シード期における優先株利用の可能性ーースタートアップ目線で考える最近のシード資金調達(3)

SHARE:
Photo on Visualhunt

編集部注:寄稿者の猪木俊宏氏は弁護士としてファイナンスや企業法務などに関わる一方、起業から資金調達、上場審査、M&Aなど、スタートアップが直面する様々な場面での経験を生かした起業支援活動でも知られる人物。さまざまなスタートアップに投資するエンジェル投資家の顔も併せ持つ。

<これまでの連載>

普通株と優先株

近時の「普通株でも優先株でもない投資方法」についての検討を経て、今回はあらためてシード期における普通株・優先株による投資について考えていきます。

1.普通株投資とシード投資家の「気合い」

(1)もっともシンプルな普通株投資

第1回で見たとおり、シード期における普通株による投資は、起業家と優先株を保有する投資家が、M&Aでのexitで一定のリターンを得る一方、優先株より前に普通株で投資をしたシード投資家のみが損失を被る可能性がある点に問題がありました。そこで、さまざまな投資方法が考案されていますが、現在でも、普通株での投資を行うシード投資家は少なくありません。

その理由は、普通株での他の投資方法に比べて圧倒的にシンプルであり、起業家・スタートアップと投資家双方にとって理解しやすく、事務的・費用的な負担がかからないことが基本であり、特にエンジェル投資では、投資契約(株主間契約)も締結されず、登記に必要な書類のみで投資されるケースも多く、シンプルさは際立っています。

(2)シード投資家の「気合い」

さらに、一部のシード投資家の「気合い」が普通株での投資を後押ししている面もあります。すなわち、シリーズA以降に優先株が利用されるようになった環境下でシード投資に普通株を用いることは、一定のバリュエーションをつけて普通株主となった上で、起業家とともに、少なくとも普通株主である投資家にもリターンが十分に出るまで頑張りきるというシード投資家の「気合い」(姿勢)の表れといえます。

このようなタイプのシード投資家は、経営・投資の経験が豊富なエンジェル投資家に多く、さまざまなアドバイスを行うほか、スタートアップの調子がよくない時期に受託の案件やその状況で投資する投資家を紹介したり、新規の投資家から思うように投資を受けられないときに追加投資をしたりすることもあります。このようなエンジェル投資家は、間違いなく良い投資家と言えます。

(3)投資方法と投資家の姿勢

このようなシード投資家(エンジェル投資家)も、有償新株予約権やみなし優先株式を利用する場合には、優先株に転換された以降は、いち優先株主となり、後はシリーズA以降のリード投資家等の手に委ねるというややドライな姿勢になることも多くなります。

他方、普通株でのシード投資は、他人のお金を預かった上で多数の投資を行う「職業投資家」(ベンチャー・キャピタル、シード・アクセラレータなど)にとっては、冒頭に述べた問題などもあり、やはり受け入れづらい面があるのも動かしがたい事実です。

2.シード期における優先株利用の可能性

(1)優先株の発行事例の増加

優先株をシード期に用いることは、スタートアップにとっていくつかの問題があることは、第1回で見たとおりです。その中で残された最大の問題は、現在のところ、種類株主総会開催の負担と開催忘れリスクによる上場審査への影響ですが、これを軽減する環境が整えば、シード段階でも優先株が利用されるようになる可能性も高いと考えられます。

シリーズA以降で優先株の利用が進んだことにより、当然、種類株主総会の開催事例も増加しており、実務的な知見も蓄積してきています。

また、優先株が複雑であり理解しにくいという点については、発行事例の増加とともに数年前に比べてもかなり改善されており、また、「有償新株予約権」や「みなし優先株式」に比べるとまだ優先株の方が理解しやすいという評価も可能でしょう。

(2)バリュエーションと調達金額

優先株での投資になるか否かについては、投資家目線で考えると、まずはバリュエーションが重要になります(高ければ優先株)。他方、スタートアップ目線で考えると、バリュエーションよりもむしろ調達金額がまず気になるところです。すなわち、スタートアップにとっては、種類株主総会の開催を含めた事務的・費用的な負担を受け入れるだけの金額を調達できるか、という点が重要になります。

現時点で調達金額と優先株の利用について、スタートアップ目線で大雑把にいうと、1億円以上の調達は優先株で問題ない、5000万円以上1億円未満はケースによる、3000万以上5000万未満は優先株を使うのはケースによるが基本的にはやや微妙、3000万未満はかなり微妙なので基本的にやめた方がよい、という感じですが、今後種類株主総会についてのノウハウがまとめられ、かつ、シード期にふさわしい優先株の設計がなされれば、シード期において優先株が利用される事例が増加する可能性も高いと思います。

ただし、仮にシード投資に優先株が用いられるようになったとしても、投資金額が少額の場合やバリュエーションが相当程度低い場合などについては、今後も普通株でよい範囲も残ると思います。また、優先株がシード段階でも使用されるようになるか否かは「普通株でも優先株でもない投資方法」がどの程度(あるいはどの範囲で)日本で普及するかに大きな影響を受けることになります。

3.投資スタイルと「普通株でも優先株でもない投資方法」普及の可能性

「普通株でも優先株でもない投資方法」がどの程度普及するかについては、まずはその投資方法が投資家とスタートアップの双方にとって優れたものであるか否かにかかっていますが、実際には投資方法自体の優劣のみによって普及度合い決まるわけではありません。すなわち、その投資方法を推奨する投資家がどのようなスタイルで投資をするか、その投資家がめざましい成果をあげブランド化(その投資家からの投資を望むスタートアップと、その投資家がシード投資しているスタートアップに投資したいシリーズA以降の投資家が、ともに列をなす)できるかによって、普及の度合いは大きく影響を受けることになると思います。

有償新株予約権であるJ-KISSを公表した500 Startups Japanは「500 Startups Japanファンドを立ち上げ、本格的に国内での投資を開始したのは、2016年2月から」であり、「創業して間もない、シードステージのスタートアップ企業に投資」を行っており、「投資金額は、初期投資1,000万円~5,000万円、追加投資5,000万円~1億円」としています。 また、他の投資家との共同投資も行っており、一般論として考えると、現在の日本のスタートアップへの投資スタイルとして合理的であるように思います(逆から言えば、例えば、他の投資家との共同投資に消極的で、バリュエーション・キャップを数千万円に固定、初期投資数百万円、追加投資なし、というような投資スタイルでは普及の可能性は小さくなる)。

本格的な国内投資の開始からまだ2年も経過していないとのことなので、どのような成果をあげるかは今後にかかっていることになります。(※)

今回はシード期における普通株・優先株による投資についてあらためて考えてきましたが、次回は、「シード期における普通株投資のもう1つの問題点」を紹介した上で、シード投資に優先株を使う場合を想定して「シード期にふさわしい優先株」の基本設計はどうあるべきかについて検討したいと思います。

※筆者注: なお、筆者は500 Startups Japanと特別の利害関係はありません。

BRIDGE Members

BRIDGEでは会員制度の「Members」を運営しています。登録いただくと会員限定の記事が毎月3本まで読めるほか、Discordの招待リンクをお送りしています。登録は無料で、有料会員の方は会員限定記事が全て読めるようになります(初回登録時1週間無料)。
  • 会員限定記事・毎月3本
  • コミュニティDiscord招待
無料メンバー登録