2000億円を生み出した事業拡大の方程式ーーDMM No.2、村中氏に聞く「DMM流、人づくりの未来」

by Takeshi Hirano Takeshi Hirano on 2019.1.30

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DMM.com 最高執行責任者COO 村中悠介氏

グループ売上高2114億円(2018年2月期)、サービス利用者数2900万人。石川県で始まった物流業を起点に1999年からデジタル領域への事業展開を開始。そこから約20年近くかけ、現在は40を超える事業体に成長した。

合同会社DMM.comーーこの、国内屈指となったマンモスインターネット企業で昨年から最高執行責任者を任されているのが村中悠介氏だ。2018年6月の合同会社後、CxO体制移行時にCOOとして抜擢されている。

エンターテインメントからゲーム、水族館にサッカークラブ経営。一見脈絡のない事業展開を執行の最高責任者はどのような視点で組み立てているのだろうか?

本稿では「若手起業家が誰でもどんなものでもチャレンジできる環境」を作りたいと語る村中氏に、スタートアップ投資の視点でその全体像を聞いた。(文中の太字は全て筆者の質問、回答は村中氏)

元々、村中さんはインターネット事業に興味があったのか

村中:高校卒業して最初に働いたのが都内のゼネコンだったんですよ。そこで上司から「絶対買え!」って言われて買ったVAIOが初めてかな。初任給16万円の人間が20万円以上もするもの買ったんですよ。なのに仕事で使うことがなかった(笑。

笑。その後DMMに転職する

村中:2002年ですね。当時もう東京(恵比寿)にオフィスがあったのでそこに入りました。まだDMM自体は6、7名ぐらいのタイミングです。そこでは動画配信の営業とか持ち込まれた事業の立ち上げやってました。

2011年からは取締役として経営メンバーに参加した

村中:アミューズメントやアニメーション事業なんかも手がけましたね。そして最近はサッカーの取材ばかりです(笑。

ーーもともとが石川県の物流センターから始まったDMMの創業期をいつに定めるのかというのは難しい。それでも現在の「DMM」を考えると、村中氏が参加した2002年というのは紛れもなく同社がスタートアップした時期と考えていいだろう。ちなみにここ最近、彼を話題の人にしているのがサッカーなのだ。DMMは2017年11月にサッカーベルギー1部リーグ、シントトロイデンの経営権を取得し、村中氏は同クラブの会長に就任している。

話を戻そう。DMMはどのようにして事業拡大を進めたのか

そもそも事業が多すぎて全体像が見えづらい。どのような事業を手がけているのか

村中:昨年動いたものが多いですね。2018年4月には音楽レーベルの「DMM music」を作りましたし、5月には健康献立アプリの「MENUS」、沖縄のDMMかりゆし水族館を運営する「DMM RESORTS」を設立したのもそのタイミングです。クルマ売却アプリの「DMM AUTO」や8月には企業向けユニフォーム制作の「DMM uni」、オンラインサロンのコンテンツを書籍化するレーベル「DMM PUBLISHING」なんていうのもスタートアップさせています。

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DMMのコーポレートサイトに並ぶ新たな事業(一部)

レンタルビデオなどのエンターテインメント、デジタルメディア事業が拡大する中、ウェブを中心にサービスを拡大させていった。社内新規事業や買収、持ち込み提携など手法は様々だが、DMMはどのような方法を取ったのか

村中:最初期は外からアイデアが持ち込まれて、それを社内の人が昇格したりして事業化したものが多かったです。例えばDMM競輪っていう「競輪くじ」を購入できるサービスがあるんですが、これは元々チャリ・ロトっていう運営会社があってそこの再委託という形で事業化しています。先方は販売所を増やしたいという意図があって、DMMとはユーザー属性もあってるだろうということで。

亀山さんに直接新規事業を持ち込める「亀チョク」はその後にできた

村中:開始は2011年頃です。亀山が発案で「艦これ(艦隊これくしょん-艦これ-)」や「DMM英会話」が大きくなった事例です。事業アイデアを持った起業家のような方が半分中の人、半分は自前でやって、正式に採用されたらDMMとしても雇うよというものでした。

確かに私もアワバー(※六本木にある起業家などが集まるスタンド)で亀山さんに事業相談している方の姿を見たことがあったが、企業の公式な窓口だったとは思ってなかった。現在もまだこのスキームは残っているのか

