
シンガポールを拠点とするマッチングアプリ Paktor の親会社である M17 Entertainment はアメリカの IPO で1億1,500万ドルを調達しようとしている。しかしマッチングアプリは同社の収入においては大きくはなく、M17はライブストリーミング動画をアジアにおけるエンターテインメントの未来として見込んでいる。
同社はライブストリーミング業界において強大な存在だ。その純収入は2016年の768万米ドルから2017年の9,010万米ドルへと成長した。昨年の収入の約90%は、同社のアプリ17Live を通じたライブストリーミングによるものであった。とは言え、この成長に歯止めをかけるかもしれない不吉な兆候もある。M17の IPO 目論見書を読み込み、細かく見ていこう。
急成長した会社
収入という面では昨年の M17は急カーブを描き上昇した。2018年と2017年の第1四半期を比べると、成長は減速し、収入はかなり増加したが、収入のコストや販売費が膨らんだ。
M17のコストの多くは同社のプラットフォームで数千のアーティストと契約していることから生じている。M17はそれぞれのアーティストに定額を支払い、同時にバーチャルギフトの売り上げの一部分も払っている。このバーチャルギフトが同社の主な収入源である。熱心なファンは大好きなアーティストに気持ちを伝えるために数百ドル、ときには数千ドルを費やしてデジタルプレゼントを購入することができるのだ。
これはつまり、最初は著作権を侵害するコンテンツやユーザが作成した動画で爆発的に広がり限界コストを最小に抑えた YouTube と M17はまったく違うということである。対照的に M17はアーティストが同社のプラットフォームに留まり、ライバルのプラットフォームへと離れていかないように報酬を出し続けていくことを計画している。
損失は積み上がっているが、逆転の兆しも
M17にとっての良いニュースは費用の一部を抑えることができるということであり、いずれ利益を上げるために重要な点である。注目すべき重要な数字がある。割合でみると、売上原価が減少してきているのだ。
M17はアーティストに定額を支払うことをやめ、代わりにレベニューシェアを重視すると固く決めている。これはアーティストと M17のボトムラインにとって良い取り決めとなるだろう。アーティストがファンにバーチャルギフトを求めれば求めるほど、それは M17のメリットともなるからだ。
さらに良いニュースもある。収入の割合としては、販売費が減少しており、営業損失も下降している。
財務状況は改善しているが、利益が上がるようになるまでの時間を稼ぐ必要がある。そこで IPO である。確かに同社には3,140万米ドルのキャッシュおよび現金等価物があるが、資金調達なしでは次の四半期を持ち堪えることができないかもしれない。利益を出せるようになるまで長い道のりの途上にあることを考えれば、以下の疑問が浮かぶ。公開して厳しい脚光に晒されるよりも、なぜプライベートなラウンドを選択しなかったのか?
収入に比して緩やかなユーザベースの成長
ここで悪いニュースもある。同社の収入の増加は凄まじい早さであるが、一方で月間アクティブユーザの増加はそれほどでもない。これはつまり、M17はライブストリーミングがメディアの未来であると説いているが、その未来は限定的なものなのかもしれないということである。
有料ユーザという点では M17は増加させることに成功している。2018年第1四半期では全ユーザの3.1%となっており2017年の同時期から倍増させている。しかしながら、それぞれのユーザ毎の支払額を上げることには成功していない。2018年第1四半期におけるユーザ1人当たりの収入は355米ドルである。前年同時期からはアップしたが、それ以降の2017年とは同じだった。
ユーザの拡大が限定的な中、M17はユーザからのマネタイズを可能な限り搾り出さなくてはならないだろう。
中国におけるライブストリーミングアプリを見てみることで、M17の未来へのヒントが見つかるかもしれない。これは中国におけるライブストリーミングアプリの2つの大手、YY と Momo に関する数字の概要である。
これによると、M17のビジネスモデルは大規模になれば非常に収益性の高いものになり得ると言うことができる。しかし M17はどれくらいのサイズになれば損益分岐点に届くのだろうか?上記の数字は参考にならない。そして YY も Momo も毎月の数字を出してはいない。それを見つけるために、中国で月に2,500万人のアクティブユーザを持つ、小さめだがそれでもまだメジャーなライブストリーミングプラットフォーム Inke を見てみよう。
