スタートアップが行うビジネスは、世の中の流れを変えたり、時として従来業種の人々の生活の糧を奪ってしまったりすることもあるので、ディスラプションにはハレーションがつきものである。「和を以て貴しとなす」というフレーズが心み付いてきた日本人にとっては、このあたりのバランスもまた大きな課題だ。
先ごろ、THE BRIDGE で給与の即日前払サービス「Payme(ペイミー)」のローンチを取り上げたが、複数の事業者がこぞって参入している背景もあり、サービスの合法性を疑問視する報道が増えてきた。果たして、給与前払アプリは〝グレー〟なのか? これを見極めるには(最終的に見極めるのは法曹だが)、労働基準法における賃金支払の5原則をわかっておく必要があるだろう。
- 通貨払いの原則
- 直接払いの原則
- 全額払いの原則
- 毎月払いの原則
- 一定期日払いの原則
…の5つだ。
この中でも最も興味深いのが「直接払いの原則」。我々は日常的に給与を銀行振込で受け取ることが多いが、これさえ実際には原則には反していて、あくまで従業員(労働者)から同意を得た場合にのみ、従業員が指定した口座に振込で支払うことが認められるという例外措置を適用して運用されている。つまり、法律上は、従業員が給与を現金でもらいたいと会社に申し出たら、会社は給与を現金で渡さなけばならない(フィンテックよりは程遠くなってしまうが)。
さらに言えば、賃金は前借り(または前払い)などの相殺処理は禁止されているものの、こちらも従業員が自由な意思に基づき相殺に同意したことが証明できれば、相殺契約を有効にすることができる。仮に自由な意思に基づいていなかったとしたら、会社は給与に相当する金額を支払っていなかったとみなされ、結果的に給与を二回支払うことを余儀なくされてしまうだろう。ペイロールの世界は、途上国向けの日払給与支払を可能にするドレミングアジアのようなスタートアップもいて、これもまた、掘れば掘るほど面白いバーティカルだ。
ペイミー CEO の後藤道輝氏は、Payme に賭ける思いと事業の可能性を、次のように語ってくれた。
かつて金融庁が貸金規制に動き、お金を借りられなくなった人が、よりダークなところへ流れるということがあった。そういった点では Payme は借金に比べてポジティブだし、自分がすでに働いた部分の役務相当額を早めに受け取ることで借金をせずに済む。事業者である我々にとっても、(B2B2E なので)企業を通して安全にお金を回収(相殺)することができるので、構造的優位性を生かすことができる。
アメリカのペイデイローンなどでも、結局、最終的には顧客に役に立った本物のところだけが生き残った。Payme が提供できる機能はマイクロファイナンスの一つだととらえており、最終的に生き残れるよう事業に邁進していきたい。
ペイミーには当初から複数の弁護士がアドバイザーとして関わっている。法律的な観点からはクリアできているのかもしれないが、おそらく今後ペイミーのようなスタートアップにとって課題となるのが、関係当局との調整や国会議員などへのロビー活動だろう。時には時代に合わなくなっている法律の隙間をついて、合法的にサービスを行うレグテック(RegTech=Regulatory Technology)という分野だが、例えば、日本ではフィンテックスタートアップが FinTech 協会を作り、足並みを揃えて当局とのコミュニケーションを図っている。
給与前払サービスの事業者同士で同じようなことができないのかと後藤氏に聞いたところ、このバーティカルでは事業者間での競合関係が激しいため、同業者団体のようなものを作って、問題に対する調整やロビー活動を行うまでにはまだ少し時間がかかるだろう、とのことだった。
最近話題の ICO の動向を見てみると、中国当局がこれを全面的に禁止する発令をしたのと対照的に、日本の金融当局は関係企業と折衝を続けたことで、一定条件下でこれを認め始める動きを見せ始めた。世界のフィンテックのトレンドに遅れをとらないためには、日本の当局もある程度、新しいものを認めていかなければならない、という理解が深まってきたのだろう。給与前払サービスに、担当省庁や世論のポジティブな理解を得られるかどうか、今後の動向が気になるところだ。
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