エストニア最大のスタートアップイベント「Latitude 59」2日目——起業国家が放つ「スタートアップを生み出すのは子供たち」というメッセージ

by Masaru IKEDA Masaru IKEDA on 2018.5.26

Latitude 59 の会場「Lultuurlkatel」は、かつてのタリン中央火力発電所。リノベーションされた後、現在はクリエイティブとイノベーションのセンターとなった。
Image credit: Masaru Ikeda

本稿は、「Latitude 59 2018」の取材の一部である。

スタートアップに投資をする VC、イベント、支援するアクセラレータの数と、スタートアップの数の不均衡については、世界中のスタートアップハブで、長きにわたって論じられている話だ。つまるところ、スタートアップの数が足りない。スタートアップを増やすには起業家が足りない。では、起業家を増やすにはどうすればいいのか、というところで、話はだいたい止まってしまう。

長い目で見れば、起業家を生み出す素地は教育にある。世界の将来を担うのは子供たちであり、彼らの日常の延長線上に起業につながる選択肢があれば、わざわざ起業家精神などという仰々しい用語を使って鼓舞しなくても、自然とスタートアップは増えることになるのである。2日目を迎えた Latitude 59 は、そんな文脈に富んだ示唆を与えてくれるセッションから始まった。

VIVITA は、タリン市内に活動拠点を開設

VIVITA について話す孫泰蔵氏。左は、モデレータを務めた教育 NPO「Eesti2.0」の CEO Ede Schank Tamkivi 氏
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投資家で連続起業家の孫泰蔵氏は25日、Latitude 59 2日目最初にセッションに登壇し、彼が手がける子供たちのアイデアを具現化するシードアクセラレータ「VIVITA(ヴィヴィータ)」の活動拠点「VIVISTOP」をタリン市内に開設することを発表した。具体的な開設日は定まっておらず、「1ヶ月か、2ヶ月のうち」とのことだ。この準備のため、日本からは VIVITA のスタッフが数名体制でタリンに現地入りしている模様。

VIVITA は、先生がテキストを使って教えるのではなく、メンターやファシリテイターが介助することで、子供たちが自由な発想でものづくりを行える環境を提供。日本の柏の葉に続き、VIVITA の活動拠点がエストニアに置かれることについては、日本とエストニアの社会環境の類似性が関係しているのかもしれない。

孫泰蔵氏は、一昨年頃からシンガポールに移住し自身の子供を育てているが、シンガポールが多民族国家であることも影響し、教育サービスを受ける上での選択肢が日本などとは比べものにならないのだという。日本はアイヌや琉球民族を除くとほぼ単一民族(racially homogeneous)であり、これはエストニアが少数の民族構成であることにも似ている(地域差はあるが、全国的に見れば人口の約半数がエストニア人で、残りがロシア人、ウクライナ人など)。

Latitude 59 会場で開催された VIVITA のワークショップ
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今年建国から100年、旧ソビエト連邦からの独立17年目を迎えたエストニアでは、イノベーションを促す観点からも民族の多様化に注力しているようだ。社会的な課題がありつつも、国としての規模のコンパクトさから様々なテストベッドとして使われることの多いエストニアで、VIVITA がどのような成果を挙げるかも楽しみにしたいところ。

セッション後には、Latitude 59 の会場内に開設された専用スペースで、孫氏のインタビュアーを務めたエストニアの教育 NPO「Eesti2.0」の CEO Ede Schank Tamkivi 氏を交えたワークショップが開催され、参加した子供達はあらかじめ用意された3つのテーマ——ロボット、ストップモーションアニメーション、鳥の巣箱——の制作に楽しそうに取り組んでいた。

Funderbeam CEO の子息は、テレポーテーション可能なカバンのロボットを作るらしい

Funderbeam の CEO Kaidi Ruusalepp 氏とご子息
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孫氏のセッションに引き続いて、エストニアを代表するスタートアップの一つである Funderbeam の CEO Kaidi Ruusalepp 氏は、自身の今の状況のルーツが自分の10歳の頃にあったと話し、偶然にも現在、10歳になる自身の息子をステージ上に招き入れた。