村中:最近は「俺にテクノロジーを教えたかったらアワバーに来てください」という感じのようで、今もアワバーには出没しているみたいですね。門戸を開きつつ、事業として成立しているものからDMMにジョインして一緒にチャレンジしていくスタイルは今も精神として残っていると思います。

一方で撤退した話題もいくつかあった。特にBANK社のCASHについては買収ストーリーが激しかったこともあって大きな話題になった

村中:買収したPicApp社から派生したN-C(コインタップ)は昨今の仮想通貨環境の急変もあって事業撤退を判断しました。CASHについては亀山のコメントが全てということで。

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サイトトップ自体が応募フォームになっているDMM VENTURESサイト

最終的にDMM VENTURESという形にスキームに進化している

村中:新規事業って中の閉塞感がきっかけだったりするんですよね。だから外の血を入れてみよう、と。亀チョクもよかったけど、やっぱり100戦やって勝てる数字の割合はまだまだ低い。なので、新しいモデルが必要でした。

これまでは企業への出資については100%に近い買収しか選択肢がなかった。更に言えば、DMMサイトの直下に入れる「ブランド統一」というルールもあったと聞く

村中:例えばBANKでは子会社化した後、社長に全部任せて運営するタイプでしたし、終活ねっとについては、会社は残っているけど、DMMのチームと一緒になって運営するハイブリッド型を採用しています。彼らはSEOが強いので、私たちはそこにプラスして企画力や商品設計力でサポートする、といった具合です。

VENTURESについてもう少し詳しく聞きたい。昨年に立て続けにスタートアップを買収している。これまでマイノリティ出資はしなかったのにそのポリシーも変えた。独立系のファンドとも、多く立ち上がったコーポレートベンチャーキャピタルとも少し異なる印象を受けている

村中:昨年10月に若手起業家向けマイノリティ出資を目的とした「DMM VENTURES」を立ち上げました。もちろん、引き続きマジョリティ(M&A)も展開してまして「終活ねっと」11月に「インフラトップ」を買収してます。12月に事業譲渡という形で「AQUIZ」のチームにも参加してもらってます。

持ち込み応募のスタイルになっているが、アクセラレーションのようなプログラム手法は取っていない

村中:いい意味でなんでもアリなんです。若手起業家が誰でもどんなものでもチャレンジできる環境、それが目指すところです。一般的な投資ファンドと違って、やっぱり見てるのは「人」なんですよね。DMMって若い人を応援する文化があって、早くチャレンジして失敗したとしてもまた次に取り組んでもらいたい。まだ応募は月次で30件ぐらいしかないので多くはないですが。

創業間もない企業を子会社化や事業買収したパターンについて、その後の成長支援の戦略を聞きたい。企業がまだ若い事業者の場合、その事業単体が収益体になっていない場合がある。さらなる成長を求めて踏み込む場合も含めて、どういった予算、資金提供などをしているのか

村中:一般的な予算制で、必要な資金をDMMから提供(子会社の場合は貸付等)しています。その組み立てについては納得できる数字かどうか、ロジックをよく検証して予実の乖離をチェックしています。確かに立ち上がり時期だと修正予算になるのですが、こまめに見れば大火傷はしないですよ。また、メディア事業のように広告モデルが確立しているパターンはやればやるほど予算の精度が上がると考えてます。もちろん全然関係ないビジネスの場合は出たとこ勝負ですけどね。

外部からスタートアップを招き入れるにあたって、その元となる社内の事業はどのようなチーム運営されて、どのような意思決定がなされているのか

村中:基本的な事業部制を取ってます。責任者が事業部長となり、事業部というユニット単位で新規事業含めて取り組んでいく形ですね。人材についても、例えばエンジニアによる開発が必要になってきた場合には、社内からメンバーを公募で募集してチームを組成します。社内の新規事業は小さくて早く動けるチームを事業部として作り、プラットフォームやコールセンター、法務などのコーポレート、マーケ・広報などのバックオフィス部門がそこにくっつくイメージです。

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昨年グループ入りしたインフラトップ運営「WEBCAMP」

外部からやってきた事業者にも同様のサポートをするということか

村中:同様です。スタートアップだと事業グロースが最優先ですから、事業(起業家)の独立性は担保しながら、支援できるところを支援するというスタイルです。社内起業・社外起業、どちらも同じです。

