの現場には何より「自由」が必要なのだ。
さらにこの「特化する」という考え方や彼らの試しているスキームは、他の分野でももしかしたら役立つのかもしれない。ドローンだけでなく、医療や食料、介護、環境など、分野特化の資金提供に留まらない、より深い支援スキーム。
新たに生まれた技術も、資金やチーム、社会トレンド、法の理解など数多くのハードルをくぐり抜けなければ社会に実装されることはない。
この難関をクリアするにはやはり起業家の力が必要なのだと思う。特に千葉氏のように経験を積んだ起業家たちが次に羽ばたこうとする後進の背中を押す、ペイ・フォワードの精神が重要性を増してるように思う。
国内の起業エコシステムもプレーヤーが揃い、徐々に厚みが付いてきた。こういった活動を通じて日本がこれから抱えるであろう課題解決にテクノロジーがより活用される世の中になることを願いたい。
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