彼はこの歳にして、自動走行するスクールバッグのロボットを作りたいという起業家だ。Wi-Fi が搭載された、テレポーテーションさえ可能なバッグロボットを作りたいという。数百名いる聴衆を前に、物怖じせずに淡々と自分の夢を英語で語ったのは、まさに起業家の元に生まれた起業家のなせる技。子供たちを起業家コミュニティに招き入れようというのが、2人のメッセージだった。

<参考記事>

投資家が企業にピッチするリバースピッチ

スタートアップコミュニティにおいては、起業家が投資家にピッチするのが常だが、ここでは反対に投資家が自分たちのファンドや VC の強みをアピールさせるピッチを展開。Latitude 59 で始まったかどうかは定かではないが、ハイライトの一つだ。

すでにイグジットを果たした起業家らが審査員に招かれ、投資家10人がピッチ。「ファンドの調達は、すでにクローズしているの?」「TechStars と比べて、何が強みなの?」「投資先を支援すると言っているけど、具体的にどういう支援をしてくれるの? マイクロマネジメント(業務に強い監督・干渉を行うこと)するの?」など辛辣な言葉をステージ上の投資家に投げかけ、聴衆たちの笑いを買っていた。

アイルランド・レイキャビクに本拠を置く、Crowdberry Capital の Jenny Ruth Hrafnsdottir 氏が優勝した。
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エレベータピッチはもう古い?! これからは、ダイビングしながらのピッチが流行する?

(全員のスカイダイブピッチはこちらから)

Angel’s Gate をはじめ、さまざまなピッチのリアリティショー番組のイントロで、本当にエレベータの中でピッチするという芸当が流行ったが(そういえば、今年の SXSW でも NBCUniversal のコーポレートアクセラレータが、エレベータに見立てたゴンドラの中でピッチ収録できるしくみを公開していた)、これはもはや時代錯誤なのだろうか。

タリンとシリコンバレーに拠点を置くベンチャーキャピタル Superangel は、投資先スタートアップの起業家がセスナ機からダイブしながらピッチするビデオを披露。彼らによれば、VC の役割はスタートアップに細かく指示することではなく、セスナから飛び降りる勇気を授け、安全に着地するためのノウハウを提供することなのだとうか。

スタートアップを経営する体験を見える化すると、確かにダイビングして安全な着地を目指す感覚に似ているのかも。

イベント終盤には、ファイナリスト9チームがピッチでしのぎをけずるコンペティション

Latitude 59 のクライマックスには、ファイナリスト9チームがピッチでしのぎをけずるコンペティションが開催された。主催者発表によると、このコンペティションには合計101社から応募があったとのことだ。

ファイナリスト全員には、投資家向けピッチのトレーニングが受けられる Bootcamp が提供されるほか、シリコンバレーへの往復航空券、シリコンバレーでの2週間の滞在とオフィススペース提供、10,000 ユーロのエクイティフリーの現金、法律サービスを提供。また、優勝者は Estonia Business Angel Network(EstBAN)Nordic Angel Program(NAP)のシンジケート投資により17万ユーロの出資(約2,200万円)を受け取ることができる。

Fractory(Latitude 59 Killer Combo Prize / NAP 優勝)

Fractory は、カスタムパーツの作成に関わる設計、工場生産、供給という一連のプロセスを、EU 域内のあらゆる場所でシームレスに提供できるサービス。レーザ切断、プラズマ切断、折り曲げ、表面仕上げといった各工程の専門工場と提携し、最終的な仕上製品を発注者に納品してくれる。

