「表敬訪問」という名の盗賊になるなーー海外スタートアップと企業の生産的な場づくり、その方法

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Clown Thinker
Image by Alan Levine

「スタートアップと大企業をマッチングさせます!」

これは様々なイベント事業者やメディアが提案してきたことであり、あたかもスタートアップが大きな事業機会を手にする絶好の機会のように聞こえます。しかしスタートアップにとって大企業とのミーティング時間が無駄に終わることもしばしば。特に海外スタートアップと日本企業の間でこの傾向は顕著です。

海外スタートアップの起業家は、誰に時間を割くことがROI(ここでは時間投資に対してのリターンを指す)を最大化できるのかを強く意識します。「なぜその人に会う必要があるのか?」を自社の戦略と照らし合わせ、自問自答するのです。筆者が米国で起業していた際、シリコンバレーの起業家で大きな資金調達をした方たちはみな同じ意識を持っていました。

こうした意識とは正反対にやってくるのが日本からの訪米客です。個人的な旅行として訪れ「見聞を深めたい」であったり、企業派遣の場合は「視察」というお題目が付いていることから、なるべく多くのスタートアップに会いたいというニーズを強く持ちます。

厄介なのは時間の埋め合わせを、現地スタートアップとの打ち合わせで補おうとすることです。単なる時間の埋め合わせの対象になったスタートアップは、無生産な時間を過ごす羽目になります。こうした現場を何度も目にしてきましたし、私もされたことがありました。

本記事では筆者の体験も踏まえて、どのような仕組みで海外スタートアップが不満やネガティブな印象を日本人に持つかを考察していきます。

「情報交換」ではなく「情報搾取」

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Image by Kevin Dooley

海外スタートアップはいつでも「事業機会の獲得」を狙っています。一方、日本から来られる方の意識は「情報をもらうこと」。そもそもの目的にズレが生じています。

このような意識の乖離が発生したまま、現地スタートアップと日本からの来訪者をマッチングさせると、大学の授業のように質問をすることもなくスタートアップのプレゼンや話を聞きこむだけの状態になってしまいます。企業の場合、本社向けレポートを作成するためスライドの写真を撮影してその場を終わらせてしまいます。

最も厄介なのは大企業というブランドを背負って、スタートアップにわざわざ出向いているという「表敬訪問」のような形式をとっている場合です。こういう方はハナから事業提携を模索する姿勢も持っておらず、大企業の方が格上であるという意識を崩しません。

この場合、日本の大手企業は事業創出をスタートアップと共に模索する「協力者」ではなく「情報盗人」になってしまうことを自覚すべきかもしれません。

事実、筆者が米国で起業していた際、現地のスタートアップと日本の大企業とのマッチング事業を数回提供していました。幸い筆者の場合、大企業の幹部の方を紹介していただいた方、そして実際にサンフランシスコまで足を運んでいただいた日本企業の方が非常に賢明な方で、マッチングも問題なくこなすことができました。実際にスタートアップが日本市場へ展開する商談がその場で決まったりして、仲人としての私も非常に喜んだ記憶があります。

しかし、振り向けば筆者自身がスタートアップにとって害にしかならない情報搾取者を差し向けてしまったこともあり、後悔の念や罪悪感に駆られることが今でもあります。こうした意識を持つようになったきっかけとなったのは、私がスタートアップの立場として情報を搾取された経験があった経験です。

「現地でスタートアップの情報を集めているメディア業界の人」というラベルが貼られると、様々な企業の方で視察に訪れている方から連絡をいただきました。そこで送られてくるのが「是非お話を聞かせてください」というメッセージです。

最初は何の違和感もなく受け入れていましたが、何度も同じ経験を重ねていると、私の元を訪れた人が、筆者の運営するメディア企業のコンテンツを観てくれるファンでもなく、事業機会を提供してお金を落としてくれそうなリード(お得意営業先)になるわけでもないことに気付きます。

連絡をいただくことはありがたいことでもあるのですが、当時は法人の代表として振る舞わなければならなかったことから、こうした全くROIのない事実に厳しく対応すべきであるという意識が根付きました。この意識を持った頃、ようやく過去に何度か日本企業とマッチングさせた現地スタートアップが不快な思いを抱いていたであろうことに気付いたのです。

無料で敵を作るリスク

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Image by Tim Dorr

楽しい話が出来る空間でもない、ただスタートアップから情報を無料で大企業や渡米客に渡さなくてはいけない空間にWin-Winの関係は存在しません。

海外スタートアップは業種を問わず情報搾取の標的にされる傾向があります。「タイムマシン経営」という言葉が世に広まっているように、米国の最新トレンドをそのまま真似れば日本市場で大きく躍進できる可能性を掴めるからです。逆に現地スタートアップ目線で語れば、無料で敵を作っている行為に等しいのです。