投資の意思決定は?特に最近はブロックチェーンなどの新しいテクノロジーが増えてきたことや、業界バーティカルでその分野に特化した知識がなければ判断が難しいものも増えてきている

村中:分かんないものは分かんないって言ってます(笑。ただ、必ず調べてその場で遮断はしないようにしています。経営企画のチームが30名ほどいるんですが、そちらに振って、調査以外にもその後の事業撤退の判断などサポートしてもらってます。あと、事業として証券やゲーム、デジタルEC、メディア、B2B営業と一通り持っているので業界的にはなんらかしらハマるとは思いますよ。

ーー少し補足しておこう。年も明けた1月11日、一通のプレスリリースが静かに公開された。「経営体制変更に関するお知らせ」と題した簡素な文面には、2月1日付で亀山敬司氏が会長兼務としてCEOに復帰する旨が書かれていた。ちょうど2年前、電撃的に同社代表取締役(当時)の座を託された片桐孝憲氏は、執行役員としてイノベーション戦略に集中するという。また、昨年9月にはグノシーでCTOを務めていた松本勇気氏をDMMのCTOとして迎え入れている。

亀山さんは商売的な視点が鋭い。松本さんは当然技術者的な助言ができる。村中さんはここでどういうポジションを取っているのか

村中:役職通り執行です。個別の案件に口を出すというよりは、組織もグループ全体で4000名、DMMだけでも約1600名体制になりました。ほころびもありますし、連携が上手くいっていない場所を修正してワークさせるのが大切と考えてます。

長く東京拠点だった恵比寿から六本木一丁目に移転したDMM。執務室にて

インタビューも終盤。複合的なDMMが新しい外部の血を入れてさらに膨らもうとしている。拡大のキーマンとなる彼は、どの方向に目を向けているのだろうか

株主圧力に屈して「カネ儲けならなんでもアリ」というのもわかるが、株式公開をしていないDMMが盲目的にそこに走るイメージがあまり湧かない。少なくとも村中さんは何を見ているのか。具体的な事業イメージなどはあるのか

村中:社内で言えば、松本が来たので既存事業のテクノロジーによるブラッシュアップというのはイメージ持っています。これまで総合職が強い会社だったので、アナログな事業も多く手がけていたのですが、それを技術によって新しいものにデザインしていく。

既存産業、例えば流通や医療、食品などは昨今、商社系の出身起業家が手がける例も増えている

村中:いろいろリサーチはかけていますよ。言えないものがほとんどですが、例えば以前、流通のマッチングで調査したこともありました。こういった業界には古い政治みたいなものも必要で、そういう場合は業界のキーマンと顧問契約などを結んで情報を収集したりしています。

DMMとして創業から約20年が経過した。次の10年、20年を考える上でキーとなるアイデアはあるのか

村中:教育には注目しています。DMM VENTURSで起業家の募集かけましたが、お話した通り3カ月で100件程度です。これってそもそも日本全国見渡して母数が少ないことの裏返しなんだなと。だってスタートアップって言っても、そんな教育受けてないじゃないですか。長い目で見れば、ここの教育は絶対に必要になる。

なるほど、教育事業というのではなく、教育そのもののアップデートが必要だと。確かにDMMには亀山さんも含め、魅力的な人が集まっている印象がある

村中:別にスタートアップして欲しいとかそういうのではないんです。私が高校生の時、東京で面白いことがあっても地方では知ることがほとんどできなかった。今は違う。N高みたいにVRで授業を受ける体験があれば、それにわくわくして「自分でもできるかも」っていう気づきを与えられる。そういう人たちを生み出したいですよね。

長時間ありがとうございました。

ーーDMMほど、年代や見る角度によって感じ方が変わる企業はないかもしれない。ここ数年でのスタートアップ・エコシステムにおける影響力も増す一方、強烈なインパクトがありながら、メディアへの「顔出しNG」を貫く亀山氏など、どこか謎めいた雰囲気を感じることもある。

そういう意味で、昨年から始まったCxO体制への移行はDMMという企業を知るよいきっかけになるかもしれない。今回、村中氏へのロングインタビューで改めてこの企業の姿勢や仕組みを紐解くにつれ、ここに魅力的な人材が集まる理由がなんとなく分かったような気がする。

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