あらゆるパーツの作成に対応ができ、工程ごとのオートーメーション化を図っているほか、国を越えてのオンデマンドでの生産依頼ができることが特徴。現在はスウェーデン、ノルウェー、バルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)で提供しており、月あたり取扱高は5万ユーロに達した。

StandByMate(NAP トップ4)

StandByMate は、船員と船会社のマッチングプラットフォーム。船会社が船に乗り込んで仕事を探すにあたり、1人あたり10時間以上かかっているというデータがある。StandByMate では、アプリを使うことで1人あたり8分間でのマッチングを実現。料金は船会社に対し、サブルスプリプションベース、または、仕事発注ベースでチャージする。

FoodDocs(NAP トップ4)

EU 域内では食品取扱業者が食品安全システムに従うことが求められるが、このシステムに準拠するには特定のスキルが求められ、法的な規制があり、また、言語の問題や時間がかかるなどのさまざまな問題がある。FoodDocs では食品安全に関わる項目を整理したダッシュボードを提供、食品取扱業社は1時間未満で作業を完了できる。従業員数に応じてフリーミアムモデルでサービスを提供。現在、20万ユーロを調達中。

CENOS(NAP トップ4)

CENOS は、中小企業向けのエンジニアリングシミュレーションプラットフォーム。通常、モノの制作工程においては、3D デザイン・擬似的なテスト・生産というプロセスを経るが、これらの調整を何度もにわたり繰り返さないといけない状況が生じる。CENOS は、この繰り返しに渡る調整作業を減らしてくれる。複数のオープンソースのシミュレーションツールとも接続が可能。現在、2万ユーロ以上を調達しており6月にクローズ予定。

入賞しなかったものの、ファイナリストとしてピッチ登壇したチームは次の通り。

  • Lovat……スタートアップや個人事業者向けの付加価値税(VAT)の計算・報告・支払代行サービス
  • TensorFlight……衛星写真や航空写真を AI で画像解析し、建物の保険料自動算定に特化したサービスを提供
  • Operose……特殊技能を持つ労働力を確保することは難しいが、AR を使って作業手順を提示することで、自動車の修理や航空機のメンテナンスなどを比較的誰も行えるようにするサービスを提供
  • TriumpHealth……慢性病に苦しむ子供達の精神的な悩みを解決するモバイルゲームを、病院向けの B2B サービスとして提供
  • CastPrint……骨折時治療の石膏を使った固定の代替として、3D プリントを使って制作した固定材を提供。水耐性があり、通気性があり、軽く、カスタムメイドで、病院にとっては15%のコスト削減が可能。30万ユーロを調達中。

とにかく日本人の多さが目立った今年の Latitude 59

Latitude 59 で基調講演する福岡市長の高島宗一郎氏
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主催者の発表によれば、今回の Latitude 59 の参加者は登録ベースで2,000人以上、出展社は50社以上。このうち、日本人の参加者数についての公式記録は無いが、会場などですれ違った人々の顔ぶれを見る限り、1割以上はいたような気がする。アジアからの参加者は、ほぼ日本人が占めていたことだろう。

実際、Latitude 59 のサイドイベントでも、日本人が集まるミートアップが開催されていたし、ブロックチェーン分野に特化して、エストニアやヨーロッパ周辺国に移住し、現地でスタートアップを立ち上げてい日本人起業家に何人か会うことができた。タリンがブロックチェーンスタートアップハブ、というところまでは至っていないが、一味違ったコミュニティが形成されつつあることも事実である。

規模の論理から言えば、エストニアのスタートアップシーンも、Latitude 59 も、他の都市やカンファレンスに比べ見劣りする部分はあるものの、これまでもこれからも、そこには独自の路線を貫く信念が見え隠れする。物価が安く、シェンゲン領域(EU 内で国境を越えて自由に移動ができる権利が保証される)で、安い家賃でも極めて優れた住環境が手に入れられることは、ユビキタスな仕事環境と親和性が高い起業家たちの眼に、大きなメリットとして映るだろう。

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