筆者の失敗経験や体験を踏まえて述べると、スタートアップと大企業とのミーティングを生産的な場にするため、心掛けておきたいポイントが2つ挙げられます

  • (1) どんな目的で集まり
  • (2) お互いがどのくらい準備をして臨めるか

ーーを気にかける必要があったと考えます。

もし2つの期待値を満たせないのであれば、きっぱりと断る勇気を持つべきだったでしょうし、これから渡米される方は現地スタートアップに対して2つの条件を満たせないのであれば、打ち合わせを辞退する礼節を持つべきかもしれません。

「何かあったら連絡ください」詐欺

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Image by East Midtown

ミーティングが終わると日本企業の方が一言つぶやきます「何かあったら連絡ください」

しかし、ミーティング直後にフォローアップのメールもしないのが当たり前。そんな企業担当者にどのように現地の起業家は連絡をすれば良いのでしょうか?打ち合わせから半年〜1年経った後、日本市場への展開を視野に入れ始めたスタートアップが連絡をしても音沙汰がないケースが大半で、私に苦情を寄せてくることもありました。

全く反応を見せない企業側の礼節に欠けた手法を目の当たりにした時、初めて起業家は時間が全くの無駄であったとわかるのです。この時、ROIが全く実らなかったと思い知るのです。

米国では1時間のミーティングに出席するコストが平均338ドルであるというデータもあります。また、63%のミーティングが事前の準備不足で全く生産性のないものになるともいわれています。シリコンバレーの起業家ともなれば、平均額と比べて2-3倍のコストを支払っているといえるでしょう。言い換えれば1時間の打ち合わせで起業家1人当たり10万円の機会損失を被ったと考えて構いません。加えて、アイデアを盗まれたともなれば、その損失は数千万円に及ぶともいえるでしょう。

最後に名刺を渡して「何かあったら連絡ください」といってしまう時点で、対等なレベルで情報交換できてない証拠であるといえます。

それではどのような姿勢を持てば良いのでしょうか?答えはシンプルなもので、大企業側が具体的な業務提携の可能性を投げかけたり、少なくとも一緒に模索するブレストのような姿勢を見せれば良いのです。

先述したように、仮にその場で何の提案もアイデアも浮かばないほど事前準備する時間が取れないのであれば、潔く打ち合わせをバラした方が賢明でしょう。次にやってくる機会を有意義に過ごせる可能性を残せます。

それでは提供価値を必死に考えても思いつかない企業はどのようにして現地情報を収集すれば良いのでしょうか?

たとえば全米の専門家がリサーチ代行を行ってくれるサービス「Wonder」を利用してみると良いかもしれません。筆者も時間がない時は同サービスに全米スタートアップのリサーチや市場調査をお願いしていました。こうした外部サービスを利用しても知りたい情報が本当にあった場合、初めてスタートアップとのコンタクトを考える段階といえます。

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Image by Informedmag

ここまでスタートアップと大企業という法人同士のシチュエーションを例に挙げてきました。とはいえ、常にROIのことを意識すると気が張ってしまいます。これでは非常に近づきがたい人になってしまいネットワークも広がりません。そこで次に考えるポイントは「個人」として時間を割くのか、「法人」として時間を割くのかをきっぱりと分けることです。

たとえば、現在フリーランスとなった筆者は、人と会うことで仕事に繋がる可能性が多いことから情報交換やお茶をしながら積極的に会うように努力をするようにしています。そこにあまり損得感情はありません。私から提供できる価値があり、相手が満足するのであれば十分であるという意識です。しかし、法人格となったら話は別。

「法人」の立場で動いて時は、どのように価値を提供をできるかを必死に考えます。期待値を上回るほど、そして必要以上に情報を”Give”する姿勢を忘れないようにしていました。同時に会社にどのくらいのリターンが将来返ってくるかを常に計算していました。

個人で培った人脈をビジネスで活かすことが往々に起きる世界のため、線引きは一見難しいように感じますが、「いまの自分は会社を代表して動いているのかどうか」という点を基準に接すると、振る舞い方も自然と決まってくるように感じます。

最後に、世間では「求められている分、感謝しろ」「ビジネスの社会では恩を売っておけば必ず返ってくる」といったセリフがしばしば用いられます。しかし、こうした発言の背景には日本の終身雇用制度があるからこそです。3〜6カ月時間を無駄に過ごすだけで会社が倒産してしまう大きなリスクを背負うスタートアップにとっては全く通用しません。シリコンバレーの世界ではなおさらです。

そこで冒頭でもお伝えした通り、お互いのROIを最大化できる場づくり、そして意識共有が非常に重要であると考えます。もしこれから海外へ渡り、現地のスタートアップと打ち合わせをするのならば、将来的にどのようなリターンを提供できるのか、もしくはできそうかを考えてから臨む必要があるでしょう。

海外における私たちの姿勢を正さない限り、日本はグローバルに活躍する起業家を増やすといっても厄介者扱いされてしまうだけです。それは将来、海外で活躍した起業家にとってのリスクであり、日本経済にとってのリスクともなるのです。

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