同社はもう少しで利益を上げられそうだ。IPO 目論見書によれば、月間有料ユーザが10%であった2016年にピークを迎えた。だが2017年第4四半期には2.6%に後退した。しかしながら Inke は個々のユーザからのマネタイズには成功しているようである。ユーザ毎の平均収入は最高で106米ドルとなっている。
このように、M17は黒字化のためには同様のサイズに達する必要があるのかもしれない。有料ユーザの割合に関しては間もなく頭打ちになるであろうと思われる。つまり、収益を上げられるようになるためのチャンスを掴むには、全体的なユーザ数の大幅な拡大が必要になるということである。確かにユーザ毎の収入は中国のライバル企業らよりもずっと高いが、市場の収入が高いことを考えれば驚くことではない。しかし同様の理由で販売費やユーザ毎の売上原価も高くなるのである。
Inke が2016年に収益がまったく得られなかった際の有料ユーザ毎のコストと、2017年の M17の数字を比べてみよう。
M17はユーザベースを数倍に拡大する方法を見つけなければならないだろう。しかもできるだけ早急にだ。
マッチングアプリによって救われるという期待は持てない
M17は奇妙な旅路を辿ってきた。CEO である Joseph Phua 氏はマッチングアプリとして Paktor を始め、その後 Machipopo と合併して M17を作り上げた。M17のトップとしてライブストリーミング部門を今日の形にまで育て上げ、元々のマッチングビジネスに影を落としている。
同社は今後は収入の大部分をライブストリーミングから得ることを期待していると述べている。マッチングサービスによる収入は増えているが、利益全体に占めるシェアは少なくなっている。このため、M17の生死はライブストリーミングビジネスの如何にかかっている。
初期投資家の完勝
M17が IPO でどうするかに関わらず、初期投資家にとって同社ははっきりとした成功である。9,000万米ドルを超える収入があり、同社の価値は少なくともその数倍はあるだろう。2015年という初期段階から参加している Vertex Ventures や Convergence Ventures、そしてMajuvenのような初期投資家は、最初の賭け金から手厚く利益を得ることができる立場にある。
成長への障害
M17の IPO 目論見書によると、同社の将来の成長は全体的に灰色という印象がある。
市場調査会社 Frost & Sullivan によれば、M17は台湾、シンガポール、香港、日本、韓国を含む「先進的アジア」における主要プレイヤーであり、収入では19.2%のマーケットシェアを持つ。市場を独占しているとは言いがたく、それはつまり失速した下位の競争相手に追いつくチャンスがあるということでもある。
また、M17のライブストリーミングの収入の71.6%は台湾からのものであるが、同国はユーザベースの44.6%を成しているに過ぎない。つまり、まだ活用できていない収入の可能性が台湾以外にも、収入面で第2位のプレイヤーである日本では特に、あるということだ。
しかし、M17の増加を続けるマーケティング費用と売上原価からは、鍵となるマーケットからどれだけの有機的成長を引き出せるのかという疑問が呈される。同社が自身のプラットフォームを使うようストリーマーにお金を払っているという事実は、YouTube や Twitch、Facebook といった急成長を遂げるテック企業の状況とは矛盾している。
また、中国からの脅威も存在する。ライブストリーミング市場は同国でピークを迎えているように見える。つまり、中国のライブストリーミングプレイヤーらによる合併や地域の拡大は避けられないということである。となると、そのときまでには無限のリソースを持つ複合企業によって彼らは買収されてしまっているかもしれない。
M17には何とかして成長しなければならないというプレッシャーがかかっており、最も可能性の高い道筋は他のライブストリーミングアプリとの合併、もしくは他種のおそらく Musical.ly のクローンのようなショートビデオ業界への拡大ではないだろうか。
*本記事において、M17の2017年の数字は2016年の M17と Machipopo を合わせた数字に対して比較している。しかし目論見書における比較では Machipopo の2016年の数字は除外されている。
【via Tech in Asia】 @techinasia
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